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ゲーム脳盗賊、闇を狩る。  作者: 土の味舐め五郎
プロローグ:『守護英雄の召喚』
9/93

暗夜への岐路3 「欺かれた者達」


   ▲


「いかがでしたか?今日一日の、この世界での経験は」


 神官長がにこやかな顔で後ろを歩く二人の男女に感想を求める。


「素晴らしい経験をさせてもらいました!宴での豪華なもてなしはもちろんですが、やはり英雄として魔物と戦って、そして冒険するというのは、こう……胸が躍るというか」


 男の方が先に答えた。


「ねっ?加藤さん」


「……はい」


 急に話を振られた加藤は微かに答える。肯定してはいるものの、あまり楽しげではない。後ろをついて来る衛兵四人を気にしているようだ。


「そうですか!楽しんでいただけたようで、何よりです。そこでもう一度お尋ねしたいのですが」


 神官長が立ち止まって振り向き、そして真剣な様子でミツルギと加藤美奈を見て口を開く。


「もう少しだけこの地に留まって、英雄としての活動をしてみませんか?ずっとこの地で暮らせないというのは承知しております。ならせめて、短い期間でも他の英雄達と協力していただけないかと」


 その言葉を聞いたミツルギは難しい顔をする。


「もちろん、期間関係なく英雄としてやっていきたくなったというなら大歓迎ですが」


「いえ。やはり私らはここでお暇させていただきます。確かに、わずかな期間なら居てもいいかなとも思ったんですが。そうすると戻るに戻れなくなってしまいそうで……」


 申し訳なさそうにミツルギが頭を掻く。もう少しこの世界を満喫したいという葛藤が渦巻いているのがよくわかる表情だ。


「やっぱり家族が気になってしまって、冒険どころじゃないんですよね」


 その言葉を聞いて神官長が一瞬だけ暗い表情を見せる。そしてすぐに明るい表情を作る。傍から見れば、英雄候補が減って残念な気持ちがわずかに零れたように見えただろう。


「そう、ですか……。正直なところを言えば、今日一日の体験でもしかしたら心変わりをしてくれるかもと期待していたのですが。残念です。ええ、本当に」


「すみません。お力になれなくて」


「いいえいいえ全然そんなことはありませんよ。十分『力』にはなれますから」


「……?は、はぁ」


 言葉の意味が理解できずミツルギは困惑する。


「ただ、大変もったいないなあと。それが残念でたまりません」


「これから元の世界に戻るのに力になれるんですか?」


「少し、違いますね」


 神官長の様子が変わり、不穏な空気が流れる。


 そしてミツルギは違和感に気づき始めた。自分達が最初に召喚された場所ではなく、なぜか地下の方へと向かっていることに。後ろの衛兵達が怪しく笑みを浮かべていることに……。ミツルギは自分が酔いのせいで気づくのが遅れた事に思い至り苦虫を噛み潰した。


「あなた方には元の世界には戻らず、我々の力になってもらいます」


「それはどういうことですか……!?戻らずって、これから帰るための儀式をするんですよね……?」


「いいえ、そんな儀式はありません」


「無いだって!?じゃあ嘘をついていたのか……!最初から帰す気なんてなかったんだな!!」


「はい。気の毒ですが、あなた方を魔帝国との取引きに使わせていただきます。ようするに生贄です」


 有無を有無を言わさぬ神官長の冷たい声音。


「生……贄……ッ!」


 その言葉の意味が脳裏を過ぎり、ようやく自分たちが危機的状況にあることに思い至った。

 ミツルギが後ずさる。しかし、背後には衛兵がいる。


「逃げられるとは思わないでください。おとなしくしていた方が身のためです」


「おとなしくしていたら無事に帰してくれるっていうのか!」


「少なくとも、すぐさま痛い目にあったり死んだりすることはないでしょう」


「時間が経てば酷い目に遭うって事だろう!ふざけるな!」


 荒々しい声で敵意を剥き出しにして剣を抜くミツルギ、背後の加藤を庇うように地下通路の壁際へと寄る。神官長ダルコンは意に介した様子もなく「武器は早めに取り上げておくべきでしたね」とつぶやきながら超然とその場に立っている。


 ――神官長はともかく、衛兵四人なら何とかできるかもしれない――


 ミツルギは笹川が思っていた通りの実力を兼ね備えていた。


 平原での魔物との戦いでもっとも多くの経験値を入手しており守護英雄の成長ボーナスによるパラメータは11人中トップで、あらかじめ持っていた剣士用スキル『震空』を使えば衛兵数人なら苦もなく倒せる。それは間違いない。


 意を決したミツルギが剣を抜き衛兵へ向かって疾風のごとく斬りかかろうとした刹那、バシュンという音と閃光が走る。

 衛兵達の目の前に倒れるミツルギ。その右腕は焼け焦げたように大きく損傷していた。致命傷では無かったようで呻き声を漏らしている。その光景に驚いた加藤は座り込んでしまった。


「おとなしくしてくださいと言った筈です。次はありませんよ」 とは言ったものの、さすがにこの様子では動くこともままならないだろうとダルコンは思った。


 ところが予想外なことが起こる。


 ほとんど消し炭になった右腕で剣を握り締め、ミツルギが立ち上がったのだ。


「これは……」


 ミツルギの隠しスキル『決死』が発動したのだ。


 致命的な大ダメージを負った時、自身の全能力値を3倍にし、短時間の行動速度上昇と無敵状態、そして攻撃対象のあらゆる防御を無視する効果を付与する。


 ただ、隠しスキルであるためミツルギ本人は現在の状態を把握できてはいなかった。


「俺は帰る……!なにがなんでも……!」


 しかし分からずとも、彼は今まさにその能力を遺憾なく発揮する状況にあり、攻撃が成功すれば神官長ダルコンを殺すことができた。


 そう、攻撃が成功すれば。


『ジュミラへ請い願う。光の檻来たれ』


 眩い光が地下通路を照らし出す。


 まさしく檻をかたどった光が、ミツルギを縛るかのように取り囲む。


「驚きました。『隠しスキル』というものですか?なるほど、これは私達の力では看破しきれないのか…。もっとも、このように明確に発動してもらえれば『捉えられる』ようですね。勉強になりました」


「ぐぅ…っ!くそぉ…。一体何の……!」


「今のあなたは私を殺せる力を発動させていたんですよ。ただ、行動を制限する魔法に対してまでは有効ではなかったので、手を打たせてもらったのです」


「最初から…!能力も…何もかも監視されてたのか…!クッソぉおお……!」


 焼け付くような光の檻に締め付けられながらも、ミツルギは猛ける獣のような唸り声を響かせる。文字通り決死の抵抗が功を奏したのか、光の檻が歪み始めた。


 ダルコンの顔が初めて焦りを滲ませた強張りを見せる。


「やれやれ。なるべく生かして連れて行きたかったのですが、このままではこちらにも被害が出そうですね。まあ、これはこれで良かったかもしれません」


 あきらめたようにつぶやくと、ダルコンは手をかざした。


 そして瞬時に発せられた白い光に貫かれ、ミツルギが力なく倒れる。


 冷たい地べた仰向けになったその身体はピクリとも動かない。完全に事切れていた。


「さて加藤さん」


 呼ばれた加藤は微動だにせず、壁際で頭を抱えて蹲っている。


 恐怖が限界を超えてしまい、感情と身体の反応が鈍ってしまったのだろうとダルコンは判断した。


「……私、言うことを聞きます。だから…殺さないでください」


 加藤はか細い声を絞り出した。口を聞ける状態だと思っていなかったダルコンは少し驚く。


「そうですか。そういっていただけると助かります。ただ、今見聞きしたことを公言されるわけにはいきませんので、しばらく地下の部屋で監禁させていただきます」


「はい…構いません」


 力なく答える加藤の様子を見たダルコンはひとまず安堵した。


――予定通りとはいかなかったが、これ以上は抵抗を受けずに引渡しが出来そうだ――


 ダルコンはミツルギの遺体を地下の安置所へ運ぶよう衛兵二人に指示を出し、残りの二人には加藤を地下の応接室へ連れて行くように言った。


「私は予定が変わったことをワースロー卿へ報告しに行きます。一時間後に応接室へお連れするので、そのつもりで」


 了解しました。と四人の衛兵が返事をして、地下通路を引き返す神官長を見送る。その姿が見えなくなったところで、衛兵二人は下卑た笑みを浮かべ「やったな俺達が応接係だ」と喜び、遺体の運搬を指示された方の二人は「ついてねぇや」「最初が肝心なのによ」などと悔しそうにしている。


「ほら行くぞ!」


 加藤は強引に手を引かれれるが、痛がる様子もなく従順に衛兵達に連れて行かれた。

 残った二人の衛兵は急いでミツルギの遺体を運び始めた。


「急げ!さっさとこれを置いて俺達もごちそうになんなきゃな!」


 片方ずつ腕を持って乱暴に引きずるが、焼けた右腕が崩れてしまった。

 面倒に思った二人は身体を逆にして両足を引っ張ることにした。粗い石造りの廊下を引きずられた頭部からは痛々しく血が流れている。だが、二人の衛兵は特に気にすることもなく、乱暴に、ゴミを扱うように、遺体を運んで行った。 


   ◆   


 勢いよく扉を開け、突き飛ばすようにして女を部屋に放り込む。

 辺りを見回した女が少しだけ不思議そうな顔をして「…応接室?」と弱々しく声を出した。


「ああそうだ。ここが地下の応接室。『懲罰房』さ」


 ダルコン様は本当によくわかってる方だ。こういうささやかな恩恵に与りたくて下種な仕事を引き受けてることをよぉ!


「地下に普通の応接室があるわけねえからな。俺達用の隠語ってやつさ」


「おいシンド!時間がねえんださっさとヤっちまおうぜ!」


「わかってるよ!でもあんまり反応がないのも面白くねーだろ!」


 まったくしょうがねぇやつだヨブは。今から速攻でこの女を鳴かせてやるんだから、黙ってみてろっての。


「いいかお嬢さん。あんたはこれから魔帝国に売り飛ばされるんだ。わかるか?ようするに、生贄だ」


 女の反応はまだない。虚ろな顔で下を向いたままだ。


「まあ、生贄って言ってもすぐに死ぬことはないらしい。だが、長い時間かけて死んだ方がマシな目に遭わされるって話は聞くけどなあ…?ただ、これからそんな酷いことになっちまう前に、俺達が楽しい思いをさせてあげようってわけだ」


 俺は懐の短剣を使って女の衣服を乱雑に切り裂いた。冒険用に仕立てられた地味な服装だったが、破れた部分から見え隠れする柔肌と豊満な胸が、情欲を沸き立たせた。

 女の様子はあまり変わっていないように見えたが、ナイフが肌に触れた部分から微かに血が出ており、それに気づいて小刻みに震えているようだ


「もういいだろうシンド!最初は譲るからさっさとヤッちまえ!」


「そうさせてもらうぜ!」


 まだまだおとなし過ぎて不満だが、無理やりぶち込めば嫌でも悲鳴をあげるだろうよ!


 息を荒くしながらベルトを緩め、ズボンを下ろす。そして女の破れかけた服を無理やり引きちぎる。柔らかい素材のズボンはあっという間に使い物にならなくなった。


「へっへっへ。恨むんなら、この国の王様達を恨めよ」


 ドサッと背後で何かが倒れ、微かな金属音が聞こえた。


 振り返ると、ヨブが首から血を流して倒れている。


「なっ……」と声を出すよりも早く、冷たい感触が首を襲う。血が吹き出した。 


「ああ。そうする」


 その声が聞こえた後、強い力で頭を地面に叩きつけられ、俺の意識は完全に途絶えた。


   〇 


「騙したな」


「俺達を騙しやがったな」


 一人の男の魂が、はっきりと声を発しながら怒りと悲しみに震えているのがわかった。


 隣には、微かに、愉快そうに微笑む女の魂が見える。


 口惜しげに二人の男女を見下ろしていた二つの霊魂はやがて、おぞましい姿をした番人に引き摺られて忌避界へと連れ去られていった。



 ガメスだけがその様子を楽しそうに眺めていたのだが、もちろんそんなことは誰もわからなかった。



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