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[00-05] : 城での夕食会(1)

***

 リヒト共和国の首都、オウカはそれ全体で一つの城のようなものを成すと考えられている。

 しかし、首都において、実際に『城』という単語が指し示すのは、政府の中央政府の高官が勤めるオウカの中央にある城のことを言う。『城』は政府を示す、いわば権力の象徴である。


 中央政府の議員は全員が直接選挙により選ばれ、得票数に従って席次が決められ、権力構造は、その席次によって決まると言っても過言ではない。


 特に、国家の顔となるのは、政府の『主席』である。

 政治家としては、最も大きな権限を持つ。


 現在は、アルデルフ=ノルヴァという人物がその任に就いている。根っからの平和主義者で、戦争に明け暮れていた時代の反発とでもいうのか、リヒト共和国は現在、非常に安定している。


 それに対して、次席は戦争容認派、戦争積極派の支持を得た人物である。


「つまり、ラグナくんは、この国が勇者(わたし)を使って政争を行う可能性があるって言うんだね」


「うん。政治家は勇者の訪城に、何らかの政治的思惑を巡らしているはずだ。

 多分、発言には気を付けた方がいい」


「でも、そういうのは、フィールに任せてるし、どうにかなりそうだけどね」


「ミア、油断は命取りですよ。

 厄介な言質を取られないように、気を付けましょう。

 相手方も勇者の武力は理解していると思うから、下手なことはしないと思うけど……」


 ただ、勇者に関しては、武力的価値よりも、象徴的価値の方が高く評価されているだろう。


 特にこの国は魔王領と国境を接していないため、勇者はに対してあまり具体的なイメージを抱いていない。ギルドで働いていたラグナですら、勇者の能力に関しては過小評価していた。


 この国は魔法による戦略兵器がいくつもあるため、自分たちの実力への驕りもあるかもしれない。


 そのため、政府の高官らが勇者に対し傲慢な態度をとる可能性もあり得る。


「では、お気を付けて」


「はい。

 多分、今後もダンジョンへ行くと思うので、その際はよろしくお願いします」


「じゃあ、行ってくるね!」


 ラグナは遠目で二人を眺めながら、残った仕事の処理をするため、ギルドに帰った。


***

 ミア、及び、その付き人である、フィールがパーティの会場に入ると、周りから歓声と、けたたましい拍手の音が鳴り響いた。

 ミアは、ぎこちなくではあるが、努めて笑顔で対応する。


 フィールは勇者の友人といえど、従者の立場であるため、後ろを追って歩いていく。


 勇者は特別な存在である。


 勇者へのスタンスは国家によって異なるが、通常、他国の外交官程度以上の扱いをすることが外交上の慣例である。

 この国の政府もそれは同じで、勇者ミアと政府主席であるアルデルフは、単に握手を交わすことで、勇者と政府主席の間の友好をアピールする形をとった。


 その瞬間、再び、大きな歓声と拍手喝采が行われた。


 ミアはやや緊張している様子であった。


「私の名は、ミア=メイス、神から勇者として魔を討つ大義を任されたものです」


わぁあああああーーーーー!!! パチパチパチパチ


(いちいち歓声をあげるの、やめてもらえないかな……)


 ミアがこの夕食会で述べる台詞の台本は、母国での国民への勇者の公開時に、フィールと一緒に作った台本を少し改良したものである。


 勇者として何か開会の言葉を言ってくれと言われたため、このように話しているが、ミアは正直、帰りたいと思っている。


「――そのため、この国の滞在中には、可能な限りの時間をダンジョンの攻略に充てたいと思います。

 皆様にも、ご理解とご協力をお願いしたいと思います。

 以上、ミア=メイス。」


わぁあああああーーーーー!!! パチパチパチパチ


 演説が終わった後も、ミアが席に戻るまで、歓声は続く。

 ミアは正直言ってこういう状況が苦手だ。人がたくさんいる場所で話すのは得意じゃないし、かなり緊張もする。


「ミア、立派でした」


「ありがとう、フィール」


 ミアが席に座るのを見て、政府の主席が音頭を取る形で、勇者の来訪を祝した夕食会が始まった。


 政治家たちの思惑は、それぞれである。


***

 夕食会は、各々が席に座ってコース料理を楽しむものである。


 勇者との懇談を行うという形で、そうそうたる面子が一つの席に集まっていた。


 ミア、その従者であるフィール、及び、政府主席、次席、軍部大臣の5人が一つの席に集っている。


 城のメイドが前菜とワインを運んでくる。

 ミアは酒が得意ではないと、事前に話を通しているので、冷えたグレープジュースがグラスに注がれる。


「さて、私がアルデルフ=ノルヴァ。この国の政府の主席である。

 勇者様との歓談を楽しみにしておりました」


 国の一番偉い人に言われては、フィールに任せるわけにもいかず、ミアはアルデルフの言葉を受けて、言葉を交わす。


「アルデルフ様、私もこの場を設けていただいたこと、大変ありがたく思っております」


「勇者様の目的は、先ほどの話で言われていたように、この国への滞在目的はダンジョンの攻略であるな?

 ダンジョンに関しては、他国からの紹介状等があると思われる為、ギルドに掛け合えばよいだろう。

 必要なら、国から口添えも行う」


「わかりました。冒険者と指定のギルドへの登録は()()()()()()()()()

 もし、必要になれば力添えをお願いします」


 ちなみに、ミアは、言葉を選ぶのが得意でないため、フィールが横で軽く助言を行っている。

 ギルドへの登録についても、今朝済ませてきたが、昨日、城への滞在を断っていることから、波風を立てないようにという助言によるものである。


 多少、不自然だったり、礼儀に欠いているように思われるかもしれないが、ミアが下手に失敗するよりはいいだろう


「それと、他に何か、この国で必要なことや、やりたいことがあれば、この城の者に相談をしてくれ」


 その後も、彼としばらくとりとめのない話が進むが、フィールもミアもある程度、感じるように、アルデルフ政府主席は露骨に政治的な意図を会話に入れるようなことはしてこない。

 ラグナからは、彼について、高潔だが民衆人気の高い、人格者だと聞いていたが、その分析は割と当たっていた。


 それに対して、政府次席と軍部大臣は、どちらも司会の隅でギラギラとした野心を隠さない眼をしている。


(この二人の方が厄介そうです。

 ただ、……ミアが対応しないとならないので、少し大変ですね)


「ところで勇者殿は、お強いと聞きますので、ぜひ、その武勇をお聞かせ願えませんか?」


 主席との会話に半ば割り込むように、政府次席が割り込む。

 野太く、凄みのある声色だ。


「ああ、申し遅れました。私の名はリトーキ=シャンプと申します。

 いやはや、勇者様が訪れて下さった暁には、ぜひ、その武勇を聞きたく思っておりました」


 リトーキがそのように話すと、それに賛同するように軍部大臣が言う。


「私も、勇者様の話を聞けるなら、胸が高まる思いであります。

 軍部大臣 カールと申します。

 以後、お見知りおきを」


***

 事前の情報通り、リトーキ政府次席は、軍国主義の代弁者らしい。


 アルデルフ政府主席との話が終わり、彼が離籍するとともに、彼の本題に入った。


「平和というのは、戦争が創るものです。

 アルデルフ主席は平和、平和と判を押したように言っていましたが、平和は、――悲しいかな、戦争によって生まれるものなのです」


「……はあ」


 ミアは、つまらなそうに生返事をする。

 フィールはミアの心情には同感しつつも、ちょいちょい、返事が適当になっていることに、少し困っていた。


 フィールは、彼の話が、めんどくさい方向に流れる前に小さい声でミアに離席を勧める。


「(ミア、話の切れ目になったら、他の人たちに挨拶をしたいって言って、離れよう)」


 ミアは、フィールの提案に内心で同意しつつ、つまらない話に瞼が閉じそうになるのを我慢しながら、もう少し頑張ろうとしている。


 そんな最中、軍部大臣が、フィールの態度に少し怒りをにじませながら、


「従者の方、他の方への挨拶は、しなくても大丈夫ですよ。

 私や、次席、主席の為に、彼らには交流を控えてもらうように話しております」


「む? そこの従者殿は、そのようなことを心配しておったのか?

 始めに話しておくべきであったな」


「い、いえ。大丈夫です」


(……挨拶を口実に離脱しようとしていたのがばれたみたいです。

 相手方をあまり刺激したくはなかったんだけど……)


「おお、そうだ。

 確かに、来賓の方々も勇者殿との挨拶を望んでおられよう。

 では、どうだね。

 従者のフィール殿が勇者殿の代わりとして彼らと話をしては?」


「確かに。それは名案でしょう。

 勇者様は私たちとの歓談を。

 従者殿は、勇者様の代わりに挨拶を……と」


(私を離して、何を企んでいるだろう?

 ミアには困ったらとりあえずなんでも駄目だと言っておくように話したけど……)


 フィールはこの2人が何らかの政治的なアクションを起こすことをほぼ確信している。

 事前に想定している内容としては、勇者の政治利用として、名だけの大臣や名誉褒章などを与え、国家の支持基盤に勇者の威光を用いようというものだ。

 その場合、ゆくゆくは軍に編入などと考えている可能性も高い。


 そのため、フィールはミアを残して大丈夫か、と心配から、一瞬躊躇する。


「どうかされましたか? 従者殿」


「いえ、なんでもありません」


(いや、ここで断るのも少し角が立つかもしれないですね。

 ……彼らの言うとおりにしたほうがいいか。

 彼らも、勇者に下手なことをするほど馬鹿ではないでしょう)


「――そうですね。では、私は、他の来賓の方々との挨拶に行きますね」


 フィールは不安に思いつつも部屋を出た。


***

「さて、勇者殿、従者殿がいたため、できなかったのですが、ここからの話は、他言無用でお願いしますよ?」


「へ? いや、フィールには全部話すよ」


「え? ああ、いや、聞いてもらえば分かると思うが、この話は非常に重要でね。

 市中にあまり知られたくないんです。

 勇者殿もご理解いただけると思う」


「フィールなら大丈夫だよ、……ですよ。

 フィールは口を滑らせることはないから、たぶん大丈夫です」


「……ならよいが。

 勇者殿に、お願いしたいことがある」


「ああ、それはだめ」


 ミアからの突然の否定に、リトーキは面食らってしまう。


 ミアはミアで、提案やお願いの類は全部断ることになっているため、にべもなく断ってしまう。


「……だめ、ですか?

 まだ何も話しておりませんが?」


「話すのは勝手だけど、そのお願いは絶対に受けないよ。

 内容の如何に関わらずね」


「魔物の討伐に関するお願いなのですが?

 報酬もそれなりには用意していますよ?」


 ミアは、魔物の討伐と聞いて、少し気になったものの、態度を変えることはない。


「……まあ、一応、聞くだけなら聞くよ」


 リトーキは予定が狂ったと、内心では舌打ちをする。勇者が困ったものを助けるというのはもはや法則のようなものだと確信していたからだ。


(フィールと言ったか……、あの従者の助言だろうか)


「ええ、では、話しますので、もし心変わりがあれば、受けてもらえると助かります」


 リトーキの依頼は以下の通りだ。


+ [依頼][リトーキ=シャンプ][難度B?] +

+ ------------------------------------------------------------------------------ +

 隣国モリとの国境線で、多数の魔物が発見された。

 これらの魔物はモリの国境沿いのダンジョンからあふれ出ているものと

 考えられる。これらの魔物が国に被害を与える前に殲滅することを要請

 する。

+ ------------------------------------------------------------------------------ +


「……魔物が攻めてくることで、辺境の村がダメージを受ける可能性があります。

 したがって、これの対応をどうにか勇者殿にお願いできないかと……」


「う~ん。

 依頼内容は簡単なんだけど……。

 受けちゃダメって言われてるから……すいませんね」


「……いえ。まあ、我が軍でも、対応できることですから……。

 多少の人死にはあるかもしれないですが」


 最後の一言は完全に蛇足で、ちょっとした嫌味のつもりで行ったのだろう。

 ミアもそれに気づき、少しむっとした顔になった。


(……やはり、厭味ったらしく言っても無駄なようだな)


 リトーキは多少不機嫌な顔になるものの、受けなければそれはそれでよいという風に、深く腰掛けた。


「わかりました、勇者殿。

 もし気が変わりましたら、数日以内には連絡を頂きたい」


「わかりました」


「それで? 軍部大臣殿もここにいるのですから、何か勇者殿に言いたいことがあるのでは?」


 リトーキがそう言うと、軍部大臣のカールが待ってましたとばかりに口を開く。


「ええ、ですが、少し、大広間の方に移りませんか? 

 私には、――聞かれて困るような話はないので」


 3人は場所を移し、パーティの会場へ向かった。


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