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第3話 起床と回想と

「起きて……お兄さん、朝だよ」

「んんっ……?」


 ゆさゆさと身体を揺すられる感覚に、春輝の意識はゆっくりと浮上してきた。


「うげっ、頭いってぇ……」


 酷い頭痛を感じる。

 露骨な二日酔いだった。


 が、これについてはさして珍しいことではない。

 むしろ、仕事の疲れや愚痴を酒で誤魔化す傾向にある春輝にとっては慣れ親しんだ感覚と言える。


 いつもと違うのは、二点。


 一つは、トントントントン……と、包丁でまな板を叩くような音が聞こえてくること。


 それから、もう一つは。


「……起きた?」


 目を開けた途端に、見慣れぬ少女の顔が視界に飛び込んできたということである。


「え、あれ? ……は?」


 脳の処理が追いつかず、春輝は目を白黒させた。


(夢……? それとも、ついに二次元の世界に飛び込めたのか……? いや、どう見ても三次の女の子だけど……つーか、誰だこの子……?)


 寝起きの頭で、ぼんやりと考える。


「……起きてない?」

「あ、いや、起きた……と、思うけど……」


 首を傾ける少女に答えると、少女は一つ頷いて踵を返した。


「朝ご飯、もうすぐ出来るってイオ姉が。来て」

「あ、うん……」


 促されるままにベッドを降りて、少女に続いてキッチンへと向かう。


 その後ろ姿を見て、今更ながらに彼女が制服姿であることに気付いた。


 そして、キッチンに入ると。


「あっ、春輝さん。おはようございます、キッチンお借りしてますね」


 制服の上にエプロンを掛けた少女が振り返ってきて、春輝の脳は更なる混乱に陥った。


「っはよー……って、あははっ! 春輝クン、寝癖すっごいよ!」


 更にもう一人、制服姿の少女がテーブルに皿を並べながら春輝を見て笑っている。


(……あぁ、そうか)


 徐々に頭が働き始めてきた春輝の脳裏に、昨日の夕方からの記憶が蘇ってきた。



   ◆   ◆   ◆



 人見春輝は、どこに出しても恥ずかしくない社畜である。


「よし、残るはこのコマンドのみ……」


 この日も朝から膨大な業務をこなし、既に時刻は定時間際。

 普段であればむしろここからが本番開始なのだが、今日は現在実施しているシステムテストが完了すれば業務終了となるように調整していた。

 春輝にしては大変珍しく、定時上がりの予定だ。


 なぜならば、この後に大事な大事な用事が控えているためである。


(これが通れば、小枝ちゃんのトークライブには余裕で間に合う……!)


 そう考えながら、ッターン! とエンターキーを力強く打つ。


(さぁ、どうだ……?)


 結果に、エラー無し。テストは正常完了だ。


(うっし……!)


 内心で、ガッツポーズ。


「人見くん、来週の会議で使う資料なんだけどさ。作成お願い出来る?」

「あ、はい。承知です」


 そのタイミングで先輩社員から依頼が入ったので、春輝は軽く頷いて返した。


「人見、週末の業者受け入れの担当だけど、人見にしといていい?」

「問題ないッス」

「人見ちゃん、今度のメンテの作業者、君にしとくよー」

「はい、やっときます」

「サーセン人見さぁん、こないだの障害について説明してほしいってお客さんがー」

「うぃ、明日行ってくる」


 次々舞い込んでくる仕事を、全て受け入れる。


 春輝は、基本的に人の頼みを断るということをしない。

 それは、人が良いから……というわけではなく。

 断るためのコミュニケーションや、その結果生じるかもしれない人間関係の変化がめんどい、というのが主な理由である。

 だから、返事も必要最低限だった。


「人見さん、頼まれてたデータ入力終わりましたっ!」

「ん、ありがとう小桜さん」


 それは、バイトである小桜伊織に対しても同じである。


「いえいえ! 次は何を致しましょう!」


 張り切った調子で、前のめりに尋ねてくる伊織。


「いや、今日のところはもう頼むことはないかな」

「あ、そうですか……」


 しかし春輝の答えに、シュンと項垂れる。


 平素であれば、そんな姿もスルーなのだが。


「小桜さんはいつもやる気満々だね」


 この後の『お楽しみ』ゆえ機嫌の良い春輝は、気まぐれにそんなコメントを口にした。


「はいっ! 人見さんのお役に立ちたいと思っていますので!」


 すると伊織は、勢いよく顔を上げてフンスと鼻息も荒く言い切る。


(……んんっ? 俺の……?)


 春輝が首を傾げる中、伊織はハッとした表情となった。


「ま、間違えました!」


 その顔が、見る見る真っ赤に染まっていく。


「えと、あの、会社のです! 会社のお役に立ちたいと思っているのです!」

「そ、そうだよね……」


 必死な様子で言葉を重ねる伊織に、「はは……」と春輝は苦笑を返した。


「まぁ、もうすぐ定時だし帰り支度でもしといて」

「は、はいっ! 了解です!」


 赤い顔のまま踵を返し、伊織はパタパタと駆け足で自席に戻っていく。


 それをぼんやり見送る春輝の耳に、周囲の話し声が入ってきた。


「伊織ちゃん、今日も可愛いねぇ」

「青春、って感じですなぁ」

「にしても、人見の奴は……そうだよね、じゃねぇよ……」

「今に始まったこっちゃねぇけど、全然小桜さんの気持ちに気付かねぇんだもんなぁ」


 生温かい視線が向けられるのを感じ、春輝は口を『へ』の字に曲げる。


(小桜さんの気持ちくらい、わかってるっての)


 口に出さないのは、同僚と雑談するという習慣が春輝には全く存在しないためである。


(仕事が大好き、ってことだろ?)


 もしここに読心術を習得した者がいれば、やっぱ一ミリもわかってないじゃねぇか! といったツッコミが入ったことであろう。

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