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[00-01] : プロローグ(1)

***

――リヒト共和国、首都オウカ――

 現在、世界最大に発展していると有名な町である。


 語り継がれてきた多くの神話がこの地に集約しており、

 世界を揺るがす大きな判断すらこの地の国会にて議決され、

 大量の内需を生かした大規模な輸出入の体制が敷かれている。


 つまり、

 ――宗教的に、

 ――また、政治的に、

 ――また、産業的に、重要な地とされている、ということだ。


 加えて、殊更この地を特殊たらしめているのは、3つの有名な"ダンジョン"の存在である。


 森林のダンジョン『フォレッタ』

 始祖のダンジョン『オリジン』

 無限と思しき長大なダンジョン『フラットプール』


 これらのダンジョンの存在が、各国各地の冒険者たちを否が応にも引き付ける。


  ――それは 今代の『勇者』――ミア=メイスも例外ではなかった。


***

「『破竹の勢いでダンジョンを攻略! 18歳の天才冒険者。ついにトウカへ』だって。

 はぁー。世の中にはすごい人もいるもんですね」


 ため息しか出ない。

 片や――18歳にして勇者の称号を手に入れた天才冒険者。

 片や――17歳にして冒険者ギルド雑用、ただの器用貧乏。


 しかも、神は二物を与えたらしい。

 ラグナが言いたいのは、――ズバリ容姿だ。


 勇者の人は18歳で、女の子なのに170cmの長身(僕基準で)、モデルみたいにかっこいい。

 ラグナはというと、同じくらいの年齢で156の低身長、スタイルはいまいち(別に太ってるわけでもないけど)。


(はぁ……)


「そんなこと言ってもしょうがないじゃない。

 私だってもうすぐおばさんなのにまだギルドの受付よ。やっぱり持ってる子は違うのよ。

 それに……かわいさなら、ラグナくんの方が上よ~♪」


 自分のことをおばさん呼ばわりしているが彼女はまだ26歳だ。容姿端麗な女性のため、よく言い寄られているのを耳にするが、まだ結婚はしていないという。


 なんでも、"びびっと来る男性がいなかった"ということらしい。ラグナにはよく分からない。


「でもやっぱり、僕にもあんな力があればって思っちゃいますよ。

 僕が出来ることと言ったら炊事、洗濯、掃除、数学とかの学問、あとは雑用くらいなもんですからね」


 元々は冒険者を目指してギルドの門をたたき、今じゃ適性がないって分かってるのにも関わらず、未練たらしくギルドの受付をやってる。


「ラ、グ、ナく~ん? お姉さんが傷つくからそれ以上言わないでくれないかな?(軽く肩を押さえつけながら)」


「い、痛いです! アヤナさん。

 ど……どうしてそんなに怒ってるの?」


 受付嬢であるアヤナは同じく受付のラグナに少し過剰なスキンシップをとる傾向にあった。ひどいときなど関節技を決められそうになる。しかもラグナではなく冒険者たちの言っていた言葉に対して怒って八つ当たりしてくることが大半だ。


 周りから見ると単純にラグナがかわいそうに見えるものだが、ラグナも軽いスキンシップだと受け入れて、嫌な顔はしない。ていうかぶっちゃけ、悪い気はしていない。


 今回の場合、ラグナはアヤナが怒る理由に全く見当がつかなかったのだが。


「いつも言ってるでしょ!

 ラグナくん、自分の能力に鈍感すぎよ!

 そりゃあ、戦闘じゃ役に立たないのかもしれないけど……、持ってるスキルの数はやたら多いし、ギルドの受付としては一番有能じゃない」


「またまたぁ。そんな褒めても何もあげませんよ」


(褒められて悪い気はしないけど、でもこのギルドで一番有能だなんてちょっと誇張が過ぎるんじゃないですか、アヤナさん)


 この世界最大の都市には、いくつもののダンジョンが存在するが、冒険者ギルドという組織は3つしか存在しない。


 この都市の目玉である三大ダンジョンの近くに作られた由緒正しいギルドだ。


 ラグナが勤めている始祖のダンジョンの冒険者ギルドは、現存する最も古いギルドとされており、ギルドの設立された年代について正確に時代考証が出来ないほどである(およそ数百年前とされるが)。


 始祖のダンジョンは三大ダンジョンの中では唯一、最深部まで探索されたダンジョンであり、計画的に作られた都市の模型のように、緻密な構造物が存在する特殊なダンジョンである。


 マップなどもかなり詳細に作られているため冒険者にとっては、ある種、観光的な意味合いで人気がある。


 ギルドの仕事は基本的に魔物の討伐や素材採集、ダンジョンの調査などだが、始祖のダンジョンに関してはそういった仕事も少ないため、50名程度の比較的少人数で運営されている。


 しかし、それでもなお、このギルドに勤める彼らはエリートであるということを付け加えなければならない。首都の冒険者ギルドの求人倍率は実に100倍を超える。一般的には、冒険者なんかよりずっとなるのが難しい職業だ。


 半端な能力では首都の冒険者ギルドの職員になどなれないのである!


 それゆえ、このギルドの職員はみな、非常に優秀、多才である。ラグナには自分がその中で一番上であるなどという傲慢さはない。


「ラグナ君は確か去年ここに配属されたんだよね。去年だから16歳でしょ。

 そんな若い人が入ってくることなんでこれまでなかったって聞くよ。

 しかも、ラグナ君、冒険者やめてからすぐに受かったんでしょ」


「確かに、冒険者よりは受付の方が適性があったんでしょうね……ははは」


 ラグナは苦笑する。彼は冒険者になりたかったのであって、受付になりたかったわけではないのだから。


***

 カランコロンと鈴の音が鳴り響く。


 午後の一人目のお客さんだ。名前はコウセイ。僕が冒険者だったころ、一緒に活動していた。


「おっすラグナ。悪ぃんだけど、パパっとできる簡単な依頼紹介してくんない?」


 採集にしろ、討伐にしろ、大抵の依頼は、半日で終わらせるようなものではない。しかしコウセイはずぼらなのになまじっか腕がいい冒険者なので、午後に依頼を選んで夕方に報酬を貰うというような強硬策に出ることが出来る。


「また、使い込んじゃったの? そんなんだと碌な大人になれないよ」


「はは、心得てるって。どうせ俺は碌な大人にゃならんよ。

 お前みたいな人気者と違ってせいぜい日陰を歩いていきますよ~っと」


「別に僕は人気者ってわけじゃないよ。 

 冒険者の方がよっぽど楽しそうだし、日向を歩いてるでしょ」


 コウセイはかぶりをふる。


「やれやれ、わかってねえなぁお前は。

 冒険者が楽しいってのはまあ間違ってねーけどさ、親とか友達とかに胸張れるような職業じゃないのさ。

 ……さ、で、依頼は紹介してくんないのか?」


 今日の午前の会計をつけていたところではあったが、まあ適当な依頼を紹介するくらいはやってやろうかな、とラグナは依頼を探る。


 ラグナの勤めるギルドでは依頼はすべて情報を一覧表としてまとめている。ラグナが一人で始めたことだが、ギルドの他の職員にも好評である。


 多くのギルドでは依頼は依頼票といわれる紙に依頼者が各自で報酬や難易度などを書いて、それを壁に張り出す方式なのだが、几帳面なラグナは冒険者のニーズに合わせて詳細を事細かに記載したデータベースとして記録している。


 これを利用した依頼の斡旋は好評を期している。なお、ラグナはそのことを知らない。自己評価の低さがこの鈍感さを生んでいる。


 コウセイは単に彼が友達だからというだけでなく、彼の能力を買って、依頼の斡旋を頼んでいるのだ。


「じゃあ、そうだな……え~と。

 あ、これなんかどう? 『ギガントアントの討伐』。討伐難度はAで、報酬は100万Gだって」


「あ、サンキュ……ってなるわけねえだろゴラァ!

 何ヤバイ難易度の依頼渡してくれとんじゃー!

 ギガントアントなんて倒せる訳ねえだろ!」


「ってのは冗談だよ、冗談。はい、レッドベリーの採集依頼ね。

 報酬は、相場通りで100g当たり1000G。

 ……ほら、地図出して、地図。採取ポイント描いてあげるから」


「ああ、頼むよ」


「あと、道中に多分、カサラの眼帯が落ちてるから、もしよかったら拾ってきて。

 午前中に来てたんだけど、届けられてないかって騒いでたからさ」


 カサラはラグナが担当している冒険者の一人で昔からの友人でもあるのだが、実力があるのにも関わらず妙に要領が悪く、見ていて危険な感じのする人だ。道端で段差に引っかかって転んだり、いろんなところに忘れ物をしたり、財布を盗まれたりと、よく散々な目に遭っている。


 昨日の朝から晩にかけてダンジョンで討伐依頼をこなしていて、昨日の夕方には意気揚々と帰ってきた。朝はしていたのに帰ってきたときは眼帯をしていなかったので、多分ダンジョンの中で落としたんだと推測される。


(カサラが道なりに帰ってきたならコウセイの進むルートの途中に落ちているはず。まあ、無かったら無かったで、たかが眼帯だし、諦めてもらおう)


 コウセイは「おお、分かった」と言って頷いて、広げた地図を適当に折りたたむ。


「ありがとな、ラグナ。そんじゃ行ってくるから」


 そのままコウセイは手をひらひらとさせながら、扉をくぐった。


 始祖のダンジョンの入り口はギルドから数100m横にある。重厚な鉄の扉に守られており、早朝などは冒険者の行列ができていることも多い。


 昼から入る人はそれほど多くないため、コウセイもすんなりと入っていった。


 ダンジョンの入り口には注意書きがあり、冒険者への免責事項などが書かれている。

 とりわけ大きな字で書かれているのはギルドや国はダンジョンの中での冒険者の生死、身体の棄損、財産について何も責任を取らないということ。


 ダンジョンに入ったまま行方不明になった人、亡くなった人はごまんといる。


 コウセイは冒険者稼業が親とか友達とかに胸を張れるような職業じゃないということを理解している。

 だからこそ、ラグナのことを羨ましく思ってしまうのだ。


***

 勇者ミア=メイスがトウカへ来たというニュースは世界最大の都市であるオウカでも大々的に報じられることとなった。

 号外の新聞が配られ(近年の魔道具による印刷技術の発達が大量活版を可能とした)、街のあちこちで勇者を歓迎するムードでいっぱいであった。


 しかしそれをよく思わない人も中にはいる。


 腕に自信のある冒険者たちの一部は勇者歓迎ムードの中にあって、言葉に表せないひがみの感情をあらわにしているものも多い。


 とりわけ、街の人たちと冒険者たちの勇者への感情には乖離があった。


 更には、――これは勇者を純粋に歓迎している者にとっては目にウロコだろうが――勇者自身もこの歓迎ムードには嫌気がさしていた。


 正門から都へ入る際には門番の男から畏怖と尊敬の念を向けられ、何やら大仰な言葉でまくしたてられた挙句、街道で市民が歓迎の準備をしているので手を振ってくれだの、政府主席との会談に応じてくれだのと言われ、勇者は少し機嫌を損ねていた。


 政治だの国家だの名誉だの称号だのを支柱にして生きてきた者たちとは異なり、この勇者にとって、それらは何ら枷になりえないのだ。


 彼女が持つのはとにかく底なしの好奇心と子供のような冒険心ばかりである。いや、もちろん、それだけを理由にダンジョンを踏破し続けているわけでもないのだが。


 ぶっちゃけ、勇者は社会不適合者である。空気を読まないし、簡単な計算もできないし、計画性も低く、常に周りを困らせながら生きてきた。


 それゆえ、彼女の友人にして、唯一無二の代え難いパーティメンバーでもあるフィール=クラムは常に勇者のことで困らされてきたものである。


 フィールはミアの関係者の人たちから、冒険者として名をあげる道中、最低限の常識や礼儀を刷り込んで欲しいといわれている。

 ミアは障がいがあるというほどのバカではないし、教えた礼儀や常識は守ってくれることが多い。たまに子供っぽい本性が出るけど、これまでも貴族とか名のある商人、ギルドのお偉方などともそれなりにはうまくやってきた。

 だが、この都にはあくまでお忍びでやってきたのだし(多分、商人とかそこらの村人とかがばらしたんだろうけど)、ダンジョンの攻略が最大の目的であるのだから、彼女が不満に思うのも分からないでもない。


 フィールもあまりきつく言いたくはないと思うのだが、自分を信じてミアを託してくれた彼女の親のことなどを考えると、言っておく必要はあると思った。


「ミア。こういうのを断ると私たちの国とこの国との外交の問題につながることもあるのよ。

 今後は気を付けて欲しいです」


「うう。ごめんね、フィール。でも、ボク、早くダンジョンに潜りたいんだよ~」


「はぁ~。今は他の人がいないのでいいですけど、その一人称も早く治してくださいね。

 前に貴族の人たちとの会食で『ボク』って言いだしたときは冷や汗かきましたよ。

 こういうのは普段の会話から直していくんです」


「あの時は何とかごまかせたからよかったじゃん」


「いや全然ごまかせてなかったです。

 何ですか、魔物を"ボク"サツしたいって?

 気づいてなかったんでしょうけど、周りみんな、凍ってましたよ。

 多分、"撲殺勇者"とかあだ名付けられてますよ?」


「そんなのどうでもいいじゃない?

 ボクはフィールがボクのことを好きでいてくれればそれでいいの!」


 ミアはフィールに抱き着いた。

 女性同士であるのにも関わらず、フィールは照れて顔を赤く染めてしまった。


 ここでフィールが「ちゃんと直さないと嫌いになります」などと言えば、ミアはすぐにでも直すだろうとフィールは確信しているのだが、……そんなことは二人とも望んでいない。


(私は教育係である前に、……友達、なのです)


 フィールはミアのことを嫌いになったりしない。ミアだってそうだ。二人はずっとそうやって一緒にやってきた。


 ずっと"二人だけ"で頑張ってきたのだ。

 女性二人ということで男に言い寄られたこともあったが、いつも突っぱねてきた。


 赤くなった顔を隠すようにうつむきながら、そういえば、とフィールが思案する。


(……待って。もしかして、このままだと二人とも一生独身?)


 幸せの尺度は必ずしも結婚しているか否かに寄らないが、独身という言葉のニュアンスは妙にフィールの頭に暗鬱とした感覚を芽生えさせる。

 多くの国では結婚は14歳から可能だ。フィールにしろ、ミアにしろ、そろそろ相手を探し出さなければまずい時分なのでは?


(いやいや、まだ大丈夫。きっとそうです)


 フィールは浮かび上がった考えを捨てた。


 そして、今度は更に真面目な顔になって、ミアに問いかける。


「ミア、オウカには多くのダンジョンがあります。

 今回の都への滞在はかなり長くなると思います。

 蒸し返すようで悪いのですが、この国のトップと会っておくことは今後の糧となると思います。

 なので、その、気は乗らないと思うんですが……お願いします」


 ミアは抱き着いた腕を緩め、フィールの顔を見つめる。たっぷりと間をおいてから、返事をする。


「わかった」


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