第72話 鼓動と報告と
一つのイヤホンを共有して、露華と同じ曲を聞き……妙に静かに感じる時間を過ごす中。
「……ねっ、春輝クン」
静かな声で呼びかけながら、露華が春輝の胸の辺りへと体重を預けてくる。
その柔らかな感触に、鼻に届く柑橘系の香り──制汗剤の香りだろうか──に。
至近距離で見上げてくる、その瞳に。
春輝の心臓は、大きく跳ねた。
(って、だから変に意識すんなっての……こんなの、『家族』のスキンシップ……)
今度も、そう自分に言い聞かせようとした春輝であったが。
「こうしてると、なんだかドキドキするね」
「えっ……?」
当の露華がそう言ってはにかむものだから、どう受け止めれば良いのかわからなくなる。
密着した部分から感じられるやけに速い鼓動は、春輝のものなの露華のものなのか。
「春輝クンは、ドキドキしない? ウチ、相手だとさ」
「いや、その……俺は……」
何と返すのが正解なのか読めず、答えに窮する。
「………………」
「………………」
結果、二人無言で見つめ合う時間が生まれた。
ちょうどそこでイヤホンから聴こえていた曲も終わり、妙な静寂が場を支配する。
このまま、永久に見つめ合い続けることになるのではなかろうか。
頭の中に、そんな馬鹿げた考えが浮かんだ時のことである。
バタバタバタバタッ!
静寂を切り裂く慌ただしい足音が、リビングに近づいてきたのは。
そして。
「ハル兄ハル兄! 聞いて!」
『っ!?』
叫び声と共に勢いよく扉が開いて、春輝と露華は二人してビクッと身体を浮かせた。
「大ニュース……!」
当初、驚きに染まった顔でリビングへと飛び込んできた白亜だったが。
「が……」
抱き合うような体勢の二人を見て、徐々にジト目となっていく。
「ロカ姉……今度こそ、協定違反じゃ?」
「い、いやほら、アレよ! これは春輝クンに、オススメの小枝ちゃんソングを教えてもらってただけだから! ねっ、春輝クンっ?」
「あぁうん、その通り。やましいことは何もないぞ」
やはり『協定違反』というのが何のことかはわからなかったが、いずれにせよ露華との関係を誤解されるのはマズかろうと春輝は露華の言葉に何度も頷いた。
「オススメの小枝ちゃんソングを教えるだけで、なぜそんな体勢に……?」
「そ、それより白亜ちゃん! 大ニュースだって言ってたけど、どうしたんだいっ?」
未だ全力で懐疑的な目だった白亜だったが、春輝の言葉にハッとした表情となる。
「そう……! ハル兄、これ見て!」
と、白亜が差し出してきたのは一通の封筒であった。
その時点では、「なんか綺麗な封筒だな」くらいしか感想を抱けなかった春輝だったが。
「ほら……!」
「………………えっ!?」
取り出された中身をしげしげと眺めているうちに、目を見開くことになる。
「なになに? どったの?」
白亜の手元を、露華も覗き込んだ。
「ライブのチケット……? あっ、小枝ちゃんの?」
何気ない口調で、チケットに書かれた情報を読み上げる露華。
「そう! しかも、プレミアムライブの!」
「これ、めちゃくちゃ抽選倍率高いんだよ!」
「お、おぅ……そうなんだ……」
興奮して捲し立てる白亜と春輝に、ちょっと引いた様子であった。
「申し込んでから、毎日祈祷を捧げた甲斐があった……!」
ドヤァ……!
白亜の顔が輝くが、実際これはドヤ顔が許される案件だと春輝も思う。
「しかも四人分を申し込んで、全部当選してるという神引き……!」
「そりゃ確かに神だね!」
白亜と春輝、二人で何度も頷き合う。
「もう、白亜ー? お掃除、まだ終わってないんだからねー」
とそこで、新たに伊織がリビングへと顔を覗かせた。
「届いた封筒を開けた途端に駆け出しちゃって、一体何が……」
途中で言葉を止めてパチクリと目を瞬かせたのは、春輝と白亜がジッと伊織の顔を見つめていることに気付いたからだろう。
「白亜ちゃん……四人、ってことは?」
「もちろん、イオ姉の分も含まれてる」
一度、春輝と白亜は顔を見合わせて。
「伊織ちゃんっ!」
「イオ姉っ!」
伊織に向けて、同時に手を差し出した。
「え? え?」
その意味もわかっていないだろう伊織は、当然困惑顔である。
「俺と一緒に、行こう! 君と行きたいんだ!」
しかし春輝が、(小枝ちゃんに対する)情熱を迸らせた誘いを送ると。
「は、はひっ! よろしくお願いしましゅ!」
内容もわかっていないだろうに、顔を赤くしてその手を取ったのだった。