10、回想するのは
「――本当に、何も見なかったのかい?」
由市の問いに、少女は頷いた。
少女の名は矢波江理。小学五年生。
当時高校に入学したばかりの由市は、それ以降の質問に悩んでいた。
否。それより。
矢波家に漂うよそよそしい空気に、由市は戸惑っていた。
最初、居間に通された時からおかしいとは思っていたのだ。
家には少女が一人いるだけで、他には誰もいなかった。
「……お父さんとお母さんは、仕事?」
思わず、由市は聞いていた。
「……お母さんは、仕事。お父さんは、先月家を出ていきました」
離婚したので。
と少女は淡々と言った。
家庭の匂いのしない家。
目の前の少女は、ずっとこの家で、一人でいたのだろうか、と由市は思わず考えた。
「……何かあったら、連絡して」
名刺などはまだ所持してなかったので、名前と自宅の電話番号をメモ帳に記載し、そのページを破って少女に渡した。
「…………」
少女は無言でメモを見る。
「……それじゃあ」
由市は腰を上げ、玄関に向かう。
「お兄さんは」
外に出てドアを閉めようとした時、少女は質問した。
「何で、そんな事を聞きに来たんですか?」
由市は振り向く。
「んー……ちょっと友達が巻き込まれててね」
苦笑しつつ言う。
「……ヨウちゃんと同じ」
『ヨウちゃん』とは少女の友人である。
数日前、少女の目の前で『神隠し』に遭っていた。現在も、未だ行方は知れない。
「……そうだね」
由市は相鎚を打った。
……多分、意味合いが違うけれども。
「お兄さんは、その友達を探しているんですか?」
「そう、だね」
「大切なんですか?」
「…………」
すぐには答えられなかった。
自分は、何の為に姿を消した彼を探しているのか。
「大切というよりも……その逆かな」
……自分が彼を探す理由。
――由市は、親友とも言える高暮永を殺す為に、彼を探していた。
湯山家には、曰く付きの品が『封印』されている。
叉乱もその中の一品である。
そして、高暮永が湯山家から持ち出した品がある。
万象を斬るとされる妖刀『至暮』、千里を見渡すとされる鏡『臨嶺』。
それらは、由一と新の父親を殺し、永が奪った。
――と、本人が言っていた。
当時、現場にいなかった由一には、本当かは分からない。
しかし、それらの品が永の手元にあるのは確かだ。
かつて、父は言った。
――この町には昔から、八百万の神が存在していると言われている。八百万の神が人間の邪気に触れると、『堕ち神』となる。それを鎮め、在るべき場所へ返すのが湯山家の裏の仕事でな。……人間に堕ち神が宿ると、元の神の力が使えるようになったり、運が悪けりゃ気が狂ったりすることがある。
――あいつのように。
と。
その『あいつ』が高暮永の父親であり、自分の父親が殺したのだと知ったのは、永が由一の父親を殺したと告げた時の話である。
永の目的は、復讐だ。
但し、父親を死なせた全てに対して、その矛先は向いている。
即ち、『神』に対しても同等である。
堕ち神になるには神がいる。
ならば、その存在をなくせばいい、と。
顕現しうる神を探すために臨嶺を。
通常殺せない神を殺すために至暮を。
永は、持ち出した筈だった。
しかし、神隠し事件が起こり、由一は疑問に思い。
――再会した永は、堕ち神を作り出していた。
しかも、そのことに対して永は疑問を感じてはいないらしかった。
臨嶺と至暮の妖気に取り込まれたか、と由一は考えた。
封印されていたモノは、神の力を宿している品もある。
まだ、人としての意識はあるようだが、それがいつまで保つかは分からない。
――永自身が堕ち神になる前に、彼を殺さなければならない。
親友として。
必ず、終わらせる。
――叉乱に、取り込まれる前に。




