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矛⇔盾 ~自分を変える為に、異世界を生きるんだ~  作者: 酒虫 不眠 (サカムシ ネズ)
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第四話 ~カンタリス自警団~

第四話 ―カンタリス自警団―


酔っ払いは完全に唖然としていた。

僕も唖然としていた。

リズは目に見えて動揺していた。

当たり前だ。

厚さ3ミリ程度の薄い銅版が、一升瓶による一撃を、いとも簡単に防いでしまったのだから。

しかも銅版は折れ曲がる所か傷一つついていない。

僕の物理に関する知識は、とても自慢出来るような物じゃない。

けれども、少なくともこの状況がとても可笑しい事は分かる。

だとすると、当然。

物理法則以外の何かが介入してこうなったと推理するべきだ。


「こ、こんのガキゃぁ〜、ナメやがってえぇ〜!」


おいおいおいおいおい!

懐からメリケンサックを取り出したぞ!?

しかもそれを慣れた手つきで装着している!

何者なんだ、この酔いどれ!?


「うぃ〜ひっひっひっひ・・・今日は俺は機嫌が悪いんだ・・・逆らう奴は・・・目に物を見せてやるぞぉ〜!」


「いい加減にしてください!これ以上暴力を振るうつもりなら、『自警団』を呼びますよ!」


『自警団』?この町の保安組織だろうか。

警察、では無く自警団というあたりが異世界らしさ(?)を感じさせる。

だが、アルコールで冷静な判断を失っている男は、そんな警告にも意を介さない。


「俺はぁ・・・元・自警団員なんだぞぉ〜っ!?あんなふぬけた連中に、負けるかってんだぁ〜!」


「元・自警団でこれとか、救い様が無いわね本当に!」


「かっかっかぁ〜っ!何時までその減らず口が叩けるかな、かわいこちゃぁ〜ん?

まずはこのガキぶっ潰してからぁ、沢山ニャンニャンしようやぁ〜!」


「!」


右ストレート!早い!

くそっ、手元にある道具で役に立ちそうなものと言えば、店のプレートしかない。

さっきは攻撃を防げたけど、今回も防げる確証は無い。

でも何もしなければ、あのパンチをモロに食らってしまう!

僅かコンマ数秒の間に、目まぐるしく脳内を思考が駆け巡った。

迷っていられない。

気がついた時には、僕はもう既にプレートで自分の身を庇っていた。


「あっち行けよ、オッサン!!」




ガキィィィィィン!!!




「・・・」


「・・・」


「・・・」


僅かな沈黙。

それを切り裂いたのは、意外にも、


「い・・・いだだだだだだ!か、硬えぇぇぇ〜〜〜っ!」


「どういうことなの、これは・・・?」


酔いどれは、自分の右腕を抱えたまま、悶絶していた。

まるで壁に思いっきり殴りつけたかのように、手が赤く腫れている所を見ると、

もしかしたら指の骨にひびが入ってしまったかもしれない。痛くない訳が無いな。

完全に自業自得なので、一切の同情心は無かった。けれど、不思議でならなかった。

薄い銅版如きでメリケンサックの衝撃を完全に防げていたら、

映画やドラマにおける殴り合いのシーンが、それはそれは拍子抜けな物になってしまうではないか。

たとえ僕は拳の直撃は防げても、パンチの勢いを殺せずに、後ろへ吹っ飛んでも良い位だった。

しかし、僕は余裕綽々のまま立っている。ダメージを受けているのは、作用反作用の効果で、

与えるはずだった衝撃を丸ごと受けてしまっている酔いどれの方だ。


これは、もしかすると。


転生を果たした際に、何か特殊能力を授かったのかもしれない。


よくある転生ものの話では、ここから主人公は成り上がって行ってハーレムを築き上げるんだが、

果たして。


「何の騒ぎだ!?ウチの娘とバイトに何をしている!?」


店先の騒ぎを聞きつけたパン屋の店主が駆けつけてきた。

瓶の割れた音の影響は大きかったみたいだ。

普段は優しげな顔で、我が子のように大事にパンを作っている店主は。

今や鬼神もかくやというほどの凄い形相で、不審人物を睨めつけていた。

身長180cmの、程よく筋肉のついた体を持つ店主から放たれる眼光は、

肝っ玉の小さい酔っ払いを追い払うのに十分過ぎる位の威力を持っていた。


「く、く、くそぉっ!覚えてやがれ!精々夜道には気をつけるんだな、ガキィッ!!」


「―――子供相手に随分と物騒な物言いですね」


一瞬何が起こったのか分からなかった。

銀色の何かが闇夜の中から這い出してきて、酔っ払いの腕と足を拘束してしまった。

当然バランスを保てずオッサンは転倒。

その顔を、メガネを掛けた男が、何時の間にか見下ろしていた。

その手からは、酔いどれをがんじがらめにしている、銀色の何かが出ていた。


「自警団に入って尚、自堕落な生活を続け、

あまつさえ女性職員にセクハラをかける始末。

報告書に違わない屑っぷりですね?」


「は、は、離しやがれ、自警団のイヌがっ!」


「ええ、たっぷりと話しましょう。管理棟の中で」


メガネの男は酔っ払いの喚きに目もくれず、襟首を掴んで強引に抱え上げた。

そのほっそりとした体形からは想像出来ないほどの腕力だ。

どうやら首が少し絞まるらしく、酔いどれはじたばたしながらも静かになった。


「とりあえず、この者は連行しますので。怪我人はいますか?

何やら、そこの少年は、その薄い銅版でこの男の攻撃から身を守っていたようでしたが・・・」


自警団に入っていると思しき男は、僕の方を見て聞いた。

栗色のくせっ毛を持つ、見た所三十ほどの彼は、

茜色の瞳でこちらを真っ直ぐと見据えていた。

なんだかこちらの内面まで見透かされているようだ。


「あ、僕の方は平気です。彼女の方も・・・何とか」


「そのプレート、とても防具には見えませんが、それでメリケンサックの一撃を防ぐとは。

君の【防御力】は実に興味深い」


「・・・防御力???」


「・・・明日。午前9時。またここに来ますので、よろしければ予定を空けておいて下さい。

では皆さん、良い夢を」


言いたい事だけ言って彼は去ってしまった。片手でへべれけを引きずりながら。

事ここに来て【防御力】とか、いよいよもって異世界ファンタジーらしくなってきたな。

自警団の人なら確かにこの世界について色々知ってそうだ。

魔力が何なのかー、とか、そういった類の疑問に答えてくれるかもしれない。

如何せん、僕はこの世界について知らなさ過ぎる。

一般常識についてはリズとその両親が丁寧に教えてくれたけど、

先程のような怪現象については、完全に彼女の理解の範疇を超えているようだった。

なら、そろそろ僕も本格的に自分で情報収集を始めるべきなのかもしれない。

この力を使いこなして出世したい、とかそういうものじゃない。

単純に知らないままでは気になるのだ。

だからこそ、話だけでもする価値はあるかもしれない。

答えが見つからずとも、ヒントは得られそうな気がする。


「やれやれ・・・。このあたりもすっかり物騒になっちまったもんだ。

ま、こんな時間にまで見回りを行なってくれる自警団様様ってとこだな」


「・・・もうっ!お父さん、来るのが遅いのよ!私、怖かったんだから!」


「ごめんよ、リズ。お父さん、物事に集中すると周りの事が見えなくなってな。

明日の仕込をしていたら、すっかり没頭してしまってたんだよ」


涙目になりながらリズが父親に抗議する。

無理も無い話だ。女の子にとって、凶器を持った酔っ払いがどれほど怖いものか、想像に辛くない。

・・・そういえば。

リズなら、自警団についてよく知っていそうだ。

あのメガネの人と話すかもしれない以上、彼の所属する組織について知っておいても損はしないはず。


「なあ、リズ。もし良かったら、後で自警団についてちょっと教えてくれないかな?

あの人がどんな人なのか、少し気になってさ」


「え・・・あ、うん、いいよ・・・ただ、ちょっと疲れちゃったから、シャワー浴びた後でいいかな?」


「構わないよ。しっかり疲れを取っておいで」


いつもより控えめな笑顔を見せた後、リズは先に店の中へ入っていった。

その場に残っていた店長が、僕へ向かって、頭を下げてきた。


「ありがとうな、娘を守ってくれて。これだけでも、お前さんを家に引き入れて良かったと思えるよ」


どうしよう。

なんだか落ち着かない。

居候先の御主人が、僕に頭を下げて、謝礼の言葉を述べている。

こんな経験をするだなんて、今まで一度も想像したことがなかった。

たまらず、僕は


「いやいやいや!頭を上げてください!リズは僕の大事な仕事仲間ですから、守るのは当然ですよ!

というか、それ以前に、僕の立場にあったら誰でも同じ事してたと思いますし!」


それだけ言ってようやく頭を上げてくれた。

ふう、なんだかどきどきするなあ。


「出来たら後でリズと話してやってくれないか。あれだけの事があった後なのだから、

少し気持ちを落ち着けてやって欲しい。

きっと同年代のタテモリのほうが、あの子も気兼ね無く話せるだろう」


勿論、それはこちらとしても願ったり適ったりだ。

当然断る理由が無いので、快諾した。

店主は安心したようにこちらを見て微笑んでくれた。




―――*―――




「さっきはありがとうね、タテモリ。私を守ってくれて、本当に嬉しかった」


隣に座っているリズが、こちらを真っ直ぐ見て、感謝してきた。

場所はリズの部屋。僕と彼女がベッドに腰掛けている。

女子のベッドに腰掛けるのも気が引けたので、椅子に座ると言ったけれど、

強引に隣に連れて来られてしまった。

シャワーを浴びた後なので当然良い匂いがしており、しかも寝巻き姿なので、

健全な男子たる僕はそれはもう落ち着かなかった。なんて情けない。


「気にしなくていいよ。僕の立場に居れば、誰だって同じことしていただろうし」


なんだかリズの目を見て答えるのは恥ずかしかったので、少し俯いたまま返事をした。

右手の指がしきりに左手の指を弄る。挙動不審と思われているだろうか。

恋愛感情を抱いてないはずなのに、そわそわしてしまうのは自分が変態だからではないと信じたい。

そんな僕の些細な葛藤に気づく訳も無く、彼女は更にこう続けた。


「たとえそれが事実でも、現実では他ならぬ君があそこにいて、

他ならぬ君が私を守ってくれた。そうやって自分を卑下する必要は無いよ」


なんだかとてもくすぐったい。

まるで数日前まで完全に冷え切った心を持っていた僕ではないようだ。

今の僕はかなり生き生きしているように見える。この生活が僕を変えているのだろうか?

忘れた頃に頭痛が襲ってきたり、未だに全然記憶が戻らないけれども。

でも確かに、僕は変わって来ているみたいだ。


「それで、えーと、自警団について聞きたいんだよね?」


おっと、主目的を忘れるところだった。


「そうなんだ。町の治安を守る組織、という事は分かるんだけど。

例えば本部は何処で、どれくらいの規模で、主な仕事は何なのか、とか。

そういう事が気になって。あ、あと地味にどうやって入れるのかも」


「あはは、よかったぁ〜。私にも答えられそうな質問で」


リズがおどけた風に笑って見せた。


「まずは、自警団が何なのか、という説明からだね。

といっても、いち一般市民でしかない私の知っている範囲でしか答えられないけれど・・・」




―――*―――




リズの話を纏めると、こうだ。


自警団の正式名称は【カンタリス自警団】で、元はといえばカンタリスと

その周辺の警備を担っていた組織だったらしい。

それが、治安の悪化などによる需要増加から、最近、

セントリア本部以外にも幾つかの支部を他の町に作ったらしい。

主な仕事は町の見回りと犯罪者の連行で、必要あらば荒事の処理も請け負うとか。

少し変わっているのは、保安組織にも拘らず、政府直属ではないという事だ。

町の安全を守る仕事を、政府が自警団に依頼しているような関係、みたいだ。

入団するには【自警団養成学校】という教育機関で、

3年にわたって専門訓練と専門教育を受けなければならないらしい。

17歳の健康な若者なら誰でも入学試験は受けられるようなので、理論上は僕も入れるということだ。

ただ、案の定というか、中々にハードな職らしいので、長続きしない者も多いとか。

規模の方は、リズはあまりピンとこないようだ。ただ、五個ほど支部がある事を考えると、

それなりの数の人員が所属しているのが予想できる。


あのメガネの男は、リズ曰く「自警団員」らしい。

ネイビーブルーを基調とした、ヨーロッパの軍服っぽいあの特徴的な服は、自警団員の制服らしい。

肩の紋章によって位が分かれているらしいが、

星が大きくて多いほど偉い、という事以外は分からないらしい。

軍靴を履いて、ビシッと軍服っぽい制服を着こなしている様からは、中々の威圧感が醸しだされている。

この付近では見かけた事が無いらしい。そこから察するに、彼は別の町に配属されている職員のようだ。

これは憶測でしかないけど、もしかしてあの酔っ払いを追いかけてこの町に来たんじゃないか?

どうもあの酔いどれ、自警団を追い出されていたみたいだし。大方、懲りずにまた不祥事を起こして、

自警団員から目を付けられていたんではないのだろうか。だとすると実にしょうもない大人だ。


とりあえず、自警団周りの知識は必要最低限はそろえた。

あとは、メガネの男の正体は明日探ってみるとしよう。




―――*―――




「・・・あの防御力。見事な物だ。

きっとコースコーズさんでさえ、あのような防御は出来ない。

このポンシャルを、燻らせておくのは惜しいですね。

彼自身の道は本人の判断に任せておくとして。

私の方は、焚きつけるだけ焚きつけておきますか」

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