第54話 羞恥と断言と
いつも以上に騒がしくなってしまった夕食を終えて。
「はぁ……何やってんだか、私」
伊織は、溜め息と共にに自室に戻った。
「うぅぅぅ……! 恥ずかしくて、春輝さんとまともに顔を合わせられないよぅ……!」
そして、枕に顔を埋めて足をバタバタとさせる。
「なんであんなこと言っちゃったんだろ……!」
思い出すのは勿論、今朝のあの場面。
──私、春輝さんのこと愛してますから!
愛してますからー……。
愛してますからー……。
ますからー……。
からー……。
頭の中でずっと、エコーを伴ってリフレインしていた。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」
その度に、堪らないくらいに恥ずかしくなってしまうのである。
流石にこんな風にバタバタするのは一人の時だけだが、内心では常にこんな風に悶えていた。
特に、春輝と顔を合わせた時の気まずさが半端ではない。
きっと赤くなってしまっているだろうから、今日一日目が合う度に慌てて顔を逸らしていた。
にも拘わらず、気がつけば彼の姿を目で追ってしまうのだから困ったものだ。
コンコンコン。
とそこで、部屋の中にノックの音が響いた。
「お姉ー? 入るよー?」
ドア越しに聞こえてくる、露華の声。
「あ、うん。どうぞ」
慌てて起き上がり、布団の上で姿勢を正しながら返事する。
「お邪魔しまー」
「お邪魔します」
開いたドアの向こうから露華、続いて白亜が入ってきた。
「どうしたの、二人とも?」
用件に心当たりがなく、伊織は首を傾げる。
「お姉、さ」
そんな伊織に対して。
「春輝クン相手に、いつまでその気まずい感じ続ける気なの?」
露華が、ズバリ切り込んできた。
「そ、それは……その……」
伊織自身ちょうど考えていたことではあったが、口ごもるしかない。
「そんなの……私にも、わかんない……」
唇を尖らせて答える様は我ながら子供っぽいかと思ったが、ついついそんな仕草を取ってしまった。
普段であれば妹たちには見せない姿だが、今は取り繕う余裕もない。
「イオ姉がそういう感じだと、わたしたちもやりづらい。早急な改善を要望する」
ズビシと指を突きつけてくる白亜の方が、今は大人びていると言えた。
「やりづらい……か」
口の中で呟きを転がす。
妹たちの気持ちには、伊織も気付いているつもりだった。
恐らくは、自分と同じ類の感情を春輝に対して抱いているのだと。
少なくとも、最初は……この家に来た頃には、そうではなかったはずだが。
きっかけは恐らく、先日の借金騒動の時だったのだろう。
(あの時の春輝さん、格好良かったもんね……)
伊織たちが泣いていたところに、颯爽と現れて。
自分の大切な宝物まで手放して、助けてくれた。
今でも申し訳無さに胸が痛むけれど、同時に心音が高鳴るのも事実であった。
「貴女たちも……なんだよ、ね……? その……春輝さんのこと……」
その先を言葉にするのはなんだか気恥ずかしくて、口ごもる。
なのに。
「うん。好きだよ、春輝クンのこと」
「わたしも、ハル兄のことが好き。男の人として、好き」
露華と白亜は、あっさりと言い切ったのであった。