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回生のマグツキ  作者: 月猫ネムリ
5/15

予感

 目を覚ますと。

しわくちゃの爺さんが。

俺を。

見ていた。

まる。


「——————」


「———ん?おぉ、起きたか」


何やら親し気な爺さんだが、何となく見覚えがある。

そしてそんな事がどうでも良くなるくらいに頭が痛い。

片手では支えきれず遂には両手で頭を支える俺に、爺さんは「ほんの少しだが楽になるだろうよ」とか言って黄緑色の液体が入った椀を差し出してきた。


「これ本当に飲めるのか?」


「文句あるなら飲まんでいいわ罰当たりめ」


心の中の声をお漏らししていたらしい。

ほぼ睨むような視線を向ける爺さんと今も絶えず襲ってくる頭痛に参った俺は、覚悟を決めて一気に椀の液体を飲み込んだ。


「ぉえッ―――ってあれ?」


飲みやすかった。

少なくとも、見た目から想像していたよりも苦くも不味くも無かったし、喉に引っかかることも無い。

何よりさっきまで締め付けるように俺の頭を苛んでいた頭痛が嘘のように和らいでいる。

空になった椀を前に呆然とする俺に、爺さんは鼻を鳴らして腕を組む。


「どうじゃ、飲みやすかろう」


貴種血統の侍医は伊達ではなかろう?と再び鼻を鳴らした爺さんは、未だ俺の手の中にあった椀を捥ぎ取る様に奪うと、部屋から出ていった。


「…………………」


一応は怪我人の筈なのに放置したまま一人取り残された事に色々と文句が浮かぶ。

が、ようやく本格的に回転し出した脳みそが、それよりも優先して考えるべき記憶を掘り起こしてきた。


「………。……いっつ………」


恐る恐る背中に触れた瞬間、強い静電気に中てられたような痛みが神経を走る。

シャルロッテの謎の攻撃で背中を強打した名残だろう。

あの勢いからして、当たり所が悪ければ死ぬ———とまではいかなくても、何らかの障害が残る可能性は十分にあった。

侍医の様子からするに、結果的には痛みこそあれ重傷には至っていないと予想できる。

けれども今考えるべきは自分の怪我の大小ではなく、彼女(シャルロッテ)がそんな行動に出た理由だろう。


(少なくとも、俺の礼儀作法に問題はなかった筈だ。———というか挨拶とかする前にぶっ飛ばされたもんな!何なんだよあの女、一体ナニサマのつもりだってぇーの!…いやいや落ち着け俺、今考えるべきはそこじゃない。今一番重要なのはそう、あの女がどうして俺に暴力をぶつけてきたか、だ)


「———視線、とか?確かに年の割にはそそる肉付きだったがいくらなんでも気づく筈ねぇよなぁ?でないとするとキョロキョロしてたのがマズかった?いやでもなぁ———」


俺の脳内を、様々な思考が回り続ける。

シャルロッテの年齢に見合わぬスタイル、散々シミュレートした礼儀作法、お辞儀のタイミング、こちらに向けられたあの美貌———


コンコン


と、自分の思考に没入していた俺の耳に、ノックの音が届いた。

取り敢えず背中が痛くならないようにゆっくりと寝台に体を横たえると、それとほぼ同時のタイミングで扉が開かれた。


「………(うん?)」


扉から清掃具を抱えてよたよたと入ってきたのは、この世界で目覚めてから見た多くの本職たちより小さな侍女だった。


「…………」


薄く目を開けて小さな侍女を観察する。

何となくどこかで見た様な気もするが、そのどこかが思い出せない。

とは言えこの世界で目覚めてまだ2日か3日。

この屋敷の中に限定しても、俺が足を運んだ場所なんてトイレと最初に寝かされていた部屋、そしてシャルロッテの部屋のみだ。

だから、小さな体(とは言え俺と同い年だろうが)を懸命に動かして掃除に勤しむこの侍女を見た場所は簡単に思い出せた。


(そうだ!このメイドは確かシャルロッテと会ったときにいた———メイドの陰に隠れていた奴だ!)


その瞬間、俺の脳裏に名案が閃いた。


(この年齢でシャルロッテの傍に控えている———って事は、結構な信頼を寄せられている筈だ。なら、シャルロッテがあんな事をした理由も知って…いや、例え知らなくてもヒントになる情報くらいは持ってる筈だ!)


そうと決まれば善は急げだ。

まだ痛み続ける背中の痛みをどうにか堪えて、俺は帰りかけていた侍女を呼び止めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「……なにか?」


振り返った侍女の顔には、先程と変わらぬ鉄面皮が張り付いている。

気のせいか、話しかけるな!と訴えている様にも見えるが———まぁいい。


「あ~~~。その、シャルロッテのこt」


パァンッ、と。

シャルロッテの名前を出した瞬間、扉の前にいた筈のメイドの平手打ちが俺の右頬に炸裂した。

続けて振り上げられた箒を間一髪掴み取ると、俺は更にちりとりを叩きつけようと振りかぶっているメイドを懸命に手で制止する。


「ちょ、ちょっとまってくれ!なんで俺を殴ろうと!?」


返答は左頬に刺さった拳だった。

掃除していた時の無表情はどこにいったのか、顔どころか全身を怒りの赤に染めたメイドは小さな拳を振り回す。

その勢いに押され気味になる俺を睨み、荒く息を吐きながら、メイドは満身の怒りを込めて言葉を放った。


「お前が、お前なんかが、あの方の———シャルロッテ様の名前を呼ぶな!

能無しのくせに!何も出来ない癖に!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

お前が!!

シャルロッテ様を!!

~~~~~~~~~~~~っッ!!」


最早声も無く全身を震わせるメイドに、俺はもう言葉が出ない。

前世を含めても初めて向けられる激しすぎる感情。

呆然とする俺に向けて拳を———振るわず、しかしより強く握りしめたメイドは、清掃具を抱え足早に部屋を飛び出していった。

その姿を見送り、今度こそ本当に去っていったと認識できた俺は、全身を襲う倦怠感に任せ体をベッドに倒した。


「………なんなんだろう。こっちに来てから俺、痛い思いしてばっかじゃね?」


異世界転生してからほぼ3日。

転生先の不遇キャラ(アリヲ・ルイス)シャルロッテ(俺の嫁)からのいわれなき暴力、名前も知らないメイドの謎の怒り。

どんどん雲行きが怪しくなっていく展開に、俺は自分の異世界生活が前世に負けない苦難に満ちている事を予感してしまった。

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