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矛⇔盾 ~自分を変える為に、異世界を生きるんだ~  作者: 酒虫 不眠 (サカムシ ネズ)
2/5

第一話 ~目覚めれば、そこは~

―――自分は確かに死んだ。

今際の記憶が思い出せないが、死んだのは間違いない。

何故なら、自分の命を刈り取った死神は、他ならぬこの僕なのだから。

しかし、それにしてはおかしい。

何故、そしてどうやって、自分を自分で殺したのか思い出せない。

そもそも、何時自分は死を決意したのか、という重要な記憶も忘却の彼方にあり。

開頭して、脳を取り出して、滅茶苦茶に捏ねくりまわしてやりたくなる衝動に襲われる。

それぐらい、このアムネジアは気持ち悪かった。

何とか思い出そうと眉を顰めても、表れて来るのは言いようの無い頭痛のみ。

まるで『思考』というカードをシャッフルしているかのような、纏まらない脳内。

全てを忘れているよりも、半端に記憶を保持している方が厄介で。

手元にある謎の答えを探そうとするのは、そもそも謎がある事を知らないより不幸だ。

いっそ、全てを投げ捨ててベッドに横になり、お天道様がもう一周するのをただ待っていたかった。

が、どうやら、目の前の現実はそれを許してくれないらしい。


「・・・どこだ、ここ」


確かに自分は21世紀の日本の市街地で死んだはずだが、

眼前に広がる風景はあまりにもミスマッチ過ぎる。

勿論、死んだはずの自分が生きている時点で突っ込みどころ満載だけど。

それ抜きにしても、これはおかしすぎる。

洋風なやや古めかしい建物。電線はなく、道を走っているのも自動車ではなく馬車や自転車だ。

というかその道も石畳だ。生まれて初めて見たぞ。

見た感じ商店街か?野菜を売ってる露店が疎らにあって、

道の両脇にやれ雑貨店だのパン屋だのが所狭しと並んでいる。

新聞を売り込む少年に、通行人に呼びかける花売りの娘。

やたらデカイ声で売り物の鮮度をアピールするオジサン。

少しでも値切らんとして、店主に泣きつく客。

店前で井戸端会議に勤しむ主婦達。

正に、ネットで見た『ヨーロッパの古き良き下町』そのまんまだ。

つまりは、この場所も時代もあまりに出鱈目で理解が追いつかない、ということだ。

なぜか文字が読める所が、最高にご都合主義的だ。

まさかとは思うが、これって―――。


「どうしたの?地べたに座ってボーっとしてて」


声の方を見てみると、パン屋の少女が不思議そうにこちらを見つめていた。

肩まで届くウェーブがかかった金髪。まるで人形細工のような透き通る碧眼。

年は僕と大体同じくらいか?勿論、目の前の彼女が、普通に年をとる人間であれば、の話だけど。

シャツとブラウスの上からエプロンを羽織っている。仕事中らしい。

どうやら、店の前で明後日の方を見ながら呆けている僕を不思議に思ったみたいだ。

『不思議』、程度であればまだマシか。下手したら『不審』に思われているかも―――


「もしかして、アレ?お腹が空いてパンが食べたいけど、実は無一文とか!」


『不思議』でも『不審』でも無くて『ハラペコ』と思われていた。

だが図星。事実、腹は減っているし、財布も何も無い。

如何ともしがたい気だるさが僕を支配していたが、空腹に抗おうとするのは得策ではなかった。


「実は・・・まあ、その通りです。家無し、金無し、食無しの三重苦なワケで」


今の状況を最も簡潔に言い表したらこうなる。

どうやら今の台詞で、パン屋の娘は色々と察してくれたみたいだ。


「ああ、そう・・・ワケあり、なのね?とりあえず、そんな所に突っ立ってないで、店に入って!」


右も左も分からぬこの状況で、人に借りを作るのはなんだか気が引けた。

しかし、自分がかなりやばい状況にある自覚はあるので、お言葉に甘えて店に入れてもらう事にした。

とりあえずこの場所について聞きだそうと、僕が口を開きかけた時には、

既に女の子はカウンターの方へ移動していた。素早い。

パン屋の内装はアンティークさすら感じさせる、可愛らしいデザインだ。

メニューはカウンター上部にある黒板に書かれており、

チョークのかすみ具合から毎日書き変えている様だった。

カウンターには先程の少女がテキパキと接客を行なっている。若いながら中々の手際の良さだ。

僕の事が少し気になるようで、時折こっちを見ては、次の瞬間には客の相手をしていた。

カウンターに向かって右には、西洋劇でよく見るバーの扉っぽい物が、

左には、上へ続く階段があった。見た所このパン屋は店主の家でもあるらしい。

二階が居住スペースだろうか。

階段近くには大きな木製の壁掛け時計が掛かっていた。

月と太陽があしらわれた文字盤から、今は朝9時という事が分かる。

反対側にある扉は、どうも厨房に続いているようだ。何やら食器を洗ったり片付けたりしている音がする。

そのすぐ傍には、古めかしい白黒写真が飾られていた。ありし日の店主とパン屋だろうか?


一通り店内を監察し終えた頃に、パン屋の娘は接客を切り上げ、厨房へ向かった。

ピークの時間帯は過ぎたみたいで、ようやく店内に静けさが戻った。

すると、厨房から出てくるやいなや、少女はバケツ一杯のパンの耳を手渡してきた。

とても御馳走とは言えない代物だったが、背に腹は代えられないし、

善意でくれる食べ物を拒否するなど道理が通らないので、


「あ、ありがとう・・・本当に助かったよ」


と、素直に礼を言い、目の前の食料を貪ることにした。

どうやら元々のパンの質が良いようで、耳だからと侮れない味わいだ。

三つ目の耳を頬張った所で、パン屋の娘が耳打ちして来た。

近い、近いから!


『困ってる事があるんでしょう?13:00になったらお昼休みだから、それまで待ってもらえる?』


何か返事をしようと思った矢先、彼女は接客を始めてしまった。

どうやら自分はかなり切羽詰った顔をしていたらしく、

何かのっぴきならぬ事情があってパンの耳を貪っているのだと思われたようだ。

この世界に関する情報を知るのにはこれ以上は無い機会だ。

相談に乗って貰えるのなら、喜んで頼りにさせてもらおう。

正直、記憶喪失の事と言い、僕の頭はグズグズに煮えたシチュー以上に蕩けていた。

疑問に答えてくれるのなら誰だって良い。とにかく誰かに縋りたかった。


―――勿論、その前に腹ごしらえをしておかないと。




―――*―――




「はい、お母さんお手製のオムライス。たんと食べていってね」


美味い。物凄く美味い。

僕は今、パン屋の二階にあるリビングで、彼女とオムライスを食べていた。

聞けば父親はパン職人で、母親はパテシエらしい。

今は材料の買出しで二人とも居ない様だ。

それにしても、彼女の母が作ったこの昼食。

レストランにはとても並ばないような、素朴だが、落ち着く味。

「お袋の味」とは実に便利な言葉だ。

母が娘の為を想って作ってくれた、特別なご飯。

そういえば、食事で心が落ち着くのは、随分と久しぶりの感覚な気がする。


「何から何までありがとう。このまま飢え死にするんじゃないかと思ったよ」

「あなた、ここの生まれの人?カンタリスに、ホームレスだなんて長いこと聞かないけど・・・。

えーと、誰でもいいから、親戚の連絡先とか知ってる?前は何処に住んでたの?

というかその前に、あなたの名前は?」


カンタリス???

何だ、その名は。

地理の授業でも世界史の授業でも聞いたことが無い。

まさかヨーロッパにある人口数千の、誰も聞いた事が無いような小さな町とか?

けど、先ほど見かけた文字はローマ字なんかじゃなかったし、キリル文字でもなかったし、

ましてやギリシャ文字でもなかった。

じゃあ、ここは一体何処なんだ?


「カン・・・タリス?なんなんだ、それは?何大陸にある街なんだ?」

「は???」


なんだなんだ。まるでエイリアンを見るような目付きで見られているぞ。

これではまるで、知らない方が異常かのような・・・。


「えーと・・・君、大丈夫?カンタリスは、アナサリアの首都だよ?まさか、

他の大陸から流れ着いてきたの?」

「アナサリア??他の大陸??何の事を言っているんだ、君は?」

「・・・」


駄目だ。まるで話が通じていない。

このままでは僕は精神病棟送りにされてしまう。

なんでカンタリスだのアナサリアだの、生まれて一度も聞いた事の無いような言葉に首を傾げただけで、

そんな可哀想な人を見るような目で見られなきゃいけないんだ。

まるで、そんな事知っていて当たり前かのような―――


「・・・まさか、とは思っていたけど」


ありえない。


「この仮説なら、辻褄が合う」


創作の世界でしか起きない事なんだぞ。


「呆れる位に突拍子も無い。しかし、あまりにも好都合な条件が揃い過ぎている」


こんな馬鹿げた仮定を信じるなんて、思考停止にも程がある。


「信じたくは無いけれど」


もしこの仮定が本当だったとしたら、僕はつまり―――


「ここは、僕の知らない世界で。そして、僕はここに紛れ込んでしまったんだ」

「でも僕は、既に一度死んでいる」

「つまり、僕は―――」




―――なんということだ。こんな事が、起きてしまっていいのだろうか。




「【異世界転生】を果たしてしまったんだ」

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