第69話 思惑と着信と
なんだかんだで結構な数の服を購入しての、帰り道。
「そしたら、そいつに樅山課長が言ったんだよ。君さぁ、それはぬらりひょんっていうか河童じゃないの? ってさ」
「うふふふっ、いかにも課長が言いそうですね」
そんな風に和気藹々と会話する春輝と伊織の、少し後ろを露華と白亜が歩いていた。
「ロカ姉……今回の件は結局、イオ姉に利するだけの結果になったんじゃ? ハル兄、イオ姉と一番好みが合うみたいだったし……」
小声で白亜が露華に尋ねる。
「いいんだよ、別にそれで。最初から、たぶんそうなるだろうなって思ってたし」
「えっ……?」
露華の答えに、白亜は軽く目を見開いた。
「ロカ姉、まさか……」
「おっと、勘違いすんなし?」
白亜が言いたいことを察し、露華はニッと口の端を上げる。
「別に、お姉に譲ろうだなんて一ミリも思ってないからね」
「だったら、どうして……?」
露華の意図がわからないらしく、白亜は眉根を寄せた。
「春輝クンがウチの選んだ服を着る度にウチを思い出すとか、春輝クンを自分好みに改造するとか、そういう意図も嘘じゃないけど……こないだ言った通り、今んとこ一番リードしてるのは間違いなく桃井さんだからね」
「……あえてイオ姉とハル兄の距離を縮めることで、イオ姉を当て馬にするってこと?」
「んっふっふー、人聞きが悪いねぇ君ぃ。お姉も春輝クンとの距離を縮められるし、Win-Winの関係ってやつっしょ」
なんて会話を交わしているうちに、歩くのが遅くなっていたようで。
「露華ー、白亜ー、早く来なさーい」
「はいはーい、今行くよー!」
少し先から呼びかけてくる伊織へと、声を張って答える。
「はーるっきクンっ! お姉とばっかり、イチャイチャしないでよねー!」
「うおっと」
駆け足で追いついて勢いよく腕に抱きつくと、若干よろめいたものの春輝はしっかりと受け止めてくれた。
そこまでガッチリしているようにも見えない春輝だが、こんな風にしていると男性らしい力強さが感じられて露華の胸は高鳴る。
「いや、別にイチャイチャしてはないだろ……」
苦笑気味に返してくる春輝。
「わたしの目から見ても、イチャイチャしていた」
「おぉっと」
少し遅れて白亜が反対側の腕にしがみつき、また春輝は少しよろめく。
「なので、わたしたちともイチャイチャすべき。それが平等というもの」
「はいはい、わかりましたよっと」
そして、微苦笑を浮かべた。
「こら、二人とも。春輝さんを迷惑かけないのっ」
人差し指を立てて、伊織が苦言を呈する。
「おやぁ? お姉、『二人の時間』を邪魔されてご機嫌ナナメかなぁ?」
「そ、そんなわけないでしょっ!?」
即座に否定する伊織だが、声が裏返り気味であった。
流石に本当に機嫌を悪くしたとまでは思っていないが、そういう部分が全くないわけでもないだろうと露華は睨んでいる。
「強く否定するところが逆に怪しい」
白亜も同じなのか、伊織にジト目を向けていた。
「もう、白亜まで……春輝さんの前で、変なこと言わないでっ」
「ハル兄の前じゃなきゃいいの?」
「そ、そういうわけでもないけど……」
白亜を相手に伊織がタジタジとなるという、少し珍しい光景。
「ほら二人とも、あんまりお姉さんを困らせるもんじゃないぞ?」
そこに、春輝が助け舟を出してくる。
「大体、伊織ちゃんが俺なんかとイチャイチャしたいわけないだろ?」
もっとも、言葉の内容はある意味で追撃とも言えるものだったが。
「だろ? 伊織ちゃん」
問いかける春輝へと、伊織は半笑いで「あ、はい……」と頷く。
……そんな光景を、露華は予想していた。
「……いえ」
けれど、実際の伊織は首を横に振って。
「い、イチャイチャしたいと、思ってましゅよ?」
顔は赤いし若干噛んでいたが、それでも以前の彼女では考えられなかった返しだ。
(お姉……それだけ本気、ってことか)
わかってはいたことではあるが、改めてそれを実感した気分であった。
(ま、だからってウチも引く気はないけどね)
以前に言葉にした通り、姉への感謝は持っているが。
それとこれとは別の話なのである。
「えっと、今のは……また、言い間違いかな……?」
「いえ、ち、違いましゅ……!」
なんて会話に、どう割り込んでやろうかと考えていたところで。
ヴヴッ。
露華のポケットの中で、スマートフォンが震えた。
一瞬無視しようかとも思ったが、『例の件』なら早く確認したいと思ってスマートフォンを取り出す。
バイブは新着メッセージの通知だったらしく、素早く操作してその内容を確認。
「っ……」
瞬間、自身の顔が少し強張ったのを自覚した。
すぐに、それは消し去れたと思うのだが。
「……露華ちゃん?」
春輝が、どこか心配そうに呼びかけてきた。
「何か、悪い連絡でも来たのかい?」
どうやら、先の表情を見られていたらしい。
あるいは、露華自身が消し去れたと思っていただけで何かしらの違和感は残っていたのか。
(ったく……普段は鈍いのに、なんでこんなとこばっか鋭いんだか)
しくじったという想いと共に、嬉しさを覚えるのも事実ではあった。
「んふふぅ? 気になるんだぁ?」
両方共を、茶化した笑みで押し隠す。
「実はねぇ……またまた、男子からのデートのお誘いが来ちゃったのでしたぁ! ウチ、こう見えても結構モテるんだよねぇ?」
「いや、まぁ、それは別に見た目通りだと思うけど……」
「へっ?」
予想外の言葉が返ってきて、思わず貼り付けた笑みが剥がれかけた。
「露華ちゃんみたいに明るくて可愛い子、絶対モテるでしょ」
「あ、ははぁ……! さ、さっすが春輝クン、よくわかってんじゃん……!」
真顔で言ってくる春輝に、頬が熱を持っていくのがわかる。
「ま、そんなわけで引く手数多なウチだからさ! あんまりお誘いが多くて、ちょっとウザいなーって思っちゃったわけよ!」
とにもかくにも、やや早口で誤魔化しの言葉を言い切った。
「そっか、モテるのも大変だね」
苦笑を浮かべる春輝も、どうやら納得してくれた様子である。
「そうなんだよねー。ま、美人税ってやつ?」
したり顔で、ダメ押し。
「ロカ姉のドヤ顔で言われると、なんか腹が立つ……」
「あはは……」
白亜のジト目と伊織の乾き気味の笑いも加わって、完全に誤魔化しきれたと言っていいだろう。
「ま、とはいえちゃんと返事してあげないとねー」
内心で安堵の息を吐き出しながら、露華はスマートフォンの画面に再び目を落とした。
当然ながら、そこに表示されている文言に変化はない。
『ごっめーん! しばらくは、高校で出来た友達との予定でいっぱいで! 落ち着いたら、また今度遊ぼ! 誘ってくれてありがとねっ!』
近々どこかに遊びに行こうと、中学時代の友人に送ったメッセージへの返答であった。
『だよねー! じゃっ、また今度! お互い、高校生活も楽しんでいこっ!』
慣れた手付きでメッセージを入力し、送信。
「ところで白亜ちゃん、さっきの店にあった『キスマホ』コラボのシャツさ。ホントに買わなくて良かったの? ちょっと欲しそうにしてたと思うんだけど」
「いい……そういうグッズにまで手を出すと、キリがなくなってくるから」
「というか、春輝さん……あまり白亜を甘やかさないでいただけると……」
そっと視線を上げると、少し前を歩く三人が露華に気を向けている様子はない。
それを確認してから、露華は小さく小さく溜め息を吐き出した。
(ま、そりゃそうだ……普通はこの時期、新しい友達の方優先になるよね……)
わかっていることではあったので、友人を責める気は微塵もない。
けれど、落胆する気持ちが湧き上がってくるのは事実である。
(ウチは今んとこ、ちょーっと高校生活を楽しめそうにはないかなぁ……)
自分で送ったメッセージが、何とも皮肉に感じられた。






