対面
「おはようシャルロッテ、我が最愛の娘よ。元気そうで何よりだ」
「———おはようございます、お父様。お父様こそお元気な様で何よりです」
ギルドルフの挨拶を皮切りに、親子の会話が交わされる。
耳に入る音を聞き流しながら、ふと俺は違和感を覚えた。
会話の内容自体に不審な点はない。
自分を含めて、この部屋の中にいる誰の表情も平静そのもの———
(いや、ちょっと待て?)
よくよく見ると、ギルドルフとシャルロッテの視線が合っていない。
というか、ギルドルフの方がシャルロッテから若干視線を逸らしている様に見える。
そんな小さな違和感を切っ掛けに、表面上は何の変哲もない部屋の中の違和感がだんだんと透けて見えてくる。
元から部屋にいたメイドさんはシャルロッテに顔は向けながら視線はどこか明後日の方向を向いている。
娘に話しかけるギルドルフも、さっきの視線も併せてどこかぎこちない様子で当り障りのない話題を振り続けている。
そしてそれらを聞き、返答しながらもどこか心ここにあらずといった様子のシャルロッテ……………
(これは………もしかしなくてももしかする、か?)
そう、
(ヒロイン攻略イベントってやつかぁ!?いやっふぅキタキタキタぁぁぁぁぁっ!!)
原作のシャルロッテは、生まれながらに宿した強力すぎる魔具を恐れられ、孤独な子供時代を送ったという背景設定から、人と関わるのを避ける傾向にあった。
だから、その恐れを踏み越えて自分と触れ合おうとする主人公に心を惹かれてヒロインの仲間入りを果たすのだ。
そしてこの世界でも恐らく同じ未来を辿るの筈だったのだろう。
———俺が居なければ、だが。
(ふははははッ、これでシャルロッテのハートをゲットだぜ!)
高笑いする内心を抑え込み、俺は未だに話題を捻り出そうとしているギルドルフを促し自己紹介を試みる。
「あの———御当主様…?ぼく、は………」
「む!?あ、あぁそうだった。そうだったな。え~オホンウホン———シャルロッテよ。わたしが来たのは他でもない、お前が待ち望んでいた者が今朝全快したのでな、お前の顔を見に来るついでに付き添ってきたのだ」
その瞬間。
優雅にカップを傾けていたシャルロッテの背が僅かに揺れた。
ゆったりとした動きで、その朱唇から離されたカップがソーサーに戻される。
一切の音を感じさせない静謐さを漂わせ、シャルロッテの視線が俺に突き刺さり—————————
(———あれ?)
(何故そんな目で———そんな石ころでも見るような目で俺を見る?)
喜色に溢れていた心が、シャルロッテの視線に宿る凍気に一気に冷え込む。
動揺する俺に向けてシャルロッテは、その手中にあった扇を軽く振——————った。
「ぐぉっほぁ!??」
次の瞬間、見えない力と共に俺の身体が扉を飛び出し廊下の壁に勢いよく叩き付けられる。
(い、一体…何が!?何が起こった!?いやそもそも、いま俺は、何をされたんだ!??)
背中からはしる鈍痛と、理由も過程も分からない謎の攻撃に対する驚きに、俺の心は嵐に見舞われたボートよりも激しく揺さぶられた。
普通ならば抗議したり、胸倉をつかみ上げたりするのだろう。
少なくとも前世の俺ならば、こんな事をされたら、もしくはされたと聞いたなら、相手が絶世の美少女であっても関係なく怒りをぶつけただろう。正義の炎を掲げただろう。
だが、そんな思いとは裏腹に、俺の体は———心は、怒りの炎を燃やせなかった。
今更になって、ギルドルフの恐れを理解する。
いや、ようやく理解できたというべきなのかもしれない。
成程、これは無理もない。
だって、何をされたのか全然分からない。
扇を煽いで突風で吹き飛ばしたのか?
衝撃波でぶっ飛ばしたのか?
念動力?転移?エネルギー波?
違う違う、全部違う。
理屈じゃなくて本能が、生物として持ちうる感覚全てがこちらとあちらの違いをがなり立てる。
即ち、
これは違うと。
知らず震える体を抱き締める俺に、目を見張って見つめるギルドルフたちに、シャルロッテは優雅な座り姿のまま告げた。
———これじゃない―――
その言葉を最後にして、俺の意識は闇の中に沈んでいった。