第66話 密談と同盟と
膝枕に耳かきにマッサージにと、たっぷり春輝に『癒やし』を提供した後。
「これより、小桜姉妹緊急特別会議を始めます」
「おー」
風呂に向かった春輝と夕食の準備の仕上げをしに行った伊織を見送ってから、露華と白亜は至近距離で顔を突き合わせた。
「議長はこのウチ、小桜露華が務めます」
「おー」
神妙な顔で言う露華に、白亜が拳を掲げて応える。
「白亜さん、議題はわかっていますね?」
「こないだの、桃井さんの一件」
「その通りです」
白亜が回答すると、露華は真面目くさった調子で頷いた。
「議長、質問が」
「はい、なんでしょう白亜さ……いいやこれ、めんどいから普通にいこう」
そして、一瞬でいつもの調子に戻った。
「で、何よ白亜?」
「今回は、ハル兄と桃井さんのことをどう邪魔するかを話し合うってこと?」
「ノー」
白亜の問いに、露華は首を横に振った。
「ちゅーか、実際問題それは不可能だよね。会社の人が相手じゃ、ウチらが介入出来る範囲が物理的に狭すぎるわけだし。お姉なら、ある程度は可能かもだけど」
「……というか」
白亜が、キッチンの方に目を向ける。
「小桜姉妹緊急特別会議、イオ姉はいなくていいの?」
「お姉なー」
露華は腕を組み、若干悩ましげな表情となった。
「お姉に声をかけなかった理由は、二つ」
それから、白亜に向けて指を二本立てる。
「一つは、お姉が例の場にいなかったこと」
「……一応、その場に存在はしてたけど」
「いや、あの時のこと確かめてみたら案の定だいぶ早期段階から記憶飛んでたじゃん? そんなもん、実質いなかったようなもんっしょ」
「それは確かに……」
頷いてから、白亜は再び疑問の目を露華に向けた。
「でも、わたしたちから説明するって手もあるのでは?」
「つーかウチ的には、お姉があれを認識してないのはむしろ朗報だと思うんだよね。だってお姉、腹芸とか絶対出来ないっしょ? 桃井さんとなんか気まずくなるくらいならまだしも、仕事に影響とか出たら良くないじゃん?」
「……ロカ姉から常識的な見解が出てきたことに、驚きを禁じ得ない」
「ふっ、常識破りってのは常識を知ってこそ出来る芸当よ」
「それを踏まえた上で、ロカ姉は普通に常識がないタイプだと思ってた」
「アンタ、ずっとそんな目でウチを見てたわけ!?」
若干声を荒げる露華だが、白亜の前では特におちゃらけてきたこれまでを思い出し。
「んん゛っ、そんなことよりも」
コホンと咳払いして、話を再び本題に戻すことにした。
「お姉に声をかけなかった理由の二つ目……それは、ここに呼ぼうが呼ぶまいが結果的にウチらに協力はしてくれるだろうって考えたから。結局、お姉とも利害は一致するわけだしね」
「なるほど……?」
曖昧に頷きながらも、白亜は未だ表情に疑問を浮かべたままである。
「それで……結局、この会議の目的は?」
「まぁ、端的に言うとだね」
ニッと笑って、露華は白亜へと手を差し出す。
「ウチと手を組みなよ、白亜」
白亜はその手を見下ろしてから、視線を上げて露華と目を合わせた。
「……それによるメリットは?」
「現状、春輝クンにとっての『気になる存在』ってのは、お姉と桃井さんなわけだ。そう、あの二人だけ……たぶん、そこにウチらは含まれてない」
「それは、確かにそうだと思うけど」
その認識は白亜も持っていたのか、小さく頷く。
「それなら、わたしたちも告白すればいいだけじゃ? 告白を取り消さなければ、むしろイオ姉に対しては一歩リード出来るとすら言える」
「ほーん? そこまでわかってるなら、なんでさっさと告白しないの?」
「……それは」
試す口調で尋ねると、白亜は口を噤んだ。
「わかってるからだよね? 今告白しても、失敗するだけだって」
それは、露華自身に言えることもである。
「……遺憾ながら、そうだと言わざるをえない」
目を閉じ、再び白亜は頷いた。
「今考えると、イオ姉もそれがわかってるから告白をなかったことにしたのかも……?」
「ま、その可能性はあるかもね。普通にテンパってただけ、って説が有力だとは思うけど」
半笑いを浮かべた後、露華は表情を改める。
「春輝クンにとって、ウチらはあくまでも『家族』……本気で『家族』だって思ってくれてること自体は、嬉しいんだけどね」
次いで、それが微苦笑に変化した。
「うん……本当の家族みたいに大切に想ってくれてること、とても嬉しい」
白亜も、小さく微笑む。
「でも、わたしは欲張り。それだけじゃ満足出来ない」
「ま、女の子ってそういうもんっしょ」
笑みを好戦的なものに変化させた白亜に、露華は肩をすくめた。
「だけど今の時点で告白しても、きっとハル兄は『家族』をそういう目で見ることは出来ないって言うと思う。わたしたちのことを、まだ子供だと思ってる節があるし」
「あとウチの場合は、告白してもとりあえず冗談だって捉えられそうだしねー。まずはマジだって信じてもらうための説明が必要とか、そんな告白嫌じゃん?」
「ロカ姉は、『自業自得』という言葉を座右の銘として刻んでおくべき」
「ぐむ……しゃーないじゃん、春輝クンと出会った当初はまさかこんなマジになると思ってなかったんだし。今更キャラ変するってのもさぁ……」
白亜に痛いとこを突かれて、口元をヒクつかせる露華。
「ともかく」
パンと手を打って、無理矢理に話題を変える。
「ウチらより先んじてるとはいえ、お姉が『家族』枠なのも変わらないわけで。今んとこ一馬身以上リードしてるのが桃井さん、ってことになるわけだよね」
「『家族』じゃない、大人の女の人……」
「強力なライバルが本気を出してきた以上、ウチらの間で争っても結局不利になるだけ」
「それで、手を組むって話に……」
白亜も、露華の意図を察してくれたらしい。
「そゆこと。とりま、最低限春輝クンにとっての『恋愛対象』にならないことには戦いの舞台に上がることさえ出来ないしね」
「とはいえ、それが簡単に出来れば苦労してないし……具体的には、どうするの?」
「こういう作戦会議を定期的に開催して、どうすれば春輝クンへの効果的なアプローチになるかを考える。やっぱ、一人じゃ考えが偏ったり気付かないことがあったりするしね」
「……ちなみに、そうやって考えたアイデアを実行している間は?」
「ふっ、決まってんじゃん」
露華と白亜の視線が交差し、火花が散った。
「その間は、今まで通りライバルよ」
「なるほど……それなら、望むところ」
そこでようやく、差し出されたままだった手を白亜が取る。
「よろしく、ロカ姉」
「アンタ風に言うと、『同志』ってことになるのかな? よろしくね、同志」
こうして、二人の間で固い握手が交わされた。
「それで、直近の動き方は?」
「そうねぇ、まずはぁ……」
白亜の問いに、露華がニンマリと笑う。