アルミナの食事
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アルミナは特別非常識な行動はしない、かといって常識的な行動もしない。ヤギリと行動を共にするなら人間社会の日常においてはなるべく受動的に行動した方がよかろうという意図が表れているのだが、一般民衆が多くいる場ではヤギリがはっきり口にして指示をしない限り食事すらとろうとしないのはかなり極端であった。
そういう部分を今回の旅で初めて目にしたキリバにとってアルミナは「ヤギリの相棒で非常識なほどの戦闘力がある魔族の女」だった所に「ヤギリと同じくらい生活能力が無く、変な奴」という認識が追加されている。
キリバが「飯を食いに行こう」と言う前にアルミナを見て溜息をついたのは「今のところ無害だがこいつも唐突に何か問題を起こしたりはしないよな……」という不安からだ。
三人は宿の一階に降りて外へと出る。直前、ヤギリは『木こりの巣』の主人に外出する旨を伝える際に遺跡の情報について訊ねていた。無論、チップも欠かさず渡している。ちなみにこの時ヤギリが渡した銅貨は旅の道中コツコツとスって貯めていたものであるので縛りの影響はない。
「この町の冒険者ギルドに行けば古代遺跡の情報が聞けるらしいぞ」
「それって、無料で?」
「情報料は取られるみたいだ。けど、そこまで高くはないらしい。遺跡の地図とかも見せてもらえるらしい」
「ふーん。それはいいね」
「いや、いいかどうかはまだわからないな。地図って言ったって詳細な物じゃないだろうし、遺跡の外のおおまかな見取り図とかだろう。情報も、爺様から聞いた事より有益なものは無いだろうしな……」
「じゃあなんでわざわざ」
「念のためだよ。それに情報の再確認も大事だ」
「ああ、そう」
「まずは飯を食ってからだ」
三人は宿を探す途中に見つけた大きな通りにある大きな看板の酒場へと足を運んだ。人目につく場所では無言を貫いてきたアルミナが「美味そうな匂いがする。ここの飯が食いたい」と主張した為、ここへ来ることに決めていたのだ。
『大蛇とキノコ亭』という変わった名前の飯酒場は昼を過ぎてそれなりの時間が経っている割に客が多く、賑わいを見せていた。
アルミナは勢いよく店の中に突進したい気持ちを抑えながらヤギリに確認をした。
「ヤギリ。ワタシは今とても腹が減っている」
「うん」
「どれくらい食っていい?」
「……うーん」
ヤギリは旅の間、アルミナが終始何かを遠慮しているのとわかってはいた。わかってはいたが食事の量が十分でないという事だとは思っていなかった。
これから遺跡を探索するにあたってアルミナが空腹で力を出せないということになったら大変だ。ここは思う存分食べてもらった方がいいだろう。
ヤギリは旅費全般を任せているキリバと相談し、現在残っているマクス金貨の内どれだけ昼飯代に使えるかを計算する。加えて、店主ともあらかじめ話あって金貨10枚分を食べた時点で一度教えてほしいという事も伝えた。
アルミナは食べた。想定した以上に喰らった。ヤギリ達は「これは痛い出費になる」と覚悟した。
「こんなに食う奴だったのか」
キリバの頭は重くなった。
「もしかしてムロノスで会った時からいままでずっと我慢してたのか?」
ヤギリは気づいてやれず悪い事をした気分になった。
アルミナが美味しそうに肉を頬張る様子を眺めながら、二人は控えめな食事をとるのであった。
しばらくして……。
「ああ。満足したぞ」
ヤギリとキリバが食事を終えてからもなお喰い続けていたアルミナがようやく動きを止めた。
食事の量とかかった時間を考えれば絶望的な出費になることは間違いないだろうと思っていたヤギリとキリバの予想は裏切られた。
金貨は三人合わせて6枚で済んだ。
「「ええッ!?」」
2人が驚く。
これほど予想よりはるかに少ない額で済んだのは、もともと「安くて美味くて量が多い」が売りの店だった事と、アルミナが食いたいと言った肉はつい最近大量発生した豚の中型魔獣の物で激安料理の部類だった事が理由だ。それに、ヤギリの事を散々言っているキリバも買い物などにおける金銭感覚が優れているとは言えず、そもそも食費にどれくらいかかるかという計算が甘かったのだ。
結果的に少ない出費で済んだが、二人としては「ならもうちょっといい料理頼んでも良かったじゃないか」と肩を落とすことになった。
アルミナは「なんだ?食い足りなかったのならもう一度食べればいいだろう。私はまだいけるぞ」と言う。
二人は「いや、もういい」と断った。
店を出る際、ヤギリは店主に呼び止められた。
「旦那。次うちの店に来る時は前の日に言ってくれ。今回は何とかなったが、もし食材が無くなっちまったら後に響くからよ」
クレームの様でもあるが、実質「これからもうちの店をよろしく」という事だろうなとヤギリは解釈した。
「ああ。焦らせてすまなかった。次もよろしく頼むよ」
そう言ってチップを渡し、ヤギリは店を出た。
店主は金払いのいい客を確保できたと小躍りして喜んだ。




