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[00-03] : 勇者との出会い

***

 次の日の朝、今日は水曜日である。


 ラグナのシフトでは明日は休みの日で、気は早いが少し浮かれ気分だ。なにせ明日は久しぶりにコウセイと一緒にダンジョンに狩りに行く予定なのだ。


 剣の練習はたまにしているが、薬草の採集やトラップの解除などとは違い、――ラグナは戦闘に対し未だに苦手意識を持っている。そのため、訓練と称し、休日には、カサラやコウセイを連れて冒険に行くこともしばしばある。強いモンスターには瞬殺されるため遠出はできないもののピクニック間隔でけっこう楽しめる。


 それはさておき、今日は普通に仕事がある。明日のことを考えてウキウキして、万が一にも仕事を疎かにはできない。


 ラグナはいつもの如く仕事の始まるきっかり30分前に宿を出ると、てくてくとギルドへと向かう。


 そして、ラグナがギルドへと顔をだす瞬間のことである。


 突然、中から大声が聞こえてくる。


 最初に聞こえてくるのは40も言っているだろうというおっさんの野太い声だ。

 ギルドの夜番をやっている男性で、ギルド内での役職は係長である。上の者には媚び、下の者に威張り散らすところがあるので、冒険者だけではなく、ギルド内でも特に若手からは敬遠されている。


「だーかーらー!

 あんたが何者かは知らんけど、他のギルドや冒険者からの紹介状がないなら、ランクEの依頼から順番にやって貰うしかないんだって、言ってるだろ!」


 それに対するは若い女性の快活な声だ。


「だから、嫌なんだって。

 手っ取り早く難度Aの依頼、渡してくれない?」


「規則は規則だ!

 どこぞから来たのかは知らんが、郷に入っては郷に従え。

 あんた、ミアとか言ったな、他のギルドの連中に言っておいてやるよ。

 ……今度からオウカでは活動できないと思え」


 ラグナがギルドに入ると、中の人たちの視線が僕に集まる。

 嫌な空気感だな……とは思いつつ、彼らの横を素通りする。


 ラグナはそこではじめて、言い争っているのが少女2人と件の係長であることに気づく。

 少女2人のうち一方は白髪(はくはつ)で他方は黒髪である。


(白髪と言えば勇者もそういえば……)


 そんなことを考えながらラグナが言い争いの場を避けるようにして通ると、その瞬間、黒い髪の少女が横でボソっと耳打ちしているのが聞こえた。


「……ミア、もう立場を明かしたらどうですか?

 ライセンスと紹介状を見せれば、多分、悪いようにはならないでしょう?」


 ミア――とは、珍しい名ではないが、勇者の名と同じである。


 白い髪とミアという名前を聞いて、ラグナは白髪の彼女が勇者なのではないかと思い至る。


「事情を説明するのは……それはそれで面倒なんだけどな。

 物珍しさに見物人が集まると邪魔だし。

 この男の人が身分を隠すのに協力してくれるようにも見えないしね……」


 僕はそのまま横を通り過ぎると、ギルドの奥の準備室に入り、さっさと準備を済ませる。

 そのまま、カウンターに出て、係長に向かって言う。


「係長、夜番はもう終わりでしょう?

 そちらの方々の対応は僕が行いますので、大丈夫です」


「ちっ、ラグナぁ、ほざけ! 新人の癖に偉そうに。

 こいつらは俺が手取り足取り教えてやるんだよ――冒険者のルールをなぁ」


 ブリュ係長――この男の名だ――が冒険者に対して威圧をすることがたまにあり、問題になることもしばしばある。


 彼がこのギルドでそれなりの地位にいるのは年功序列と若い頃の冒険者としての、それなりの実績によるものだ。

 嫌われ者だが、辞めさせるのが難しいということで、傍若無人に振舞ってもある程度許容される。


 しかし、ギルドの役目は冒険者のサポートだ。


 係長はどうも気に入らない冒険者に対して暴力を振るうたちがあるが、僕らはそれを止めるのも業務の一部だ。


「――係長。

 ルールはルールとして重要ですが、彼女らの事情をしっかり聞かずに対応することは間違っています。そうやって怒鳴り散らすのも一方的な示威行為で、役員として好ましくありません」


「……ちっ、十分に事情は訊いたよ。

 だが、俺の人格が気に入らないとかで話せないと来たもんだ!

 こんな小娘に馬鹿にされるのは癪だぜ、おい」


 係長がそう言うと、黒髪の女の子が即座に反論する。


「人格の否定など(直接的には)していません。

 私たちは、彼にこちらの約束を守るよう、――つまり、こちらの事情について伏せてもらうように――確認しただけです」


「だ、そうですが」


「約束はできねえな。俺はギルドの役員様だぜ?

 そんな奴らの指図なんて受けねえ!」


「とりあえず僕が引き継ぐので、退いてもらえませんか?

 彼女たちが僕の思っている通りの人物なら、ここでもめる意味はありません」


「なんにせよ、こいつらは俺が対処する」


「普段、身勝手に振舞ってるくせに、冒険者を下に見て、難癖付けて、それで満足ですか? 係長」


 その言葉に端を発して、周りのだれもが、ラグナがブリュの逆鱗に触れたことを理解する。


「……あぁ!?」


 周りの空気がどよめきから静寂に変わる。

 冒険者としてブリュはそれなりに優秀であり、戦闘スキルを持たないラグナはさしずめ、風の前の塵と言ったところであろうか?


 ブリュの性格からして、ラグナに対して遠慮して殴らないようなことはあり得ない。

 なにせ、気に入らないことがあればすぐに手が出るくらいの、気性の荒い男だ。


 ――その次の瞬間、


 ブリュはラグナの横腹に殴りかかった。


 ……

 ……かに見えた、が、


 ――いち早く攻撃を見抜いた、白髪の少女ミアが、ブリュの攻撃を許さない。


「あぁ!? なんだよそれ!?」


 ブリュの腕が少女の右手に遮られる。

 本気ではないにせよ、それなりの威力を込めた攻撃だった。


 しかも、ブリュは突然の癇癪をおこしたわけで、1メートルの距離にいるラグナを殴る拳が、簡単に少女に止められるというのは非常に常識から逸脱している。


 ラグナの思惑では、一方的にラグナに暴力を与えた加害者方のブリュが、いたたまれなくなって、この場を去るということを期待していたのだが、さすがといったところだろうか?


「ミア……さんですよね。

 その……事情を聞くので、裏に来てもらっていいですか?」


ブリュは「化け物!」と言いながら、帰っていった。それなりに大物なのだが、態度から小物感しか感じられない。


 そこでやっと、遠巻きに見ていたみんながラグナに心配そうに近寄ってくる。


***

 ラグナと二人の少女ミア、フィールはギルドの裏手で他の人に聞かれないように話している。


「ミアさんは勇者ですよね」


 とラグナが切り出すと、


「やっぱりわかってしまいましたか……」


 と、観念したように黒髪の少女、フィールが返す。

 ラグナにはどことなく、諦念のようなものが感じられた。


「いや、誤解しないでもらえると助かるんですが、僕は二人の事情を大っぴらにするつもりはありませんよ?

 何か理由があるんでしょう」


「まあ、理由と言っても、単純に、愛想を振りまくのが面倒なだけだけどね。

 それに今日は予定があるって言って城に泊まるのを蹴ってきちゃったから、下手に噂になるのは嫌なんだよ」


 と、ミア。


(けっこう素直というか、実直に物を言う人みたいだ。

 僕の勇者のイメージだと、もっとお堅い兵士みたいな人だと思ってたんだけど)


 ラグナがこのように思うのは、先代の勇者のイメージによるものである。

 先代の勇者は魔王との戦いに備え、傭兵として各地を転々としていたようだ。


「フィールさん、紹介状や他国のギルドカード、あるいは身分の証明になる何かは持っていませんか?

 見せてもらえば、難度A、S級の依頼を受けてもらうのも問題はないと思います」


 そう言うと、フィールはかばんの中をごそごそと探り、一枚の書状を手に取る。


「とりあえず、これがライセンスと紹介状です。

 この国の別の町でも冒険者として活動をしていたので、そこで書いてもらったものです」


「えっと……、よし、オッケーです。

 それじゃあ、依頼を紹介しますね」


 この国のギルドにおいての冒険者の等級はA、B、C、D、Eの5種類に分かれており、依頼の難度に対応している。

 基本的に難度と等級が一致しない場合には依頼を受けることが出来ないが、例外としてS級、SS級の依頼については等級Aの冒険者ならば受けることができる。……というより、難度がS、SSを加えた7区分であるのに対し、等級は5区分しか存在しないため、A級が難易度の非常に高い依頼を受けられるようにし制度である。


 また、等級と難度の一致というが、パーティで依頼を受ける場合は例外的に、パーティの中の最も等級の高いの人物の等級が優先されることになる。


 例えば、ミアはAランク、フィールはDランクであるため、ミアの等級が優先され、二人のパーティとしての等級はAとなる。


 また、この国の法で定められてはいないが、難度S、SS級を紹介する場合はギルド職員もそれなりに注意を払うべきであると考えられている。


 今回ラグナが紹介する予定なのは件のギガントアントの討伐である。


(A級の依頼としては一般的な難易度だけど、伝え聞く限りの勇者の技量なら、まず失敗はないかな)


「それで、どんな依頼を紹介してもらえるの?」


 ミアから聞かれると、考えてた通り、ギガントアント討伐に関する依頼書を机に上に乗せた。


「え~と。

 それじゃあ、この依頼なんてどうかな」


「ギガントアントの討伐……ですか。

 ミア、どう?」


「そうだね……。

 この依頼なら今日中には終わりそうだし、肩慣らしにはちょうどいいかもね」


「え゛、今日中って、ほんと?」


 ミアの言葉を聞き、ラグナは信じられないとばかりに聞き返す。


「まあ、ボク勇者だからね!

 ギガントアントなんてちょちょいのちょいだよ!」


 えっへんと、胸を張る様子を見て、更に不安になる。


「あの、……ご存じかは分からないんですが、ギガントアントは結構、防御力の高いモンスターでして、勇者となれば相当強いとは思うんですが、2人で数時間で倒すというのは無理があるような……

 移動の時間もありますし、2日くらいは取った方がいいんじゃないかと」


「ちっちっち。勇者の力を舐めてもらっちゃ困るよ。ラグナくん?

 今日の夜までには城に行かなきゃならないから、ボクらにも作戦があるんだよ」


「その、作戦とは?」


「ギガントアントのいるところまで全力疾走、かーらーのー、一撃必殺! 終わり」


「終わった……」


 ラグナが頭を抱えていると、フィールが横からささやく。


「ラグナさん。

 よかったら一緒に来てもらえませんか?

 そうしたら、多分、ミアの言っている意味が分かると思いますよ」


「見たいけど、仕事がね」


「冒険者の仕事を助けるのも仕事ってことで、通せないですか?」


「うーん。まあ、できるっちゃできるけど……」


 実際、腕に覚えのあるギルドの職員が新米冒険者についていってヘルプを行うこともそれなりにある。サポートとして正当であればある程度は融通が利く。

 ただ、主たる職務ではないうえ、面倒なのでそういったことは冒険者に任せてしまうことが多い。


「じゃあ、そうですね……。

 ラグナさんは『本当に二人がA級の依頼に見合う実力を備えるのか、自分の目で確かめることにした』っていう筋書きならどうです?

 私たちも『オリジン』でしばらく活動を続けるつもりなので、職員の方にあまり不信を抱かせたくはないので、その点、ラグナさんから後で口添えしていただければお得です」

 ※『オリジン』……首都オウカの3大ダンジョンの一つ。


(そう考えると、特段、問題もないし、僕としては勇者の戦闘が見れるなんて、むしろラッキーなくらいだ)


「はい、わかりました。

 じゃあ、僕もついていくことにしますね!」


 ラグナは嬉しそうに二人に笑いかける。


「なんか――楽しそうだね?」


「そりゃ、もう。

 勇者の狩りなんてそうそう見ることはできないからね」



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