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第51話 弁解と疑念と

「私、春輝さんのこと愛してますから!」


 愛してますからー……。

 愛してますからー……。

 ますからー……。

 からー……。


 伊織の発言は、なぜかエコーを伴って聞こえた気がした。


 少なくとも春輝にとっては、それだけのインパクトを伴っていたということであろう。


「……そういう方向にテンパったかー」


 そんな春輝の傍ら、「あちゃー」とばかりに露華が自身の目を手で覆う。


「……おぉ」


 一方の白亜は、感心したように目を瞠っていた。


「………………えっ?」


 そんな二人の声を聞くとは無しに聞きながら、春輝は呆けた顔で呆けた声を上げる。


(えっ、と……今、『愛してる』って言った……よな……?)


 かなりハッキリと聞こえたが、内容が内容だけに聞き間違いの可能性をまず疑った。


(俺のこと、を……?)


 次いで、その言葉の対象を疑う。

 しかし、どう見ても伊織の顔を春輝の方へと向けられていた。

 というか、「春輝さんのこと」としっかり言っていたはずだ。


「………………あっ」


 そんな中、当の伊織はハッとした表情に。


 次いで、その顔が見る見る真っ赤に染まっていく。


 それと同期するかのように自分の顔も熱を始めるのを、春輝は自覚していた。


「ま、間違えましたっ!」

「だ、だよねっ!?」


 伊織の、いつもの台詞──ただし、いつも以上に慌てた調子で紡がれた──に半ば以上被さる形で、春輝も叫びに近い声を上げる。


「はいっ、間違いです!」


 真っ赤な顔を、ブンブンと上下させる伊織。


「今のは、あの……!」


 いつもであればこの後に、何をどう間違ったのかという説明が入る場面だ。


「今の言葉の、意味は……」


 しかし。


「意味、は……」


 伊織は自らの唇に指を当てて、黙り込んでしまった。


 真っ赤な顔に、潤んだ目。

 不安に彩られつつも、どこか艶っぽくも見える表情。


 そんな姿は、まるで。


(恋する女の子……みたい、だな)


 自然と、春輝の頭にそんな言葉が浮かんでくる。


 トクンと、自らの心臓が大きく鼓動する音が聞こえたような気がした。


(って……何をときめいてんだ俺は! 仮に伊織ちゃんが恋をしているとして、その相手が俺なわけないだろ! 俺たちは家族だって、そう確認したばっかじゃないか! つーかそれ以前に、こんな良い子が俺なんかに恋愛感情を抱くわけないっての!)


 心中で、己を叱責する。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」


 そのまましばし、誰も発言しないまま場を沈黙が支配した。


「……お姉? 今の言葉は、どういう意味だったの?」


 露華が、それを破る。


「間違い、だったわけ?」


 姉へと向ける彼女の目は、どこか試すような色合いを含んでいるように見えた。


「それ、は……」


 対する伊織の表情は、何かに怯えているようにも感じられる。


「……間違い」


 小さく、その唇が動いた。


「では、ないです」


 声も、消え入りそうな程に小さいもの。


 けれどやけにハッキリと聞こえた気がして、春輝の心臓が今一度大きく跳ねる。


「………………その、アレです! 家族愛、という意味ですので!」


 また少しの沈黙を挟んだ後に出てきた声は、今度はやけに大きなものだった。


「そっ……そうだよな!」


 ホッと、胸を撫で下ろす。


 ……けれど、心の中には残念に思っている自分もいるような気もして。


「うん、家族愛! 俺は最初からそうだと思ってたよ!」


 それを振り払うように、春輝は何度も頷いた。


 伊織は、家族として春輝を愛してくれている。

 それは、喜ぶべきことである。


「俺も、伊織ちゃんのこと愛してるよ。その……家族として、さ」


 彼女も同じ喜びを感じてくれるものだと、春輝は少し照れながらもそう口にした。


「………………はい」


 なのに、頷く彼女がどこか傷ついたように見えるのはなぜなのだろう。


「……そっ。家族愛、でいいんだね?」


 こちらはなぜか、白けたような表情となる露華。


「ちなみに、春輝クン? ウチも春輝クンのこと愛してるんだけどぉ?」


 かと思えば次の瞬間、春輝の腕に抱きついてきた。


「はいはい、俺も愛してるよ」

「たっはー! お姉へのリアクションとのこの差だよね!」


 そんな風に笑う様は、すっかりいつもの調子だ。


「わたしも愛してる、ハル兄」

「うん、ありがとう白亜ちゃん。俺も愛してるよ」


 次いで反対側の腕に白亜が抱きついてきたので、その頭を撫でる。


「なんで白亜にはナデナデ付きなの!? ウチだけ扱い雑くない!?」

「日頃の行いの差……かな」

「正論すぎて反論出来ない!」


 二人と話しているうちに先程までの何やら気まずい雰囲気が払拭されてきて、春輝は正直ホッとした気持ちを抱いていた。


「………………」


 ただ、その会話に加わることもなく黙りこくる伊織のことが少し引っかかって。


「お姉……ウチは、引かないからね?」

「わたしも、同じく……むしろ、今ので吹っ切れた」


 そんな伊織に対して二人が向ける言葉の意味がわからず、それもまた気になった。



   ◆   ◆   ◆



 結局それで話は終わり、その後は普通に出社した春輝と伊織。


 道中はやたらと無言の時間が多くてどことなく居心地の悪さを感じていた春輝だったが、流石に業務が開始してからは気持ちを切り替えて仕事に打ち込んでいた。


「……先輩? 今日はボーッとしていることが多いようですが、どうかされましたか?」


 と思っていたら、貫奈からそんな指摘を受ける。


「……ちょっと寝不足気味だから、そのせいかな?」

「そうですか……夜更しも程々にしてくださいね?」

「あぁ、気をつけるわ」


 適当に誤魔化すと、貫奈も納得してくれたようだ。


「それと、小桜さんから言伝です。頼まれていた作業完了しました、とのことでした」

「ん、了解」


 次いでの報告に、軽い調子で頷く。


「……珍しいですよね? 彼女、いつもは自分で報告に行くのに」


 すると、なぜか貫奈がジト目を向けてきた。


「……別に、そういうこともあるだろ。何かのついでとかにさ」


 春輝としては、何気ない調子を装って返したつもりである。


「先輩……」


 けれど、貫奈の疑いの目は春輝に向けられたまま。


「小桜さんと、何かありました?」


 今朝の『告白』の件が否応無しに想起され、ギクリと春輝の顔は強張った。


「何かって、なんだよ?」


 今回も何気なく答えたつもりだったが、声に動揺の色が乗ってしまった気がする。


「それは、私にはわかりませんけれど」


 言いながら、貫奈はチラリと視線を外した。


 つられて春輝もその先を追うと、そこには伊織の姿があり。


「っ……!」


 彼女もこちらを見ていたようだが、春輝と目が合うと慌てた様子で顔を背けた。


「……何か、ありましたか?」


 再び、貫奈が尋ねてくる。


 確かに今の伊織のリアクションには、『何かあった』感が溢れていたと言えよう。


「別に、何もないっての」


 上手い言い訳も思いつかず、春輝は単なる否定の言葉を返すことしか出来なかった。

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