第二話 ~そして始まるセカンドライフ~
第二話 ―そしてセカンドライフが始まる―
「ねえ、大袈裟過ぎる嘘は却って怪しさを増すって、君も分かってない訳じゃないでしょ?」
知らない事を知らないと素直に白状したら、(案の定というか)嘘吐き認定されてしまった。
まあ、目の前の彼女が、僕の居た世界に行ったとしても、きっと同じ反応を僕は返していただろう。
カンタリス、という聞いた事も無い単語に対する無知だけでこの扱いなので、
後半の「異世界がどうたら」という呟きを聞いていたら、何も言わずに救急車を呼んでいたかもしれない。
・・・そういえばこの世界には車がないんだったな。(たまたまこの町に無いだけかもしれないけど)
「なんでホームレスになったのか、話したくないって感じね。
まあ、無理に聞きだそうとするほど私も野暮ではないから、安心して頂戴。
ただ、これだけは正直に答えて欲しいかな」
半分ほど残ったオムライスを、上品にナイフで四等分にした後、
パン屋の娘は少し真面目な顔つきで僕に問いかけてきた。
「悪い事をして、こうなったんじゃないんだよね?」
「悪いこと、か・・・」
こめかみ辺りが疼く。燻っていた火が再燃したかのごとく、頭痛がまた現れ始めた。
僕は自分で自分を殺した。そんな洒落にならない終末を迎えたからには、
きっと何か理由があるに違いない。
それも、仄暗く、後ろめたく、思い出す事も憚れる様な、惨憺たる理由が。
そういう意味では、僕は悪い事をしたのかもしれない。
「・・・まさか、本当に悪事を働いた事があるの?」
答えに詰まる僕を見て、彼女が僅かに眉を顰めた。
「犯罪を犯した、という意味での『悪い事』なら、僕はしていないし、するつもりも無い。
でも、だからといって僕が善人かと聞かれたら・・・僕は自信を持って『そうだ』と言えない」
「・・・つまり、あなたは誰かに『悪い事』をした、ということなのね?」
「多分・・・ね。本当は、それに関する記憶が無いんだ。
無意識に傷つけたから、とかそう言う次元の事じゃなくて。
自分はとても酷い過ちを犯してしまった、という確信はあるんだ。
でも、それが何なのか、そして誰に対してそんな事をしてしまったのか、
思い出したくても、思い出せない」
「・・・だからなんだね、君がそんな顔をしているのは」
「えっ?」
慌てて自分の顔をぺたぺた触る。
そんな顔って、どんな顔だろうか。
「・・・ぷっ、あははははははははははは。そこで本当に自分の顔触る?
表情の話だよ、表情の。疎らに生えた無精髭とかの話じゃないよー」
朗らかな笑い声を出しながら、パン屋の娘が突っ込む。
・・・無精髭が生えているのをさり気に指摘されてしまった。
というかこれは無精ひげじゃない。年が年だからまだ完全に生え揃っていないだけなんだ。
17のトゥヤングボーイにはダンディな髭など夢のまた夢。
まあそんな事は置いといて。
手元にスマホがあれば、自分の顔も確認できたのだけど。
「なんていうかね、君の今の顔。まるで生きる事を諦めた人みたい。
こう言っちゃなんだけど、生き生きとしていないんだよね。
何が起こったのかは分からないけど、きっととても辛い事があったんだね」
「・・・」
なんだろう。
彼女に指摘されて、改めて考えてみると、確かに。
僕は今、まるで惰性で生きているかのような、気だるげな気分でいる。
もしかしたらあったかもしれない人生の目標だとか、やってみたい事だとか、
そんなものは遥か彼方に置き去りにしてしまったみたいで。
正直、この世界では、ただただ平穏に生きていたい。
たとえ平坦でモノトーンな日常を送る事になろうとも。
命の灯火が消えるその時まで、この無価値な命を消費するだけ。
心の片隅で「それは間違った選択だ。お前にはやるべき事がある」と、必死に訴えかける声があるも。
真空の如く虚無に満ち溢れた僕の心では、伝達されることも無い。
数十秒の沈黙の後。
突然、彼女はポン、と右手で左掌を叩いて、何やら一人で納得したような顔をした。
「見た感じ、悪人では無さそうだし。そんな深刻そうな顔されると、
私としても見て見ぬ振りはしたくないんだよね。そういうわけで、君!」
少し身を乗り出し、こちらの眼をまっすぐ見据えて、驚きの提案をしてきた。
「ウチに住まない?」
―――*―――
願ったり適ったり、という慣用句は御存知だろうか。
衣食住は人間の生活を担う三大要素だし、どれか一つでも欠けていると著しく生活水準が下がってしまう。
故に、それを確保できると言うことに、素直に喜ばなければいけない。
たとえ、『アルバイト』というオマケが付いてきたとしても。
「はい、ここが件の物置部屋ね。箱とかどかせば人一人が寝れる位のスペースはあると思うから、
頑張って整理してね!」
パン屋の娘は、『店の手伝いをする』という条件で、
僕を物置部屋に住まわせていいと言ってきたのだった。
どうやら両親には既に報告済みらしく、タダで働く男の従業員が増えた事に素直に喜んでいるようだった。
客の入りが良くなってきた代償として、一家三人だけでは店をまわせなくなっていたらしい。
つまり、僕を体の良いアルバイターとして引き入れる気満々だったということだ。
まあ、それで僕は不利益を被るどころか、寧ろプラスの要素が多すぎるくらいだ。
僕のするべき主な仕事は、店先の掃除とゴミ捨て、接客など。
買出しは、この辺りで顔のきく彼女が引き続き行なっていくようだ。
一応、前の世界ではレジ打ちのバイトを経験しているので、僕でも接客は何とかなるだろう。
つまり、この条件をのまない理由が何一つないということだ。
「物置部屋というから、もっとゴチャゴチャしてて埃っぽいかと思ったけど、意外とすっきりしてるんだ」
このパン屋は二階建て構造になっており、一階のカウンターから
向かって左にある階段を上った先には木製の扉が。
その先はリビングであり、木製のダイニングテーブルと切り株で出来た椅子が四個置いてある。
右手のほうには台所が、奥には一家の部屋へと続く廊下がある。
その廊下の突き当りにはパン屋の店主夫妻の部屋と、左には娘の部屋。
例の物置部屋は、リビングと娘の部屋の間にある空間を利用して作られたものだった。
それゆえ、狭い。しかし、ガラクタ自体はそこまで多くなく、小さいながらも窓が設けられているため、
予想よりだいぶ住み易そうではあった。これなら片付けにもそう時間は掛からないかもしれない。
「私の両親は元々田舎の生まれでね。長いこと質素な生活をしてきたから。
ウチではあまり物を買って貯め込む、っていう事が無いのよ」
「とりあえず、ここを片付けた後、、仕事を教えてくれるかな。
厄介になる以上、なるべく手伝える事は手伝うよ」
「うーん、そうだなあ。とりあえず、今日の所は店の隅っこで店の動きを観察してて。
動きの多い時間帯とか、客層とか、注文の多い品物とか、そういう要素をしっかり捉えてもらわないとね」
「覚えるべき事が多そうだ。まあ、やりがいは無いよりも有る方が、僕は好きだけれど。
分かった、今日は見学だけに専念しておくよ」
彼女は満足そうに「よし、よし、やる気のある若者は好きよ。おっと、私も若者だろ、
という突っ込みはナシでね」と、
歯並びの良い白い歯を見せながら微笑んだ。
「あ、そういえばさ。とても大事な事を忘れてたんだけど」
なんだ?まさか追加条件でもあるというのか?
『コムギコノヨウナナニカ』を、秘密裏に運ぶお仕事のお手伝いとか?
・・・流石に無いか。くだらない。
「私達、お互いに自己紹介してなかったよね。私はリズ。リズ・バークリー。よろしくね。君は?」
なるほど、確かに。
お互いの名前も知らないまま、話を進めていたな。
さて、僕も当然名乗るべきだが、ここで一つの考えが頭を過ぎる。
僕の名前は立石 守雄。17歳の、元・高校3年生だ。
だが、それは前の世界でのアイデンティティ。
折角僕は異世界に来たんだ。それも、自分の命を捨ててまで。
だったら、前の自分とは全く関係の無い身分を名乗ってやる。
もう、前の世界の事なんて関係ないのだから。
だとすると、僕はどんな名前を僕に与えようか。
・・・
悩むこと、一分。
あまり悩みすぎると、自分の名前まで知らないのではと不必要な心配をかけてしまう。
なんだか、捻りの無い物しか思い浮かばなかったが、取り敢えずこれで妥協しよう。
これが、この世界における、僕の新たな名。
これが、【今の僕】が、【前の世界の僕】との関係を断ち切る為の王手。
「僕の名は【タテモリ】。これからもよろしく、リズ」