愛の証
早朝。目を覚ましかけた律子は窓から洩れる心地好い春の陽射しと、あつらえ向きな布団の温かさで再びまどろみに襲われた。
それを拭うように頬を二、三度叩いて彼女はふらふらとした足取りで洗面所へ向かう。
一晩たって脂っぽくなった肌に冷たい水を浴びせて、無理矢理眠気を飛ばした。
汚れを落とすように濡れた指の腹で肌をおもむろに撫でてゆくと、顎の辺りに妙な痛みを感じた。
そこにある異物の存在に、彼女はすぐに気付いた。
タオルで顔を拭きながら、鏡の前に立つ。
ああ、と息を吐いて律子はまだベッドで眠る賢治を揺すって起こす。
「賢治、起きて」
「ん……」
「ね、起きてよ」
重たい瞼を感じながらも、先程からこうも起きろと煩いと眠れたものじゃない。
仕方なく上半身だけを起こしどうした、と賢治は言った。
「見て、これ」
「…ニキビだな」
「うん」
それがどうしたんだ、くだらないことで人の睡眠を邪魔するな。
賢治はそう言おうとしたが律子があまりにも瞳を煌めかし
「ココ、ココだよ」
と主張してくるものだからその台詞を飲み込んだ。
「この歳でニキビか」
「うん、久しぶりかもしれない」
28にもなって、なにが嬉しくてコイツは自分の吹き出物を晒しているんだろう。
賢治は不思議でならなかった。普通なら忌み嫌われるべき存在のそれを律子は子でも授かったかのように喜んで自分に見せつけてくる。
正直彼女のニキビはどうでも良かった。が、その様があまりにもあどけなく可愛らしく見えたので、賢治はあらぬ妄想ばかりを廻らしていた。
律子の白い肌に小さな赤がポツンと映えている。
「ちっちぇキスマークみてぇだな」
と賢治が笑うと律子はあからさまに嫌な顔をする。
「どうしてそういうことしか頭にないかな、君は」
「俺の頭は『そういうこと』でいっぱいです」
「あのさ、もっと大事なことに気付かないの?」
「大事なこと?」
賢治がそう聞くと律子は自分の額を指差す。そしてその指をゆっくりと下に下ろし、自分のニキビに触れた。
「想い、想われ」
「想われニキビだと言いたいのか、お前は」
呆れた賢治を指差して、律子はまた嬉しそうに微笑む。
「想われたよ」
その瞳がまた自分と同じ人間とは思えないくらいの輝きを放っていて、賢治はまた何か熱いものを感じた。
擽るような言葉が溢れる、柔らかそうな唇。それに目がいきながらも、抑えるように寝返りを打って背中で文句をつける。
「だからなんだってんだ。ちくしょー」
「別に。ただ少し嬉しくなっちゃって」
いつもなら無理にでも引き寄せて情事に持ち込むところだが、急に幼さを含んだ子どものような律子を見て、賢治も手が出せなくなってしまった。
それでもそれとなく、彼は自分の心のうちを伝えてみたりする。
「律子」
「ん?」
「そんなことよりキスさせてよ」
その言葉に、相も変わらず律子は微笑んだ。
FIN.