6、選ばれたのは
「ぅ……」
「ぐ……」
あまりのグロテスクさに、江理と新は絶句した。
由市は微動だにしない。
「これが、彼女の能力さ」
弾けた肉塊が、それぞれ生物の姿を象ろうとしていた。
血液すら、何らかの形を作ろうと不自然な動きを見せている。
「自らの肉体を分離、意思のままに操る能力。……但し、彼女はその能力を使い過ぎた。だから肉体を保てなくなり崩壊した。俺は最初止めようとしたんだが聞かなくてな」
自分の行為を無視し、永は言う。
暫くすると、金村燿子の身体は原型を止めない程に崩壊し、紅い塊としてその場に残った。
「……彼女の腕はどうした?」
由市も気付いていたらしい。
「現場には腕が残されていた筈だけど」
「あれは確かに彼女の腕だが、そもそも……いや、最初から説明する必要があるな」
面倒そうに永が由市に向き直った。
「二日前に金村燿子が『神隠し』に遭った、という話は知っているんだよな? じゃなきゃここまで来ないだろうが」
「唯一の目撃者が沢城枝里奈だって事もね」
「そこで俺達の立場が問題になる」
「……立場?」
「加害者と被害者と傍観者。それぞれの視点からでは物の見方が変わるんだよ」
「あー、なんかそういうの聞いた事ある。なんとかの猫っつったっけ?」
「知らん」
切り捨てられた。
「ひー君、浅学さは相変わらずだね」
「そんなもの、別に生きるだけなら必要ない。……何の話だったか忘れるからお前はもう口を開くな。――それで、だ。まず傍観者たるお前らの視点はこうだろう」
と永は由市達三人を指差した。
「金村燿子が失踪し、次に沢城枝里奈が連れ去られた。犯人は俺」
「そのまんまじゃん」
「だから喋んなって。――だが、そこで既にズレが生じている」
「ズレ?」
由市が聞いた。
「……もういい」
どうやら諦めたらしい。
「傍観者側からでは目で見た事、それ自体が事実として決定されてしまう」
永は話を続けた。
「正直に言うと、俺は沢城枝里奈を“連れ去った”覚えは無い」
「……それは」
思わず江理は呟いた。
それはつまり。
「そう。沢城枝里奈は自ら進んで付いて来た」
江理は三つ編みをした少女を見た。
表情は、まだ見えない。
「何の為に」
由市は聞いた。
「金村燿子と話す為に、かな。事実俺は金村燿子を連れて沢城宅を訪れた。だが、俺は二人を会わせる為に行った訳じゃない」
「じゃあ何しに行ったのさ」
「沢城枝里奈を殺しに」
――元々、噂にある『神隠し』とは、行方不明になった人間が存在していることに対しての、現象に付けられた名称である。
『神隠し』自体を目撃した人間は存在しない。
そういうことになっている。
もし、存在していたとしても。
――消されるのだ。
それを、江理は知っていた。
「でも生きてるじゃん」
と由市は言った。
連れ去られて一時間以上経過しているにも関わらず、沢城枝里奈は生きている。
「事情が変わったのさ。さっきお前らが来る前に済まそうと思ってけしかけたんだがな」
驚いたよ、と永は笑みを浮かべた。
「まさか殺そうとした相手が“本命”だったなんて、な」
江理は再度沢城枝里奈を見た。
街灯で影になった側の腕。
それは右腕だったのだが。
肩から先が、無くなっていた。
「ここで訂正させて貰おう」
永は言った。
「『神隠し』とは、常人成らざる人間を集める為の装置に過ぎない。身体と記憶の欠如は、能力を覚醒させた代償といった所だ。そして今回の犠牲者は金村燿子。だが――」
――『神隠し』の犠牲者ではない、と永は否定した。
先に消えたのは金村燿子。
次に消えたのは沢城枝里奈。
それは『行方不明』と『失踪』の違い。
同じではあるが、実際には歪みが生じていた。
連れ去られたか。
自ら赴いたか。
赴いたとしても、必ず選ばれるとは限らない。
しかし。
『能力』が問題だったのではない。
『性質』が問題だったのだ。
今回選ばれた子供は――。
「俺が真に求めていたのは、沢城枝里奈だった、という訳だ」