[00-04] : 勇者と討伐に行ってみる
***
冒険には準備が不可欠である。
他のギルドの職員に二人の依頼についていく旨を説明し、そのまま家に帰ってサバイバル用品をかき集めた。
多くの職員の方々は危険だからやめた方がいいと言っていたが、多少、無理を通す形で最終的には納得してもらった。
しかし、彼らの言うことももっともである。
ギガントアントのいる辺りだと、行ったことのない場所になるし、いつもカサラやコウセイといくような場所とは危険度がまったく異なる。
十分以上の準備をしなければならない。
ミアやフィールはいらないと言ってたけど、一応簡易テントなども用意しておく。一人用だが、大きめなので3人くらいならなんとか入るかもしれない。
サバイバル用品のほかには食料や水だ。
半日程度の簡単な依頼でもこういった必需品の準備を怠ってはいけない。
長期間の遠征の場合は、馬車や牛車で大量の荷物を運ぶ場合もあるが、今回はそれほど大所帯ではないし、時間がかかるようならすぐ帰るように決めたので恐らく大丈夫だと考えている。
また、ギガントアントについては数週間は苦しめられているため、ラグナは勇者が来る前からいろいろな研究を行ってきた。
勇者の能力が及ばない部分であれば、ラグナが何らかの補佐をできる可能性もあるかもしれない。
重ね重ね述べるが、――ダンジョンへ行くなら、魔物を狩るならば、……準備を怠ってはならないのである。
***
ダンジョンはギルドから100メートルほどの場所に、おおきな鉄の扉で閉じられている。
扉には魔法による鍵がかかっており、ダンジョンに入る時に体内に埋め込まれた"通行証のようなもの"が出るときに回収される仕組みで作成されている。
ダンジョンへのいわゆる“移動点”は、空気中に空いた穴のようなものである。
しかし、大抵のダンジョンでは、魔物が簡単に外にあふれ出てきたり、住人が簡単に入ることが出来ないように、様々な方法で管理している。
リヒト共和国のギルドでは移動点に柵や簡易的な小屋などを用意し、ダンジョン側の移動点も同じように扉を設けることで二重に守っている。
移動点については未だに様々な学説が存在し、どういう構造になっているのかは知られていない。
そんな厳重に守られたダンジョンであるが、ダンジョンに入ってみるだけなら適当な冒険者を連れていれば難しいことではない。代表者がギルドカードを持っていれば、そのまま通ることが出来る。
現に、いくつかのダンジョンにはダンジョン内の集落のようなものさえあり、普通に生活をしているひともいる。
しかし、勇者を伴ってダンジョンに入るというのはまた違った感慨を感じさせるものである。
「よし、ラグナくん、準備はできてる?
いざとなったら守ってあげるから大丈夫だけど、あんまり前に出ると危険だからね」
「ミア、ラグナさんだってギルドの職員なんだから、そのくらいわかってると思うよ。
それより、むしろミアの準備の方が不安です」
「大丈夫、きっと何とかなるよ!」
(先ほど打ち合わせた内容が嘘でなければ、彼女はきっとなんとかしてしまうのだろう。
圧倒的な勇者のパワーで。
未だ半信半疑ではあるが……)
「じゃあ、打ち合わせ通り、――行くよ!」
ミアはそう言い放つと、ラグナとフィールをそれぞれ右腕と左腕で抱え上げる。
その次の瞬間、ドゴン――という轟音が聞こえ、地面が抉れる。
何が起きたのか、周囲から見てもまったく理解できないだろう。
ましてや、勇者が、一瞬で音速の半分程度の速度まで加速した――ミア曰く、“ちょっと速く”走ったことによる衝撃波の影響だとは思いもしないことだろう。
抱えられながら、ラグナが抱くのは勇者という存在への畏怖だ。
先ほどまでは、――実力のある冒険者で、ちょっと抜けたところのある女の子。程度に思っていた。
だが、――スゴイ。凄すぎる。
あまりにも、これは
(遠すぎる。
これほど勇者が『格』の違う存在だったなんて)
『勇者』は『人』からあまりにも遠すぎる。
首都オウカでまだ1年だが、多くの冒険者と接してきたラグナでさえ、信じられないほどに。
彼女は、ミアは、『勇者』は……異質すぎる!
***
わずか1分半ほどで目的地までたどり着いた。
ギガントアントが道を塞いでいるのは森に開拓された道の上であり、始祖のダンジョンがギルドに管理され始めたころに有志の冒険者で開拓した道の上だ。道が塞がれてからは、横着して森の中を突っ切る以外には、遠方の道から迂回するしかないような状態になっている。
始祖のダンジョンは基本的に砂漠地帯で、多種多様な構造物が連綿と続くダンジョンだが、地表の一部に森があり、それが現在の位置である。
森を挟んで向こう側には、およそ自然にできたものとは思えない巨大な構造物いくつも立っている。
あれらは『始祖の塔』というかなり安直なネーミングの塔で、名の表すように、この始祖のダンジョンにおいて、最も重要視されている構造物だ。
歴史上、たった一人だけ、あの塔の最上階にたどり着いたとされている。
3人は、ギガントアントから数百メートル離れた位置で止まり、準備を行っている。
後ろを見渡せば、ここまでの道にいたであろう魔物がミアが走る際に生じた衝撃波で死んでいるのが見える。
「じゃあ、フィールとラグナはここら辺に隠れててね。
倒してくるよ」
一人で戦うつもりなのだろうかと、ラグナは隣にいるフィールを見る。
フィールはその視線を見て察したのか、
「私とミアはパーティだけど、私はミアほど強くないので……。
速攻で倒したいときはミア一人でやっています」
「そうなんだ、それは……なんというか、すごいね」
(難度Aの依頼を一人で解決するような酔狂な人たちは稀にいるけど、さっきの疾走を見ると、さもありなんというところだ……)
「それでは、ラグナさん、ミアの準備ができました。
ちゃんと、見ててくださいね」
ラグナがそちらを向くと、勇者ミアが腰の剣に手を添える動作が見える。
ギガントアントを前に、一切の緊張がにじんでいない。
――相対している巨体が、意に介さないかのように、
――攻撃をされても通じないぞ、と、そういう気迫を感じさせるように、
勇者は、ラグナにも見えるくらいの、比較的、ゆっくりと、剣を抜いた。
そして、次の瞬間。技が発動される。
「剣技、【八断】!」
ミアの放った一閃は、剣の先で、八つの斬撃に分かれ、斬撃はギガントアントを刻み込んだ。
【八断】とは、剣術系でも相当習得難易度の高いスキルだ。
習得が難しいわりに、汎用性が低く、威力があまり出ないため、それ程、重宝はされない。
……のだが、
ラグナは目の前の光景を到底現実のものとして受け入れられなかった。
ギガントアントは下ごしらえを済ませたの野菜のように、縦に8分割され、うんともすんともしない。
ギガントアントは相当に硬い外皮を持つ生物であり、現代にわたるまで研究されてきた討伐の定石は、首の関節に向かって何度も切り刻み、切断するという手法だ。
火や氷などもあまり有効でない、厄介な敵のはずだった。
「フィールさん。
さっきの技、本当に【八断】……なんですよね?」
「はい、ミアの攻撃は本当にすごいです。
通常、あれほどの出力が出ないスキルなので、特に驚かれるかもしれないですね」
討伐を終えたミアがこちらに向かって歩いてくる。
顔は満足げで、ラグナには、戦う前より強くなったかのように見える。
実際、これはミアにとっては準備運動みたいなものなのだ。
ラグナたちの前まで来ると、ミアはフィールに現在時刻を聞く。
「フィール。今って何時くらい?」
「正午よりは前です。
5時ごろには城に行くとすれば、あと2時間くらいが限界だと思う」
「オッケー!
ラグナくんも、もう少しいい?
しばらく敵を狩っていこうかと思うんだけど?」
「そうですね……。
あと2時間なら、ここから歩いて移動点まで行くのはどうですか。
途中でそれなりに魔物もいるでしょうし」
「うん、ボクもそうしようと思ってたところだよ!」
と、ミアが言ったあと、「ぐ~」と誰かのお腹の音が聞こえる。
……ミアがおなかを抑えているのが見えた。
ラグナには、顔を赤くして恥ずかしそうにラグナのことを上目遣いにチラ見しているのが見えた。
(う~。ばれてないかな? 恥ずかしい……)
ここで、ラグナは気を利かせて、昼食を提案する。
「お腹、空いてるなら、ここらで食事をとるのはどう?」
ラグナの提案に対し、フィールも気を利かせて、便乗する。
「いやー、私もお腹空いてるんだ。
あ、ラグナさん、私、乾パンあるんで、分けますよ」
ただ、ミアは2人が気を利かせているのに気づき、更に気まずくなってしまった。
そして、ミアはぎこちなく、二人に賛同する。
「……うん。それじゃ、た、食べようか」
ただ、そこで、ラグナがミアやフィールにとって予想外の行動に出る。
リュックサックから串や、着火具(火打石、火打金)を取り出し、近くの木片等を集め始めたのだ。
その様子を眺めながら、ミアたちは、ラグナが一体、何をしているのか、と奇妙に思っている。
「……? ラグナくんは、何をしているの?
フィール、分かる?」
「まあ、火をつけるんだと思うんだけど……?
別に夜になったわけでもないし、……」
ラグナは、慣れた手際で火をつけると、少し離れたところで
ミアはラグナ本人に聞いて確かめることにした。
「ねえ、ラグナくん?
さっきから、何をしてるの?」
「ん? ああ、そうか。
カサラやコウセイと一緒だと慣れてたけど、普通じゃなかったっけ」
ラグナは、ミアの衝撃波で死んだとみられる、新鮮なイノシシ(※)の肉を拾い上げる。
※イノシシは魔物ではなく、動物と認識されます。この世界の人たちは魔物、人間、動物を、別個のものとして扱っていますが、知能、人への害意などを除けば全て獣に分類されます。
そこで、フィールとミアもやっと理解できた。
「あー。イノシシの肉を焼いて食べるつもりだったんだね」
「でも、ラグナさん。
イノシシのお肉って、硬くて、そんなにおいしくないですよ?」
ミアやフィールも、食料の節約が必要な時は、魔物や動物の肉を食べることもあるが、通常、必要が無ければ食べないものだ。
「僕は、戦闘に役立つスキルは持ってないんだけど、他には、いろいろなスキルを持っているんだ。
【料理】もその一つでね。ただ、焼くだけじゃなくて、いろいろな細工をすれば、この肉も、おいしくできるよ」
【料理】スキルの本懐は、食材のパフォーマンスを大きく引き上げることだ。
摩訶不思議なことだが、【料理】スキルを用いると、焼き加減や調味料の配合、下処理などによって料理を相当おいしく昇華させることができるのだ。
ラグナはイノシシの肉を適当に整形し、適当に調味料をふりかけ、串にさす。
そのまま、串の持ち手の部分を地面にさし、焚火で熱する。
***
「これ、すごい美味しいね!」
「……、本当に、美味しいですね。
イノシシの肉のえぐみが、消えている……。
いや、消えているというより、……調和している?」
ミアもフィールも気に入ってくれたようで、美味しそうに食べてくれている。
一見、ただの焼き肉だが、【料理】スキルのおかげで、かなり精緻な味をなしている。
ついでに持ってきていたパンと合わせて、ダンジョンで食べるには豪華とさえ思われるだろう。
「ラグナくんは実は有名な調理師だったりするの?
ギルドの職員にしては、特殊な才能だよね」
「いやいや、本物の調理師とは違うよ。
僕のスキルは、蓄積のない、いわば『偽物』だからね」
「? どういうこと?」
「このスキルを使うとき、僕は、『料理をこういう風にアレンジすると美味しくなる』っていう直感が勝手に働くんだ。
でも、なんで、そうすることで美味しくなるのか、全く分からないんだ。
それに、このスキル、いつ手に入れたのか、全然思い出せないんだ」
ラグナは思うのだ。
このスキルは偽物だと。
「勉強も、練習もしてないのに、スキルだけある。
そんなものが『本物』だと、僕は到底、思えない。
だから、これは『偽物』なんだ」
憂い気にラグナが言う。
――別段、ラグナはこの価値観の共有を望んでいない。
だが、ミアが隣に座って、囁くように、儚げに言った。
「――私も、たぶん、キミと同じだよ――」
甘い声が、耳元をくすぐり、ラグナはちょっとドキっとした……。
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