7、解放されたのは
「金村燿子が攻撃を仕掛けた時、まだ沢城枝里奈は自分の能力に気付いていなかった」
永は言う。
「“あの言葉”さえ言わなければ、沢城枝里奈が死んでいただろう」
金村燿子が吐いた言葉。
「――『私には、普通の人にはない力がある。あんたみたいな生きている価値も意味もない人間とは違う。この私の能力を使う事すら勿体ない』」
少女の声が闇に響いた。
「……そう、言われました」
沢城枝里奈だった。
いつの間にか、俯いていた顔を上げている。
年相応の幼い顔に、輝きを失った暗い瞳が少女の生気を奪っていた。
「ヨウちゃんが目の前でいなくなった時、誰も私の事を気にしませんでした。むしろヨウちゃんが消えたのは私の所為だ、と言われました。『何で、彼女じゃなくてお前が消えなかったんだ』と」
淡々と、枝里奈は言う。
「両親が言うには私は価値のない人間だそうなので、むしろ私がいなくなった方が良かったとまで言われました」
周囲の人間にも、両親にもそう言われ、少女は価値の無い存在として今まで生きてきた。
「ヨウちゃんと高暮さんの二人が家に来た時、『あぁ、自分は殺されるんだ』と解っていました」
『神隠しを目撃した人間』は『存在しない』のだから。
「目撃者は、『神隠し』に遭った人間に殺されていたんですね」
枝里奈の視線が、何故か自分に向けられた気がして、江理は思わず身を強張らせた。
「でも――」
殺されると知っても、枝里奈は逃げなかった。
「私が死んでも、たとえ殺されたとしても、誰も私の事は気にしない。だったら生きていても無意味だと思いました」
だから。
「私はこの人に付いて行く事を決めたんです」
金村燿子に殺される為に。
「存在を認めて貰いたかった訳ではありません。役に立たないと言われても別に構わない。ただ――存在した事を覚えていて欲しい。それだけだったんです」
私が存在していた事を忘れないで。
そう、願った。
「一人でも本当に私の事を覚えていてくれたなら、それだけでも私には存在していい理由があったと、そう思えたなら私は死んでも良かった」
その対象が、自分とは真逆の性格をした金村燿子だった。
「彼女に殺されるなら、彼女が覚えていてくれたなら。……そう思ったのは確かです」
しかし、拒まれた。
「私には友達と呼べる人はヨウちゃんしかいなかった。彼女はそんな事を思っていないと解っていても、私は他に頼る人がいなかった」
全てを否定された瞬間、沢城枝里奈の能力は解放された。
「私は殺されなかった。そして、あの人が言ったんです。『君は君や周囲の人間が思っているよりもずっと価値のある人間だ』と」
一緒に行こう、と。
全てを否定されていた自分に優しく差し伸ばされた手。
掴む事は、易しかった。
易し過ぎて、掴んでしまった。
「私は存在していいと言われた。それがたとえ『化け物』としての価値なんだと言われても構わない。私は私だから」
嬉しかったんです、と無表情のまま、少女は言う。
「殺したくはありません。でも私は生きていたいんです。だから――」
死んで下さい。
言い終わるよりも先に、枝里奈は左手を差し出していた。