遭遇
ようやく描けました………。
「ふん!」
正拳突き。
「せいっ!」
肘打ち。
「ハァっ!」
回し蹴り。
記憶に残る武術の動きを一つ一つなぞる。
設定集にすら載っていなかったから、俺は俺の性能を知らない。
だが、肉盾になって死んだと言う事は、「肉体を強化する」とか「防御力を上げる」とかそういう感じの魔具だったんだろう。
なら、体を動かしていれば覚醒してくれるのでは?
そんな考えで、三年間ずっと鍛錬を積んできた。
結局覚醒なんて兆しすら見えなかったが、それは昨日までの俺には明確な目的が無かったからなのかもしれないと思う。
傍付き選抜会。
俺を陥れる為だけに用意された罠であり、俺の幸せな人生を歩む第一歩を邪魔する障害。
俺を謂れの無い理由で妬み羨む連中がやりそうな事だが、辛い事に今の俺にはその障害を打ち破れる武器がない。
信頼なんてあの理不尽な半ギレメイドに比べれば雲泥の差だ。
手足になる人間を作ろうにも、俺の要求するレベルにいる同僚なんて皆無だ。
貯金なんてあんな雀の涙みたいな給金じゃできっこない。
ついでにいうなら、そもそもいくら知恵を働かせようが魔具による力押しの前にはどんな策もゴミだ。
だから、今の状況を打ち破るには俺の未だ目覚める様子の無い魔具に賭けるしかない、のだが………
「———ぅわッ!?」
ハイキックを打つ直前、高く掲げすぎた足が均衡を保っていたバランスを崩し、半回転しながら背中から地面に叩き付けられる。
頭だけは根性で守り切ったが、それ以外の部位を強く打ったせいでしばらくは立ち上がれなさそうだ。
「……………フゥ………」
溜息を一つつく。
選抜会の掲示が出た翌日から更に熱意を入れて鍛錬しているのに、俺の魔具は全然反応を返さない。
まぁそもそも魔具の感覚自体が理解できていないんだが、時が来たらなんとなく感じられると思っていた。
問題なんてない。
そう思い込んで………いや、思い込もうとしていた。
だけど、いくら拳法の型を真似ても水を浴びまくってもひたすら自分をいじめ続けても、覚醒の兆しはみえない。
例えるなら、蛍の灯りよりも薄く儚い燐光だけを頼りに地図も無く途方もない暗黒の中を、何処にあるかもわからない目的地を目指し歩き続けるようなものだ。
方法は合っているのか、目標設定は誤ってはいないか、そもそも可能なものなのか。
何もかもがあやふやなまま我武者羅に鍛錬を続けた3年間、俺はこの問いから目を逸らしていた。
頭上の澄み渡るような青空が、今日は無性に忌々しく思えた。
「———うん?こいつはまた………面白そうな事をやってんなぁ少年」
その時だった。
一切の連続性を無視したまま、男はそこに居た。
人目のない木々の間を、強く風が吹き抜ける。
踊る白衣は男に妙な貫録を与えていた。
だがそれ以上に。
全体的に引き締まった肉体を余さず視界に収めさせてくる露出過多な服装と、唯一下半身だけをがっちりとガードしている紺色の海パンが男の印象を固定させていた。
即ち、
「変態だァーーーーーーーーーーッっ!!??」
「残念不審者さぁ―――――――――――—————ッっ!!!!」
体の痛みも無視して全力で退避し叫ぶ。
何故か男も叫ぶ。
人気のない森の中で絶叫する少年と嗤う海パン白衣の自称不審者というロマンの欠片も無い状況で、俺は、今後の人生を左右する出会いを果たしたのだった………。
本当に、出来るならやり直してほしい。