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第58話 変質と画策と

 猫耳事変(命名:人見春輝)の、翌朝。


「それでですね、露華が白亜の頭の上に牛乳をこぼしちゃって」

「ははっ、そんなことがあったんだ」


 雑談を交わしながら、春輝は伊織と共に会社への道のりを歩いていた。


「……っと、そろそろ別々に行こうか」


 会社までもう少しというところで、足を止める。

 同僚たちに余計な疑いを持たれないよう、毎度この辺りで別れて出社するのが常であった。


「……あの」


 いつもであれば、伊織もすぐに頷くところなのだが。


「今日、一緒に会社まで行っちゃ駄目ですか?」


 この日はなぜか、モジモジと指を絡ませながらそんなことを言ってきた。


「ん……? まぁ、構わないけど」


 たまたま道中で一緒になることもあるだろうし、たまにであればそこまで不自然に思われることもないだろう。

 そう思い、頷く。


「けど、なんで?」


 ただ、疑問が生じるところではあった。


「それは……」


 口を開き、何かを言おうとする様子を見せる伊織。


「………………」


 けれど続く言葉はなく、再び口を閉じて何やら思案顔となる。


「……理由、なくっちゃ駄目ですか?」


 そして、そう言って上目遣いで見つめてきた。


「い、いや別に、そういうわけじゃないけど……」


 妙にドギマギしてしまいながら、答える。


「もう少し、春輝さんとお話していたい気分なんです」


 そんな春輝を見て、伊織はクスリと笑った。


(……なんか)


 その笑顔を見ながら、ぼんやりと考える。


(昨日から、ちょっと雰囲気が変わった……か?)


 具体的に、どこがどうと挙げることは出来ない。

 ただ、以前よりも表情が明るくなり、オドオドとするようなことが少なくなったように思えた。


(……俺との会話にも、ようやく慣れてきたってことなのかな?)


 出会ってから一年強、共に暮すようになって一ヶ月と少し。

 長くかかったようにも思うが、少し内気なところがある彼女には慣れるのに必要な時間だったのかもしれない。


 そんな風に、思っていた春輝であったが。


   ◆   ◆   ◆


「小桜さん、最近なんか雰囲気変わったか……?」

「前より明るくなった気がするよな」

「恋は女性を綺麗にする、か」


 どうやらそれは春輝に対するものだけではなかったらしく、最近オフィス内ではそんな風に話す同僚たちの声が聞こえるようになっていた。


(恋……か)


 自分とは長らく縁遠い単語だったため、その発想はなかった春輝である。


(まぁ、華の女子高生だもんな。そりゃ、恋くらいするか)


 そう考えるも、妙に胸がザワつくような気がした。


(露華ちゃんの時と同じ……娘に彼氏が出来た時の気持ちとか、そういうのなのかな?)


 もしくは……と、思う。


(俺、自分に浮いた話の一つもないことに実は焦っているのか?)


 自覚していない願望が心の奥にあるのかと、少し悩んだ。

 もし春輝の状況を知る者に心の声が漏れれば、「浮いた話だらけだろ!」といったツッコミが入ったことであろう。


「人見さん、頼まれていた件終わりましたっ」


 仕事をしながら頭の片隅で考え事をしていたところ、当の伊織が声をかけてきた。


「あぁ、ありがとう。早いね、助かるよ」


 軽く笑みを浮かべ、礼を言う。


「いえ、人見さんのお役に立てたのなら嬉しいです」


 微笑みを返してくる伊織に、春輝の笑みは苦笑気味に変化した。


「また、言い間違ってるよ」


 以前にも似たようなことがあったな、と思いながら指摘する。


「今度は、言い間違いじゃないですよ?」


 けれど、伊織はテンパるどころか微笑みを深めて。


「……へっ?」

「ふふっ」


 春輝が間抜けな顔で間抜けな声を上げている間に、その笑みを残したままクルリと踵を返して自席の方へと戻っていってしまった。


「なんだ……? 小桜さん、覚醒入ったのか……?」

「前の初々しい感じも良かったけど、これはこれで……」

「でも人見に背中向けた後、めっちゃ顔が赤くなってんな……」


 周囲の声が、聞くとは無しに耳に入ってくる。


「……先輩、少しお話があるのですが」


 とそこで、貫奈が話しかけてきた。

 なぜか、随分と硬い表情に見える。


「行ったぁ……!」

「頑張れ、桃井……!」

「桃井派として全力で応援するぞ……!」


 そんな風に、周囲のザワつきが加速する。


「……どうした?」


 答える春輝の胸にも、若干の緊張感が生まれていた。


(こいつ、やけに伊織ちゃんとの関係を訝しんでくるからなぁ。これってやっぱり……)


 心中で、考える。


(俺が伊織ちゃんに手を出すと思ってんのか? 心配しなくても、出さない……つーか、伊織ちゃんの方が俺なんか相手にしないっての……)


 各方面から殴られても文句は言えない感想であったが、春輝としては本心からのものであった。

 それを、貫奈に対してどう伝えようかと悩む。

 が、しかし。


「今日、飲みに行けませんか?」

「んあ……?」


 貫奈の用件がそれだったので、少し拍子抜けしたような気分となった。


(……いや)


 だが、すぐに思い直す。


(いつもの誘い、ってわけでもなさそうだな……)


 貫奈の表情が、真剣なものだったためである。


(仕事で悩んでることもであるのか……? となると、聞いてやるのが先輩の役割か)


 そう考えて、一つ頷いた。


「わかった、行こうか。定時はちょい過ぎると思うけど、いいか?」

「はい、私もそのくらいがちょうどいいと思いますので」


 春輝の言葉に、貫奈の表情が若干和らぐ。


 ……と。

 そんな風に貫奈に気を取られていたがゆえに、春輝は気付かなかった。


   ◆   ◆   ◆


「………………」


 伊織が、春輝と貫奈のことをジッと見ていることに。


 そして。


「あの……樅山課長、折り入ってお願いがあるんですけど……」


 ふいに春輝たちから視線を逸らしたかと思えば、樅山課長に話しかけに行ったことに。

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