[00-08] : 誘拐未遂(1)
***
ラグナ、カサラ、コウセイの三人はギルドに帰り着いた。
3人が妙に切羽詰まった顔をしていたからだろうか、――ギルドの中の冒険者や受付の職員が驚いたように3人へ振り向いた。
3人は直ちにアヤナの受付に行く。
アヤナは3人の表情に気おされたようになった。
「えっと、お帰り、3人とも?
随分早いけど、何かあった?」
その言葉にラグナが返答する。
「えーと……何か起こってませんか?」
抽象的だが、【虫の知らせ】スキルの特徴上、そう聞くしかない。
「え?
何か、って?
別に特別なことは何も起こってないけど……」
アヤナはそう答える。
――そう、まだ、何も起こっていないのだ。
「ラグナ。
【虫の知らせ】が失敗することはあるか?」
「これまでは無かった……。
大抵【虫の知らせ】が知らせた『やるべきこと』をやれば、何か状況が動くようになっていた。
だから、たぶん、この後"何か"が起こるんだと思う……!」
ラグナがそう言い切ったすぐ後に、ギルドの扉がバンっと開けられる音が聞こえた。
そこにいたのは勇者の従者であるフィールだった。
昨日はミアと一緒にいたが、今日は一人だ。
彼女は息を切らしている。
「……ラグナさん。助けてください、お願いします」
彼女はそう言って、ラグナに頭を下げた。
【虫の知らせ】は、きっと、彼女を助けるべきだと暗示していたのだ。
「分かった。
事情を聞いて、――君の力になるよ」
***
フィールが駆け込んでから数分も立つと、何者かがギルドに入ってきた。
その間にフ、ィールの事情をある程度は聞くことが出来た。
「このギルドは、フィールという名の従者を匿っているのでは無いか?
冒険者ギルドの仕事ではないのではない――と思うのだが?」
「さあね。
それより、あなたは誰ですか?
冒険者じゃ、ありませんよね……?」
ラグナは目の前の男に尋ねる。
「私は――公安部の者だよ。
ここに逃げ込んだ奴を探してるんだよ。
君はギルドの人間か?
何か、隠し事でもしとるんじゃないかね?」
「なんのことだか?
それに警邏と特別な兵士以外に、逮捕権を持つ人間はいませんよ。
公安部の人なら知ってますよね」
「確かにな。
だが、公安部はご存じのとおり、法を超越した存在なのだよ。
君の言うことなど聞く必要はない。
1分以内に差し出せば命は助けてやろう。
さっさとしろ」
「はあ。
で、その逃げ込んだって人は、一体何をやらかしたんですか?」
「さあな。
そんなことは関係ない。
だが、政府の直接の指示だ、同行を断ったとしてこの国にはいられなくなるだろうな。
お前もさっさと差し出すことを勧めるよ」
「しかし、『勇者の仲間』に手を出すんでしたら……そちらも相応の覚悟はあるんでしょうね?」
「ふ、勇者か。怖い怖い。
だが、所詮は人の身だ。
従者と大分仲がいいようだからな、人質を取れば黙るだろう」
――人質。
間違っても、公人が使うような言葉ではない。
(この国の政府はフィールを人質に取って勇者に何をさせるつもりなんだ。
『勇者』を戦力とみれば、――間違いなく戦争に使う気だろうな。
……となれば、けしかけたのは政府次席か……)
「そろそろ1分立つが、協力してもらえないと?」
「――残念ですがね……。
行け、【フリーズ】!」
ラグナがそう叫ぶと、魔法【フリーズ】が発動し、男の靴が氷結により地面に固定させる。
男は足を動かそうと動いたが、びくともしない。
「ほう?
魔法使いですか……。
冒険者ではなさそうだと踏んでいましたが、外れましたかね」
勿論、ラグナに魔法は使えない。
カサラが発動した魔法を自分がやったかのように喋っているだけだ。
下手にカサラに迷惑をかけるわけにもいかない。
巻き込まずに助けられたらそっちの方が良かったが、ラグナには戦闘力がないので仕方ない。
「よし、フィール、あと、……カサラ。
ミアが来るまではダンジョンへ逃げる。
コウセイ、これを……」
コウセイには勇者への伝言と、勇者の暮らしている宿へ伝言を行うように指示した。
これで、勇者への伝言が通ると思う。
そこで、男の態度が変化する。
「ダンジョンへ逃げるだと……!
そんなことは許さない、ここで捕縛……」
カサラは更に【フリーズ】の2重掛けを行い、ふくらはぎのあたりまで男を床に固定した。
男はバランスをとれず、腰を曲げて手を地面につけた。
「くそ……!
ダンジョンへ行かれると面倒だ!
急いで捕まえる必要があるというのに……!」
男はのたまうが、後を追うことはできない。
***
ギルドカードを見せ、急いでダンジョンへ入る。
ダンジョンは冒険者ならほぼフリーパスだが、冒険者以外では、政府の関係者であろうと、手続きがいる。
ギルドの既定は破った形になるが、勇者の関係者ということで、あとでどうとでもするつもりだ。
「なぜ、ダンジョンへ逃げることにしたんですか?」
フィールが訊くと、それに対して、カサラはそれを無視して質問を返す。
「それより、お前は何者だ。
勇者の従者だっていうけど、ラグナとどんな関係なんだ?」
「えっと、フィールの質問に答えると、
……この国だと、警邏が逮捕特権って言って、罪を犯した人を捕まえることが出来るんだ。
でも、公安部の人たちはその特権はなく、その代わり、超法規的措置をとることが出来る。」
「超法規的措置? 法律を守らなくていいってことですか?」
「いや、法律は守らなくてはならない。
それは、この国にいる全ての人がそうだ。
ただし、公安部は裁判を拒否できることになっている。
勿論、それを盾にして悪辣な行為をすることはできないよう、国が手綱を握っているんだけどね」
そこまで言って、ラグナは今度こそ、フィールの質問に答える。
「ダンジョンに入るためには、移動点を通らなければならない」
「うん。
でも、法律を無視できるなら、さっきの男の人は無理やり入ることが出来るんじゃないですか?」
「できない。
公安部の人たちは、目的の為に法を侵すことができるけど、公安部と国が合理的と判断しないと裁判に持ち込まれることになって、敗訴する。
当然、慎重になる」
「上の人へと伺いを立てる必要があるってことですか?」
「その通り。
ダンジョンへの扉を無理やり開けたり、ギルドの人たちを脅したりすれば、公安部の活動が正当化されない可能性がある。
まして今回は、フィールを人質にミアを連れ去る計画だ。
これが明らかになったときのリスクも考えるんじゃないかな」
「ラグナ、それより、この女は誰?」
「フィールさんって言って、勇者の仲間の人だよ」
「そんなことはさっき聞いた。
そうではなく、ラグナとの関係、を聞いている」
「友達かな」
そう答えたラグナに、フィールは驚いた表情になった。
「え!?」
「どうかした?
……ああ、友達なんて気安かったかな?」
「いえ、とんでもない。
友達、です、ともだち、ふふふ」
「なんだ、こいつ。笑い出したぞ」
「さぁ?」
さりとて、走っている間にだんだんと目的地が見えてきた。
森を縦断する道の左手側に、巨大な塔が鎮座している。
もう少し行くと、ギガントアントを倒した場所がある。
***
ちょうどギガントアントを倒した道の辺りで、カサラはラグナに対し、聞く。
「ラグナ。
塔に陣取ると言うが、それはなぜなんだ?
確かに、あそこから見る景色は素晴らしいが……」
「いや、別に景色で選んだわけじゃないけど、塔の上だと地上で攻勢を繰り広げるより楽なんだよ。
上る時の通路が狭くて、大勢連れてこられても対応しやすいしね」
「逆に、追い詰められているような感じもするが?
逃げ場もないし。
それとも、攻撃してくる奴ら全員を私が倒す方がいいか?」
「いや、あくまで籠城戦だからね。
こっちの目的は単に勇者と合流できれば勝ちだから、それだけを目指す。
相手は公権力だからあまり攻撃したくない」
「……ふむ。
なるほどね、分かった。
取り敢えず、ラグナのことを守ればいいんだな?」
「フィールさんのこともね」
「お願いします」
フィールが頭を下げるとカサラは困ったように慌てて、首肯する。
塔へと入るために、森の中へ進路を移す。
塔は道から少し逸れた場所にあるため、途中で数匹の魔物にエンカウントする。
エンカウントする度、カサラが魔法で葬るため、サクサクと進めているが。
そして、すぐに塔の扉を開け、内部に入った。
(これがあの塔の内部か……)
ラグナは始祖のダンジョンに来ても、大抵近場のみ冒険するため、初めて入る場所に少しばかりどきどきしていた。
「カサラさん、ダンジョンに詳しければ教えて欲しいのですが、このダンジョンの『魔道具』はもう発見済みなんでしょうか。
まだ、『崩壊』が起こっていないように見えるので、私たちはまだ発見されていないと考えているのですが……」
「魔道具? 魔道具……、なんだっけそれ」
カサラは冒険者であるのにも関わらず、そんなことも忘れているのか、とラグナは唖然とする。
「カサラ、……魔道具っていうのは、ダンジョンにたった一つだけ隠されている特殊な道具のことだよ。
冒険者にとっては常識だよ……」
ラグナがそう言うと、カサラは思い出したように目を爛々と輝かせた。
「ああ、魔道具か! 思い出した!
『魔道具』という言葉には私の心を動かされたものだ!
いつか魔道具を手に入れて世界支配とかしてみたい!」
魔王みたいなやつだ、とラグナは思った。
フィールもラグナと同じように思ったのか、
「え゛。それはやめた方がいいような……」
――と、唖然である。
さりとて、このダンジョンの魔道具は――
「疑問に答えると――このダンジョンの魔道具は、たぶん見つかったんじゃないかと、思われています」
ラグナの言い方に、フィールは首をかしげる。
「"見つかったと思われている"というのはどういうことでしょうか?
証拠がないとか、文献が古いとかですか?」
「いや、そうではなくてですね……。
おっと、ゴブリン!」
話しの途中でゴブリンが前から迫るが、カサラが「あ」と気づいて、すぐに頭をつぶす。
ぐろい。
カサラはこちらを向いて、「続けていいぞ」と告げる。
「えーっと。
この『オリジン』というダンジョンについては、ダンジョンをクリア、つまり、通常の意味では、魔道具の入手ができたということを指すんだけど、――ともかくクリアしたというパーティが既に名乗りを上げてるんだ。
もう10年くらい前かな」
「クリアしたけど、『魔道具』は発見されていない……?
それはクリアしていないということでは?
クリアしたら起こるはずの『崩壊』が始まっているようにも見えませんし……」
「まあ、普通に考えるとそうなんだけど、当時の冒険者がそれなりに名のある人でね。
クリアした、ということは信じられているんだ。
だけど、『魔道具』をもって帰らなかったと言われている」
「持って帰らなかった……ですか?
それは何で?」
「ダンジョンが崩壊して経済に影響を与えるのを防ぐために、国が魔道具をとるのを止めたんじゃないかというのが、まあ、有名な説だよ」
「……なるほど、これだけ広大なダンジョンですから、そういうこともあるかもしれませんね。
でも、そうなると私たちはどうすれば良いんでしょうか?」
「魔道具をとる気なんですか?」
「ええ、私たちには必要です」
「冒険者が魔道具をとるのは権利として認められているので、必要なら勝手にとっていくのがいいと思いますよ。
確かに短期的には僕たちギルド職員や冒険者は困るかもしれませんけど、いざとなれば他のギルドに移ることもできるでしょうし」
国にとっては痛手かもしれないが、冒険者ギルドが掛け合った内容として、冒険者に認められている権利なのでどうしようもない。
(しかし、そうか、そういう意味では勇者という存在を疎ましく思う勢力がいてもおかしくないのか)
冒険者の中には、勇者を疎ましく思っている者もいると言われているが、それも詮無いことだ。
都市や国家がダンジョンを前提に成り立っている場合もあるほど――それほどにダンジョンが生み出す資源は大量だ。
ダンジョンは無差別に出現するため、邪魔な存在でもあるのだが、立場によっても見方が違う。
突然出現し、魔物を生み出す『災禍』であり、
国家や都市の発展に寄与する『金の生る木』であり、
冒険者を惹きつける『浪漫』でもある。
そして、勇者にしてみれば、魔王を倒すための鍵なのかもしれない。
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