8、巻き込まれたのは
沢城枝里奈が左手を差し出すと、地面が揺れた。
次いで、その地面から茶色の物体が飛び出してきた。
「二人共、下がっててね」
由市は江理と新に言うと、刀を鞘から抜き放った。
煌めきと共に、江理の足元に何かが落ちてきた。
それは、植物の根とも、触手とも取れる物体だった。
「成程。いくら数がいようともこれじゃあ太刀打ち出来ないね。地面から突き上げられればおしまい、ってカンジ。もしかしてひー君狙ってたんじゃないのー?」
「いいから集中しろよ!!」
新の叫びも虚しく、由市の手から刀が弾かれた。
「あ」
「『あ』とか言ってる場合かよ!!」
江理の足元に刀が落ちる。
「……っ……」
――由市に、渡さなければ。
一瞬躊躇うが、江理は覚悟を決め、手を伸ばした。
指先が刀に触れる。
江理が刀を手にした瞬間。
――どくん。
心臓が高鳴った。
身体が熱い。
ひゅん、という音の後、それが自分が刀を振るった音だという事に気付いた。
感覚が遮断されたように、自分が何をしているのか判らない。
目の前が赤い。
紅色以外、何も見えない。
――嫌だ。
これじゃあ、
私はまた――。
「――意識を保って」
急に聞こえた声に、江理は意識を取り戻した。
「……由市さん」
「この刀は持ち主の感情を糧にする。呑まれないで。ゆっくり手を離すんだ」
由市が普段とは違う、落ち着いた声音で言う。
言葉に従うように、江理の指が刀から離れた。
「――あの娘は――」
「逃げた。ひー君も一緒だろうね。でも相当の深手だったから、暫くは姿を現さないと思うよ。まぁ、それはこっちも同じたけどね」
見ると、由市のコートが破けている。
所々血も滲んでいる。
避難していた筈の新にまで、被害が及んでいた。
刀の影響なのだと、江理は直感した。
「すいません勝手に――っ!?」
身体を動かした瞬間、激痛が走り、江理は思わず呻いた。
「うん、何気に江理ちゃんが一番の深手だから」
見ると、全身に裂傷ができている。
「お前、自分で何したのか覚えてないのかよ」
「……全然……」
新の声に返しつつ、周囲を見る。
地面が抉られ、木々は根元から倒れている。
最早、公園とは呼べない有様になっていた。
視線を刀へと向ける。
「周囲に衝撃の余波を与え、使用者にまで被害を及ぼす。……君はもう知っているだろう?」
刀を鞘に納めながら由市は言う。
「君がこの先も見届けたいと思うのなら、禁忌に触れるという事を覚えておいて。もしかしたら、これぐらいじゃ済まないかも知れないよ」
由市はワザと刀から手を離したのだと、江理はようやく理解した。
「……覚悟は、できています」
――何年も前から。
『……ヨウちゃん?』
――虚ろな自分の声。
――目の前に広がる紅い液体。
「私は、最後まで見届けたいんです」
江理の言葉に、由市は「判った」と頷いた。