ハダホイタヤから脱出せよ
◇
身体に黒々とした汚泥が纏わり付いていて、気色悪い。それに重苦しい。
後ろからは、汚泥よりも遙かにおぞましい何かが迫ってきている。
逃げたい。
けれど、重く纏わり付くものがあって、思ったように走れない。
このままでは追いつかれてしまう。
諦めて立ち止まってしまおうか。
そう思ったとき、エメラルドに輝く炎が湧き上がった。
炎は風を起こし、俺の身を焼く。だが、熱くない。
火は纏わり付いていた汚泥だけを消し去った。
俺は自由に走ることができるようになってもその場から動かなかった。
翡翠色の炎に目を奪われてしまっていたから。
そして、炎に向かって手を伸ばし……。
先に炎がこちらの手を掴んだ。
「んあ?」
「起きろヤギリ」
アルミナが俺を見下ろし、手を握っている。寝ているところを起こされたようだ。
なにか、夢を見ていた気がする。
「……いや、夢どころじゃないな。たしか、首にチクリとやられて……急に眠くなって!皆は大丈夫か!?」
「心配ない。寝たのはお前だけだ」
「うん?それはどういう?」
「油断してたのはお前だけってことだ」
キリバの言葉が刺さった。
「ぐ……ち、チカも大丈夫だったのか?」
「も、もちろん?全く油断なんてしてなかったんだからね!」
絶対油断してただろ。
「まぁ、他の男連中も一斉に立って物々しい雰囲気だったし、ヤギリがあっという間に意識を失ったもんだからすぐに異変に気づけたっていうのもあるねぇ」
サーベイがフォローのような追い打ちをかけてきた。
精神的に辛いところだが、それよりもまずは状況の把握をしなければ。
「で、今はどんな状況?てかここどこ?」
サーベイが言うには、
異変を察したサーベイとキリバがすぐに動き、地面に突っ伏しそうになった俺を保護。アルミナはチカをかばいつつ動き、それぞれ村の男たちの接近を警戒していた。それでもまだこちらの敵意は感づかれていないと思ったサーベイがうまく場を取り繕い、眠りに落ちた俺を担ぎながら宿にあてられている場所まで運んだところらしい。
「なんだ。じゃあまだほとんど時間は経ってないのか」
「そういうことになるね」
「じゃあこんな村とっととずらかろう」
「うわ~すっごい泥棒みたいな台詞!」
「泥棒なんでね」
「ペイダンの家に旅の荷物置きっぱなしだぞ」
「よし。それを回収して逃げる」
「お前が回収するのか?」
「もちろん」
「荷物をとりにいくなら急げ。村の男達が集まってきてる」
アルミナが壁越しに広場の方を睨んでいる。
「じゃあ俺はそこの窓からこっそり行くよ。なるべく奴らを引きつけといてくれ。そうすればこっちはやりやすい」
「わかった。回収した後はどうする?」
「サヨを呼びに行かせる。村の入り口で合流しよう」
サーベイにそう答えて俺は家から抜け出した。
窓から身体を出し床板にそっと足をつけ、さらに手すりを乗り越えて地面に着地する。
ペイダンの家の位置を確認しようとしたところで、頭の中にピリッと電流が走り、視界が一瞬だけ真っ暗になる。すぐに元に戻ったと思ったら、目に見える景色が微妙に変わっていた。
目の前に誰かが立っている。
誰だコイツ……って、これ!?
それは間違いなく俺の後ろ姿だった。
どういうわけか『ガメスの俯瞰』の三人称視点モードへと切り替えられてしまったらしい。




