アイツと俺
1 プロローグ
会社で昼前に胸ポケットに入れてる携帯が
振動して誰からの電話を告げた。
42年間一度も逢ってない。
声も一度も聞いた事なかった。
けど美幸は
「ショックやわ、わたしの声分からんの?」って怒って来た。
「何処かで聞いた声やなって思ったよ。
けど41年間話した事も無かったんやよ、
分からんで当然やろ」
「メーリングリストでは個人的に
写真の事を話したけどさ」
いきなり俺の携帯に美幸は
電話をかけて来た。
美幸に俺の携帯番号教えてない。
分からなくて当然。
高校三年生
高校時代からアイツにはよく怒られてた。
三年生で初めて同じクラスになった。
クラスになって1日目から話し始めた。
席も隣やった。
俺も美幸も同じ匂いがしてた。
お互いに本を読んでるのは分かってた。
どんな本を読んできたなんてチンケな事なんて聞かなかった。
話をすればその人がどんな人か分かってしまうから。お互いそう思ってた。
だから一週間もしないうちに、お互いを分かり合えてた。
時々誰も居ない放課後の教室でコイコイをして遊んだ。
ただ純粋に勝つ為にのみ真剣に勝負をした。
勝って喜んで負けて悔しがって。
お互いの誕生日も聞いてない。
今も美幸の誕生日は知らない。
お互いの自慢めいた話をし合った。
俺が小六の時に戦争は言葉の壁があるから
起こるんやって担任の先生と日記でやりとりしてたって、そんな話をして美幸は負けを認めた。その時に世界共通語のエスペラント語の存在を知った。
哲学的な話とお互いの今までの人生を
語り合った。
どんな歌が好きかとか、どんなテレビの番組が好きとか、どんな料理が好きとかなんて
一切話してない。
つい先日嫌いな食べ物を初めて聞いた。
フランス料理を一緒に食べたから。
クラスでの話し合いで俺と美幸は
クラスの代議員に選ばれた。
クラスの悪友達の悪ふざけやった。
お前ら普段から仲ええで
ちょうどお似合いや。
俺も美幸も素直に受け入れた。
ちょっとだけ俺は恥ずかしかった。
多分美幸は恥ずかしさなんてこれぼっちも無かったはず。
ズル休み
放課後誰も居ない教室。二人きりで話し込んでる。掃除が終わってから2時間は話し込んでる。
廊下でも話し込んで。
勿論会議中は何も質問される事なんて
ないから、二人きりの世界やった。
帰りも自転車を並べて帰った。
その頃俺はバス通学を辞めて、
借家に俺が下宿させて貰ってた。
ご飯とお風呂と世話をして貰ってた。
だから自転車通学してた。
美幸は風と共に去りぬのスカーレットオハラを演じたビビアン・リーみたいに目が
大きくて、
理知的で情熱的で活発な子だった。
惚れやすい俺は当然の成り行きとして
美幸に告白してる。
学校を休んだ。
熱なんかあるわけもない。
頭痛がする訳もない。
心には穴が空いてた。
グシャグシャにへし折れてた。
一杯話して絶対俺の事を分かって
くれてるし、相性もピッタリやったから。
河原に座り込んで川を見てた。
後ろ姿は寂しそうに見えたやろな。
美幸が俺の背中越しに声を掛けてくれた。
「なんで学校休んだん?」
「当たり前やろ。
お前に振られたからやん。」
心配して俺をわざわざ探して
来てくれた。
それが凄く嬉しかった。
もうコイツとはずっと友達のままでいよう。
俺はそう決心した。
よく怒られるけど、優しいし、
よく気がつくし、俺と性格もそっくり。
好きな事にはトコトン。
真っ直ぐて裏表がない。
美幸は俺より本音を誰にでも平気で話す。
けどその状況でのギリギリの言葉を
言ってる。
賢いからそこを弁えてる。
人から好かれこそすれ嫌われる事はない。
返ってその人に美幸を印象付ける。
俺は空気を読んで黙ってしまうほう。
美幸の方が大胆。
両親が教師と言うのも共通点。
美幸には一年生の時から恋人がいた。
何時も一緒やった。
学年全体から認められてるカップル。
そんなカップルの一組やった。
遠くから見ていた。
二年生の時もその彼氏と一緒やった。
俺が振られた理由は。
「もう恋愛はええかなぁつて」
キューピット
2018年の8月1日に松阪市のコミュニティセンターで美幸の講演会があった。
その段取りの為に俺に電話して来てくれた。
「あたしの控え室に来て主催者の人達とあたしを撮ってな。」
「こちらから貴方を迎えに行ってもらう様に段取りしておくから。」
「ちゃんと写真が撮りやすい様に一番前の席も用意しておくから。」
流石美幸、細やかな段取り。
当日俺の席には俺の名前が書いた
紙が貼ってあった。
なんか誇らしかった。
他の人はみんな並んで席を確保してたのに。
控え室に写真を撮りに行った時、
談笑してる所を撮れば良かったなって
後から思った。
俺も慣れてなくて、何をしたらいいか分からなくて、俺の様子もぎこちなかった。
だからただ横並びで三人で写真撮ってるだけのツマラナイ写真になってしまった。
談笑してる写真を遠景から撮れば、
直ぐに美幸が仲良くなれてる写真が撮れたのに。
美幸は講演会では絵本のはなしを
してくれた。
最初はちょっと硬い表情やった。
そう言う硬い表情も写真に納めた。
けど聴講者の気持を把んでからは、
だんだん落ち着いた表情になってきた。
いい感じの表情が撮れた。
話の途中にはちゃんとアイスブレイクも
入れて。
次第に聴講者が美幸の話に吸い込まれて行くのを背中越しに感じる。
美幸もみんなを見渡して、さあ〜あたしの話をじっくり聞きなさい そんな表情をしてる。
勿論そんな表情の変化も見逃さずシャッターを切った。
せっかく用意してくれた一番前の席を無駄にしたくない。
美幸の話の浮き沈みに皆んなも釣られてる。
もう美幸の思いのまま。
頷く所では皆んな頷いてる。
観客のちょっとした動きでその雰囲気が一番前にいる俺に伝わってくる。
笑う所では微笑んでる。
クライマックスでは水を打った後の様に
美幸の話を心の中に仕舞い込んでるそんな
雰囲気を感じられる。
最後にはまるでアンコールを要求する様な拍手。俺にはそう感じられた。
美幸もまたその拍手に呼応して、
シッカリ右手を上に挙げて観客の拍手に応えてる。
全ての美幸の表情を捉えられた。
自分としては美幸の表情や、その会場の雰囲気まで伝えられる写真が撮れたと思ってる。
撮っていて美幸の表情が手に取るように分かった。旧知の仲だから。
この話で全国を回ってるらしい。
お金がない所では無料でする。
今日の講演会の様に1100人の所でも
同じ気持ちで話してるって美幸は話してくれた。美幸なら当然の事や。
俺でも同じやと思う。
この講演会は俺たちの同級生の校長になってる渋谷君が随分と尽力してくれたらしい。
渋谷君のお陰で俺達は再び出逢えた。
ライオン私大模試
三年生の一月やった。
美幸から東京に行こにって誘われた。
勿論二つ返事で答えた。
東京に行く新幹線代、更に東京での宿泊費。
42年前でも五万以上掛かった。
高校生の俺にそんな大金あるわけが無い。
流石にお袋に頼んだ。
都合よく俺のお袋と美幸の父親が、
同じ職場にいた。
だから一緒に東京に行くって話は切り出し安かった。
大嫌いなお袋やったから、まともに話した事なんか無かった。
けど親父よりは話し易かった。
半月以上前から東京の話は言われてた。
下手に話が広まってしまつたら、
美幸も東京に行くのは辞めるって、
言い出しかねないから、その当時仲良くしてた芳賀にだけは打ち明けた。
「この一月に美幸と二人きりで
東京に行くよ」
「同じホテルに泊まるよ。勿論部屋は別々やけどな」
「本当に?凄いチャンスやん」
「彼女から言って来てたんや?」
「彼女も絶対その気やん!」
「そう思うよな」
「俺も最初美幸からその話があった時に、
自分の耳を疑ったよ」
「チャンスやけどさ。俺は多分何もせんと思うよ」
そうは思っていても18歳の男。
本当に自分を抑えられるか自信は無かった。
もし現在ならやっぱり自信は無いな。
「多分な・・」
消え入る様に応えた。
芳賀は誰にも話さなかったみたいで、
俺と美幸の事が噂になる事は無かった。
拍子抜け
土曜日を半日休んだ。
ちゃんと事前に欠席届けを出しておいた。
二人同時に休んだにも関わらず東京から帰って来ても噂される事は無かった。
何も噂にならなかったのは、美幸が担任やった浅尾先生に相談してたのかも。
もう浅尾先生は亡くなってしまってる。
身体が弱かったみたいで。
先生に聞いてみたいけど、確かめようが
無い。
俺の事を不思議なくらいかばってくれた覚えがある。
化学のテストがあった。
俺は全く勉強してないから分かるわけが無いい。
単に単位を取る為に授業に出てるだけ。
答案用紙に名前だけ書いてさっさと出て行った。3分くらいしか経ってない。
テストの監視に来てた先生と揉めた。
粘っても分かるわけ無いんやから。
時間の無駄やって。
その時に浅尾先生お前の気持ち分かるわって言ってくれた。俺は当然怒られると思い込んでたから、拍子抜けやった。
卒業してから一度も会いに行かなかった。
こうやって浅尾先生の事を思い出してるから、許してくれるかな。
「お前の気持ちよく分かるよ。」
そんな風に言ってくれるんやろなぁ。
新宿
新幹線の車内で美幸と何をを話したかまるで覚えて無い。
二人並んで席を美幸が取ってくれてたのは覚えてる。
もしかしたら、東京まで二人は黙々とコイコイしてたのかも。
覚えてるのは車内から見た富士山。
はっきり見えた覚えがある。
それだけしか覚えてない。
美幸は茶色の毛糸のワンピースやった。
その上にコートを着てた。
落ち着いた感じで高校生には見えやんだ。
俺はブルー系のジージャンを羽織って、
下はブルージーンズ。
美幸のそんな姿を見て凄く
大人ぽっく感じた。
俺は東京に行くのは初めての経験やった。
美幸は一人で東京に何度でも
行ってるらしい。
だから新宿に着いて、新宿駅を降りて
模試を受ける場所を下見に行ったけど。
俺は美幸に手を繋いで貰って、まるで弟みたいに美幸の後を付いて行った。
42年前の新宿でも高層ビルが立ち並んでる。
田舎者の俺は時々見上げてた。
更に右からも左からも駆け足で走って行く様に俺の前を通り過ぎて行く人達。
その一人一人を追っ掛けてしまってる。
こんな調子で人を目で追っ掛けてたら、
酔ってしまう。
そう思えば想うほどに追っ掛けてしまう。
「ゴメン。気持ち悪い。人混みに酔った。」
「休ませて。」
美幸は一人で模試の会場の場所を探してて、
俺の事なんか全く気にして無かった。
「うん、公園で休もに」
俺の蒼い顔を見て。
「大丈夫?」
俺の額を濡らしたハンカチで冷やしてくれた。凄く気持ち良かった。
困った人やな。なんか弟みたいやなぁ。
あたしは一人っ子やから。
こんな経験初めて。
けど母性本能くすぐられるな。
母親にも、おばあちゃんにもこんな事して貰った事なんか無い。
俺がこんな風にヘタリ混んだ事なんか一度も無いから。
だから余計に美幸に心から甘えられた。
多分公園のベンチに座って半時間くらいは
座り込んでた。
暫くしてから下見に出かけたんやと思う。
晩御飯を何処でどんな風に食べたのか全く覚えてない。
美幸と二人きりで過ごす夜の時間が気になってた。だから何も覚えてない。
2、苦笑い
覚えてるのは二人でコイコイをしてた事だけ。
けど美幸はいつもの様に真剣にやってない。
全くうわの空。
コイツやる気が無いな。
何にも面白ない。せっかくコイコイしてるんやから真剣にやれよ。
あたしの気持ちチットも分からん奴。
早くコイコイは辞めよかって言ってよ。
女性のあたしからは言いにくいのよ。
「辞めよか」
今頃言うの。もっと早く言ってよ。
「自分の部屋に戻るな」
俺はベッドの上から立ち上がって、
ドアの方に行った。
美幸も立ち上がって窓ガラスの方に行った。
新宿のスカイスクレーパーが見事なイルミネーションを演出してた。
美幸は窓際に立って夜景を観てる。
美幸の背中は語りかけてた。
早くこっちに来て私の肩に手をかけてよ。
間違いなく美幸は窓ガラスに映る
俺を観てた。
俺もその視線を感じてた。痛い程に。
俺もこの雰囲気の中で美幸のそばに行って、
肩に手を置いて美幸を抱き寄せて、
キスしようって。
まだキスの経験もない俺。
足を一歩踏み出してしまえば一線を超えてしまう。
踏み出そう。
美幸は黙って俺を見つめてた。
俺も美幸の背中を見つめてた。
本当に一歩踏み出してしまえって思い始めた。大好きな美幸とファーストキスを
経験してみたい。
どのくらい時間悩んでたのか分からない。
せいぜい三分間の出来事やったと思う。
まるで永遠の時間の様に感じられた。
俺はふと苦笑いをした。
美幸もその苦笑いの表情を見てたと思う。
その苦笑いの瞬間に永遠の時間は崩れた。
一歩前に出て仕舞えば凄く後悔する。
馬鹿正直な俺を恨んだ。
何もしないのが俺らしい。
一線を越えて仕舞えば俺じゃ無くなる。
俺は苦笑いして美幸に背中を向けた。
ベッドで何回も思い出してた。
直ぐに寝れる訳が無い。
寝られたのは夜明け過ぎやったと思う。
人生を謳歌
俺の誕生日に美幸からコメントがあった。
たまには東京に来てって。
俺と美幸の仲を知らない人なら、
皆んなビックリする。
こんな事を女性から堂々と書き込んだり
しない。
直接ラインで連絡してきたんじゃ無い。
こんなメッセージは普通内密で来る。
こんな風に誘われたって俺の友達に話すと、
男性でも、女性でも、同じ事を言う。
「ええ!大丈夫なん?相手が東京やから、
滅多に逢えないからまぁええけどね」
俺たちは不倫なんかしてない。
手も握ってない。
ただ一緒に居て本当にくつろげる。
何も遠慮する事なんて何処にも無い。
ありのままの自分で居られる。
だから美幸に全てを知って欲しい。
美幸も同じ気持ち。
肉体関係を持てば俺たちの関係は終わってしまう。
18歳の時にチャンスなのに、
何もしなかったからこそ。
俺たちのこんな関係が続いた。
午後2時半に美幸の会社で待ち合わせ。
俺はコーヒー専門店でキリマンジャロを頼んで新幹線で読みかけてた本の続きを2時間読んだ。
たまたま見かけた本屋で絵本を買った。
何となく気になる感じの本屋。
見た目は何処か変わってる。
おそらく中古の本も売ってる、新品の本も売ってる。雑然とした印象があった。
キッチリ並べられた本屋なら、
見向きもしなかつた。
古本と新品が一緒に並べられてた。
その店で一歳の男の子と不思議な出会いがあった。その子は俺にブチブチを差し出して来た。俺はその子にブチブチの鳴らし方を教えてあげた。けど鳴らす事は出来なかった。
今度はその子でも出来る様にプチプチを捻って鳴らす方法を教えてあげた。
その子は俺に語ってくれた。
うん、やってみるってその子の目が
話してた。
店主のお父さんも俺とその子のやり取りを見守ってくれてた。
その子はプチプチを初めて鳴らす事に成功した。お父さんも喜んでた。
俺もやったなぁってその子の目を見て。
ハイタッチの気分。
こんな風に話もしないでコンタクトが取れた。やっぱりここでも人生捨てたもんと違うなって思えた。
浜ちゃんへの土産の絵本をここで買って帰った。
あのチビちゃんともお別れの挨拶。
店主の父親が俺に話しかけてくれた。
こうやって話しかけてくれただけで、
凄く印象の残る本屋だ。
しっかりバイバイって手を振ってくれた。
お父さんも息子を抱っこして一緒に手を振ってくれた。
なんかまた寄ってみたいなって思える本屋さんが東京に出来た。
美幸が浜ちゃんへの土産の絵本を見せてって言ってきた。
勿論二つ返事でどうぞって渡した。
ええ趣味してるね。
あたしもこれ持ってる。
美幸は浜ちゃんの事を知ってる。
浜ちゃんと美幸は絵本で繋がってる。
俺が美幸に頼んだ。美幸は浜ちゃんに
講演の資料、他にも絵本の関しての資料も送ってくれてたみたい。
馴染みの店
松阪での講演会の2日後に俺の馴染みの店を予約しておいた。
同級生ばかり10人くらい集まった。
美幸を囲んでの食事会。
しろまちカフェって言う古民家を改装したカフェ。俺の写真も常設展示して貰ってた。
皆んなで集合写真。
代金を皆んなから集めて俺が支払った。
桑山君と話して無いな。
最後まで残って店主とも話してみよ。
また来てみたいし。
素敵な雰囲気。
美幸が俺と話すために最後まで居てくれたんや。ようやく美幸とじっくり話が出来る。
綺麗な人やね。
うん。綺麗やよ。聡明で、活発で、優しくて、怖くて、何時も怒られてたよ。
告白して振られてるしね。
最後に二人きりで話が出来て良かったんやね。本当に仲がええんやなって見てて思えたわよ。二人とも凄くゆったりした感じでね。
店を出てさ。看板の所で美幸の写真撮らせて貰ったよ。最高の写真やわ。
ええ雰囲気やね。
美幸さんの表情がカメラマンを
優しく観てるね。
愛おしいって感じの目をしてるよ。
あたしも東京に行って美幸さんに会って、
元気をもらいに行くわ。
少なくとも二カ月前から言っておかんと
あかんよ。アイツは凄い忙しいから。
アイツの秘密の携帯番号教えておくな。
俺から聴いたって言えば大丈夫。
しろまちカフェで店主の村林さんに
美幸の報告をした。
気配り
美幸の会社に付いて受け付けをした。
俺の名前を告げるとはい聴いてますって、
対応してくれた。
訪問者と商談出来るようにプラスチックの丸テーブルと椅子が置いてあった。
しばらく待った。
美幸が降りて来てくれた。
片手に包帯を巻いて。
セキュリティーカードを渡されて、
二階の誰も居ない応接室に通された。
たかが高校の同級生なのに社長扱いしてくれてる。
美幸にあげる為に持ってきた写真とネックレスを渡した。
今年の4月に沖縄へ一人旅してきた。
その時に水納島に行って
水中カメラで撮って来た写真。
「凄く綺麗。
まるで外国みたい。
有難う。やっぱり写真上手やね。
家の玄関に飾っておくね。」
鳥羽特産の長方形の真珠のネックレス。
直ぐに美幸はそのネックレスを付けて、
俺に見せてくれた。
「あたしは人から何か貰ったら、
ダイヤモンドでも何でも直ぐに着けるの。」
美幸のプレゼントしてくれた人への美幸流の気配り。
「体一つで来てって言っておいたのに」
「凄いね。こんな長方形の真珠
初めて見たわ。素敵ね。」
「俺の知ってる人から譲って貰ったよ。
この真珠を見た瞬間お前は絶対喜んでくれるし、美幸に似合うって思った。」
「本当に似合うな。」
「有難う。似合うって言って貰えてあたしも嬉しい。」
「東京に来てくれたから全部あたしが支払うからね。」
その代わり松阪に行ったらちゃんと支払ってね。」
美幸が松阪に来ても、お墓参りだけやから俺と会う事なんて無いのに。
俺への気配りやな。
三か月の間にリボンが掛かった化粧箱に入ったお菓子を俺の土産として渡してくれた。
しかも二個用意してある。
「このお菓子は奥さんと一緒に食べてな。」
「うん、分かった」
ウォーリーを探せの本も用意してくれてた。
しかも金子みすずの詩集の本も俺にくれた。
「この金子みすずの本大事にしてな」
「うん、金子みすず知ってる。コマーシャルで目に見えぬけれどってやってて本当やなって実感してて、凄く印象に残ってる。
この本大事にするな。」
「有難うな。」
3、お幸せに
受け付けで俺のリュックと美幸からもらった本とお菓子の荷物を預けて、カメラだけを手に持って二人並んで会社を出た。
六義園を散策した。
得意げに美幸は六義園の説明をしてくれた。
江戸時代に柳沢吉保の庭だったもの。
お側用人として俺も名前は知ってる。
美幸もお客さんを連れて来るみたい。
せいぜい30分程度しか歩かないみたい。
美幸とは2時間歩いた。
美幸をモデルに写真を撮りながら、
ココがええなぁとか、コッチもええよって言いながら。
周りから観たら夫婦かな?
不倫カップル?
美幸はヒールを履いてたけど、
しっかり俺に付き合ってくれた。
歩くうちに、美幸も歩く楽しさを分かってくれたみたいで。日本庭園をじっくり、ゆっくり歩いた。
「考えが纏まらない時に歩いてみるね。」
「うん、ええよ。ふと思いつくもんやよ。
なんでこんな事思いつかんだんって不思議になるよ。」
歩いてるとそういう事が起きる。
俺も何回か経験が有る。
人通りの少ない所に来て周りにはほとんど人影は無かった。
ヒールで歩いてる美幸を心配して、
休まんでもええって聞いてみた。
「うん、分かった。ここで休憩しょうに。」
森の中の散策の道で完全な木陰になっていて、涼しいくらい。
木材で造られた休憩小屋に座って雑談してた。
まだ20代前半に思えるカップルがやって来た。
俺は美幸の写真を撮ってた。
撮った写真を見せるとええ感じやなぁ。
ふと美幸はそのカップルに話しかけた。
写真撮って下さいってお願いしてた。
快く引き受けてくれたみたい。
彼氏は俺の一眼レフで撮ろうとした。
半押しでピントを合わせて撮ってって説明した。けどどうしても俺と美幸にはピントが合わずに背景にピントが合ってしまってた。
俺自身もカメラをその場に立って写真を撮ってみた。これでって頼んだけど、やっぱり駄目で。
美幸が彼女に代わって頼んだ。
彼から彼女に代わって撮って貰った。
彼女の方がちゃんと撮れた。
美幸はやっぱり人の心の中にズケスケと入る一言を言う。
「貴方何してるの?
しっかりしなさい。」
彼氏の顔を見た。
柔かに笑ってた。
彼女も俺も美幸も大笑い。
彼氏は下を向いてた。撮ろうとしたけど、
撮れやんだんやからって苦笑いしてたな。
女性の方が上手く撮れてしまった。
俺達四人の中では男性の方がメカに強いって固定観念があったから。
俺たち四人は大笑い。
彼氏が俺のカメラで普通に写真が撮れてたら、こんな風に大笑いする事は無かった。
そこで今度は若いカップルと美幸と三人で撮ってあげるって。
俺が撮ってあげた。
今度はカップルだけで撮ってあげた。
彼氏の方が偶然アイフォーンだったので、
エアードロップで、俺の一眼レフで撮った写真を送って上げた。
凄く喜んでくれた。
今時って言うと可笑しいけど、
二人とも凄く素直で素敵な二人やった。
四人の話は凄く盛り上がって、
俺達は高校時代の同級生って話して、
あたし達いくつに見える?
彼氏が答えた。
48歳?
惜しいなぁ。
28歳よ。
四人で大笑い。
カップル二人の事を聞いてみた。
二人は新宿から来たらしい。
年齢はまだ二人とも21歳。
俺達二人の子供よりまだ若い。
お父さん、お母さんの歳を聞いてみると、
46歳。
美幸と俺とで顔を見合わせて。
そんな若いのって。
俺たちも年を取るはずやなって二人で納得。
二人の写真ヘンな事に使わないからねって、
美幸が二人に説明して、ちゃんと美幸の名刺を渡してた。
専務って書いてあるのを見てヘェ〜つて
驚いてた。
全然偉そうな素振りを見せやんからやろな。
美幸は二人に向かって会社に遊びに来てよって話しかけてた。
二人は分かりましたって素直に言ってくれてた。
やっぱり人生って楽しい。
人生捨てたもんじゃ無いなって思える。
美幸と二人で居るからこんな楽しい事ばかり起こるのかな。
別々の道を通って別れたのに、
またそのカップルとすれ違った。
お互い微笑みあってまた別れた。
二人はもうこれから六義園を出て帰るみたい。
二人の名前を聴かなかった。
けどいつか美幸の会社に二人は訪ねて行くのかな。二人とも幸せになって欲しいな。
報告に
六義園を歩きながら美幸の両親の話を聞いた。
美幸のお母さんは中学校の教師で、
話を聞いてると俺も教えてもらいたいなって思った。
親が離婚してたり、親がヤクザで刑務所にはいってたりするそんな親から可愛がられてない子供達。
そんな環境だからグレる。
その子達を自宅に連れて来て。
ちゃんとご飯を食べさせて、お風呂にまで入れてあげて。
その子をしっかり抱きしめてあげて、
頭をヨシヨシって撫でてあげる。
ドアの隙間からその様子を美幸は覗いてたらしい。
実の子を放っておいてっていつも美幸は怒ってたらしい。
けど美幸の仕事ぶりを観てると、お母さんそっくりの様に思える。
そう言ったら頷いてた。
千葉の美幸の家に中学生の時にお母さんに世話になったって人が嫁と子供二人を連れて
風呂敷で大事そうに包んである物を持ってきた。
話を聞いてみると、その人は手癖が悪い子で
美幸の家から盗んでいった物やった。
お母さんはわざとその子が盗み易い様に置いたらしい。
やはり予想通りに盗んでいった。
地元の夕刊三重に美幸のお母さんの訃報が載った。
それを見て松阪からわざわざ家族四人で千葉まで謝りに来た。そして盗んだ物を大事に
返しに来た。
美幸に家族を紹介して今はシッカリ働いてますって言って帰っていった。
反面教師
美幸に聞かれて、俺も両親の話をした。
「差別、職業の貴賎は当たり前の人やった。」
俺の一言を聞いて美幸は何も言わなかった。
そうなんや。それは嫌いになるよね。
俺のお袋は酷い先生やった。
教師の癖に差別、職業の貴賎は当たり前。
小学5年生の俺に向かって。
差別とかなんて学校で言ってるだけの事。
家庭の中では差別は当たり前。
俺はその言い草を聞いて開いた口が塞がらんだ。
こんな最低のお袋、コイツから生まれた俺。
自分自身が嫌いになって当然。
俺は自分の事が好きだったから、
コイツを反面教師にしてこんな奴に絶対なるまいって誓ったよ。
親父は予科練に行ってた。
七つボタンのあの大山倍達と同じ、
特攻隊帰り、広島に原爆が落ちなければ、
親父は特攻隊で海の藻屑となってた。
俺も存在してなかった。
親父が乗ってた飛行機は彩雲という名の
通信だけをする飛行機やったらしい。
聞いた話ではあの有名な零戦より早かったって話もあるくらいの名機みたい。
特攻隊に行く直前までこの彩雲に載ってた。
攻撃する武器は搭載してない。
敵機に見つかったら逃げるしかない。
何度もアメリカの飛行機に攻撃された。
その中で生き残ってるんやから、
親父の飛行技術はかなりのもん。
中学生三年生の時に親父と相撲を取った。
お互いに組み手を取った所から始めた。
親父の体格は160センチくらい。
体重は60キロくらい。
俺は173センチ今の俺と変わりない。
体重は73キロくらい。
親父と二回り位違う体格。
親父は俺に勝つ自信があったんやろなぁ。
組み合って親父が動いて来るのを待った。
親父に左に軽く振られた。
耐えようとした、その瞬間に右に戻ったと同時にタイミングよく振られたんやと思う。
何が起こったのか分からなかった。
右膝が畳に付いてた。
技術の勝利や。
親父が10代の頃には近隣の村の運動会に参加して韋駄天ぶりを発揮して数々のメダルを貰ってきたみたい。
そのメダルを見せて貰ってそんな話を聞いたな。勿論相撲も近隣の相撲大会の呼ばれてやっぱり数々のメダルを貰って来てるみたい。
そんな親父やからこそ少年兵で予科練に合格したんやと思う。
こんな親父やから俺は高三でも怖かった。
体力的には間違いなく俺の方が上。
腕力でも上。
けど予科練で鍛えて来た、戦争を生き抜いて来た親父の精神力には勝てやん。
だから親父を怖がってた。
けど本の話とかテレビで一緒に映画を観てたな。
五年生の頃には水曜日、日曜日にやってた、
映画劇場を観てた。
水野晴郎さんの解説、淀川長治さんの解説。
懐かしい。
怖いけど、尊敬してたな。
書道、水墨画、油絵、写真、俳句。
地元の公民館長もしてた。
美幸は黙って俺の話を聞いてくれてた。
「良いお父さんやったんやね。」
「うん、好きやったな。」
「色々親父から影響を受けたよ。」
馴染みの喫茶店
アイスコーヒーを飲んでマスターと
話してた。
「このアイスコーヒーは最後まで苦く無いね。他の所やと大抵苦いけど。」
「ちゃんと褒めてくれたんやね。
そうやって褒めてくれてあたしも嬉しい。」
美幸がトイレに行ってる間に、
マスターと話した。
「俺もいつも怒られてます。怒られモノ同士ですね。俺も馴染みの店に彼女を連れて行ったから、同じ事をしてくれてるんですよ。
美幸がどんな風に過ごしてるかわかるじゃないですか。
安心するし、馴染みの人と話出来て嬉しいし、そこから普段の美幸が垣間見れるから。」
「俺は彼女に降られてますしね。」
美幸とマスターは一緒にイベントを開いたりしてるみたい。
だから仲の良い友達。
美幸1人の為に夜はお酒もおくように
なったらしい。
確かにお酒も置いてあった。
ビジエ料理を出す焼き肉屋に連れて行ってくれた。そこの店主とこないだは有難うって挨拶をしてた。
俺も紹介されたので、田舎で鹿を押し除けた話をした。
駒込の街を歩いた。
浅草も近くで下町の感じがして、
俺も落ち着く町並み。
松阪の愛宕町の雰囲気あらへん?
うん、似てるな。雑居してるからやな。
二人で愛宕町を一緒に歩いた事は無いけど。
懐かしさに二人浸ってた。
41年間の空白
予約時間になった。
お待ちかねのフランス料理。
こじんまりした店構え。
フランス料理屋さんには見えない。
中は個室に別れてる。
5部屋はあった。
美幸はシェフが料理してるのが見える一番奥まった部屋を予約してくれてた。
シェフからも俺たちの食事してる
様子が見れる。
綺麗な彩りのサラダ。
手作りのパン。
中がフワフワで外はコンガリでもっちりしてる。
お客が囲むテーブルもシェフが作った飾りが施してあった。
中々の物で素人の手作りとは思えない出来上がり。
美幸はワインを頼んで、お代わりをした。
メインディッシュは魚と肉と両方あった。
美幸が食べれなくて何の抵抗も無く美幸の食べれなかった分をもらった。
お腹いっぱいになった。
まだ20代の可愛い子に何度も給仕して貰って
益々美幸と話しが弾んだ。
霧雨の中を女性が一人傘もささずに歩いてる。周りを全く意識して無い。
見てるとかなり危うい歩き方。
同じ考えが頭の中をグルグル回ってる。
入院、手術、55ミリの悪性腫瘍、死。
90パーセントの確率。
大学病院から会社まで歩いた。
手術しても意味あるの?
9割の中に当然自分も入ってしまう。
命が助かるのは1割。
美幸が朝日新聞時代に取材して、
仲良くなった医者の友達に直接聞いてみた。
自分の名前は伏せた。
それが友達の結論やった。
自分が1割の中に入れるとは思えない。
つまり90パーセントの死が待ってる。
そんな手術受けても意味があるの?
息子の卓也は?
旦那は?
どうするの?
40歳の若さだと癌の発育が早い。
余命半年?
やりたい事がいっぱい有るのに。
「大丈夫か?どうした!」
ずぶ濡れだぞ。」
編集長に言われて初めてずぶ濡れの自分に気が付いた。
1時間くらい雨の中を傘もささずに歩いて来たのね。ようやく自分のして来た行動が理解できた。
10ヶ月間に及ぶ治療。
ようやく会社に戻れた。
長期間の休養で自分の居場所が無くなっていた。
社長の善意で今の地位を用意してもらった。
社長への感謝。
単なる会社の歯車じゃない。
あたしを認めてくれた。
過呼吸
たかが課長になった事で俺はのぼせ上がってた。一人で勝手に早く帰って職場の人間から無視されてた。
他の四人から一言も口を聞いて貰えなかった。ちょうどその時期に虫歯の治療をしてもらっていた。
ストレスと虫歯が重なって菌が顎の骨に
入ってしまった。
尾鷲の歯医者から松阪市民病院を紹介された。診察して貰った。
その結果は即入院やった。
唇の神経を切ってしまうから下唇からヨダレを垂らしてしまうかもしれません。
そういう説明を受けた。
骨髄炎になってた。
放って置くと全身に菌が回って死んでしまう。
大正時代なら確実に死んでたらしい。
現代の医学に感謝。
骨の中に生理食塩水を入れて、吸引器でその生理食塩水を抜き出す。
骨の中の菌を生理食塩水でやっつけるという訳。寝てる時も吸引し続ける。
初日は寝返りを打ってその痛さで目が覚めた。針が簡単に抜けてしまわない様に固定されてる。それを無理矢理引き剥がしたみたいなもの。それが寝返りを打つという事。
流石に2日目からは寝返りを打たずに寝る事が出来た。
昼間はその吸引器を廊下で転がしながら歩く事が出来た。
まだ喫煙習慣があった。
しょっちゅう煙草を吸いに行ってた。
けど自分で決断した。
早く治す為に禁煙した。
一週間禁煙をしたら、禁煙によるストレスから便秘になってしまった。
そして禁煙してから7日後には。
トイレで大便を出そうとしてたら、
気絶してしまった。多分5分間くらいは気を失っていたんやと思う。
パンツを当然便所の中やから脱いだまま。
便座に跨ってるその状態で気絶してる。
立ち上がる事も出来ずにナースコール。
二人の看護師に抱き抱えられて。
かなりのストレスから過呼吸になってた。
二人の看護士に両側から押さえられて、
精神状態がおかしくなっていって喚き叫んでたのを冷静な自分が見て覚えてる。
この経験で人生初が二回もある。
過呼吸と気絶。
落ち着いてから、煙草を吸わせて貰った。
多分ベッドに寝たままで。
立って歩ける状態じゃ無かったから、特別に喫煙させて貰った。
無茶苦茶美味かった覚えがある。
骨の中の菌の検査でようやく合格した。
入院から10日後やった。
骨の中の菌が全滅した。
体力を戻す為に階段を歩き回った。
一日中歩き回ってた。
勿論シャワーは浴びさせて貰ってた。
同じ歳に入院してるんやね。
笑えるね。
流石桑山君や。
どこに行っても結果的に人と違う事をやらかすのねー。
本当に貴方らしいね。
俺はこの入院と自分が原因で起きた苛めで、
一人で黙々とこなせば何でも出来るって思えるようになった。
以前の俺なら大きな壁を目の前にしたら、
逃げ帰ってた。
この苛めのお陰でコツコツこなす精神的タフさを身につけられた。
今日もこれから家に帰ってから、いっぱい
仕事するの。これ見て。
2センチ位あるファイルに入った書類を見せてくれた。毎日三時間しか寝てないの。
家でも会社でも毎日キーボードを叩いてるから、右手首が炎症を起こして今も治らないの。肩より手が上に上がらなくなってしまってるの。
癌で死ぬはずやったあたし。
拾い物の人生だからいつ死んでも良いの。
ある人から死に急いでるねって言われたわ。
やりたい事がいっぱい有るからね。
ここまで言われてしまうと俺ももっと自分の身体を大切にしろって言いたいけど。
お前に早く死んで欲しく無いって言いたいけど。美幸の熱い気持ちに勝てなかった。
分かった。
また来年もお前に逢いにくるな。
4、サプライズ
デザートが運ばれて来た。
美幸のデザートと俺のデザートは違ってた。
俺のデザートは大きな皿に置いてあった。
チョコレートで皿に文字が書いてあった。
桑山君の幸福を祈ります‼︎
最後には俺の似顔絵が書いてあった。
俺と美幸が談笑してる俺の顔を見てシェフが
似顔絵を描いてくれた。
美幸はシェフにイカツイ男が来るからね。
その人と談笑してるところを見てその人の似顔絵を描いて!
チョコレートで字を描くの苦手なんです。
そんなの無理です。
そう。分かったわ。
似顔絵は無理なら仕方ない無いけど、
文字は書いてね。
あたしの高校時代の親友なの。
去年ね。あたしの宝物をくれた人なの。
あたしが講演してるところを写真撮ってくれたの。会社の皆んなも本当に素敵な写真って褒めてくれてるの。
あたしの講演の宣伝のチラシに使わせて貰ってるの。
このチョコレートで書いてある文字とその似顔絵を見てビックリ。
思わず目頭が熱くなった。
恥ずかしかった。
けどそれ以上に美幸の気持ちが嬉しかった。
お前に泣かされたわ。
優しく優しくゆっくり。
馬鹿やろー❕
有難うな。
美幸は単に頷いてた。
似顔絵ソックリやね。
無理なら仕方無いねって諦めてたけど、
ちゃんと描いてくれたの。
もう時期シェフが挨拶に来てくれるわ。
ご馳走さまでした。
どの料理も最高でした。
本当に美味しかったです。
おまけに似顔絵まで。
俺にそっくりです。
美幸に泣かされました。
シェフと握手して一緒に写真撮って貰った。
またこの店に来てシェフと話してみたい。
俺と美幸が帰る時には、店の前まで出て来てくれて、タクシーに乗り込む所まで見送ってくれた。
シェフの温かい人柄に惹かれた。
男前
スカイツリーが目の前に見えてる。
テレビでは何回か観てた。
ライトアップされて綺麗。
隣でまだ20代の若者が煙草を吸ってる。
美幸との話を聞いて欲しくて、
色々話した。
青年は俺の話をしっかり聞いてくれてる。
似顔絵の話をしたら、俺もそんな事されたら、泣いてしまいます。
高校生の時の新宿の夜の話をした。
良い話ですね。
俺の相手の美幸は一緒に手を繋いで新宿を
歩いた事すら覚えて無いって話したら、
その人は男前ですねって。笑ってた。
話を聞いてくれて有難うな。
真剣に聴いてくれて嬉しかったわ。
こうやって君と話できて、俺の喜びを分かってくれてさ。
人生って捨てたもんじゃ無いって思わん?
うん。思います。
俺派遣の仕事で帰って来たばかりなんですけど、疲れが取れました。
それどころか元気を貰いました。
有難うございます。
またまた素敵な出会いがあった。
美幸はタクシーからわざわざ降りて俺を見送ってくれた。
今日はわざわざ上京してくれて有難う。
凄く嬉しかった。
あいつは話しかけて途中で辞めた。
多分弟みたいって言いかけたんやと思う。
俺を姉ちゃんの気分で見守ってくれてたんやと思う。
一人っ子で両親が亡くなってしまってる美幸には唯一の親族って事になる。
また逢いたい。
さらりと言ってくれる。
俺も勿論そう思ってた。
やっぱり美幸は男前や。
追記
この私小説を書き上げて周りの同級生達にも読んでもらった。
描きかけの時から相談に乗ってくれた大西。
一言言ってくれてそのお陰で面白い対比が出来た。
書き終わってから読んでくれた上村。
こんなのよう描いたなって感嘆してくれた。
高校時代一言も話した事は無かった。
ウチの親父の教え子だったみたい。
この2年間で何度か顔を合わせていて、
じっくり話してみたいなって思ってた。
この書き上げた小説が俺と上村を繋いでくれたみたいなものや。
写真の事でも仲良くなってたし。
甲府に三日間旅行に行った。
上村が俺を迎えに来てくれて二日間、
俺と一緒に山梨県をあちこち連れて回ってくれた。二人で一緒に写真を撮って家族にも俺の写真を見せてくれたみたい。
俺の写真の事で偉く話が弾んで俺の写真が欲しいって事になった。俺にとっては凄く嬉しい話。
せっかく山梨に行ったので最後は美幸にワインを贈ろって決めてた。
何も聞いてない。
白ワインが好きって言ってた。
それに辛口が良いって話も聞いてた。
色々店内を回ってピンと来た奴を二本選んだ。
ワインが届いたって連絡を貰った。
なんとワインは美幸の大好物のワインだったみたい。
ワインと一緒にサプライズがあるからって言っておいた。
しつこく聞かれたから、そうやなぁ。
思い出やなって。
仕事を終えて帰宅して荷物を開けて、
そこに俺の書いた小説。
その場で一気に読んでくれたらしい。
あのレストランでの思い出が蘇ったわ。
有難う。
そして最後にあたしはますます男前になったよって。
読んでくれた人からは引き込まれたよ。
生々しい、ドキドキした、羨ましい。
俺もこんな高校時代送ってみたかったなって
そんな感想も。
こんな経験自分もしてるよって、
この小説俺の友達に読ませてやってもええって聞かれた。勿論ええよって答えておいた。
若いカップルとのやり取りの場面が大好きって言ってくれてる人も居た。
今まで一度も本を読み終えた事なかったけど、初めて俺の書いた小説を読み終えてくれた人もいた。
その人は俺が勧めた本を読み始めてる。
コッパ恥づかしいって話してくれた人もいた。
家族には一言も話してない。
娘達に俺の書いた本を読まれたら恥ずかしいって思う。
けど家族以外の人には恥ずかしさは無い。
何も言わずに読んでくれた奴は、
全部俺の本当の事やろって言ってきた。
俺の事をよく知ってるからやろな。
そんな読後感を教えて貰った。