キリバの憂鬱
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「全くどうなってんだよ……」
迷惑そうに愚痴をこぼしていいるのはキリバだ。
宿屋の一室にあるベッドにどっかりと座り、疲労以外の重々しさを感じさせて俯いている。
誤解のないように説明すると、キリバが文句を言っているのはヤギリ達の旅に同行することになった経緯に対してではない。
単に、本来の役割である傭兵として以外にも二人の身の回りの世話をしなければならない事が多いからだ。
キリバが細かい事情を知る由も無いが、『生活無能力者』というバッドステータスを持つヤギリと、人間社会に不慣れな事はもちろん、ただでさえ魔族という異質な存在なのにその中でも常識知らずな部類に入るアルミナという平穏な日常ではほぼ役に立たない大人二人の面倒を14歳の少年が見るというのはいろんな意味でキツいであろう。
その上、道中いろいろあってヤギリから旅の資金全てを渡され管理するように頼まれたこともあり、キリバの気苦労は大きかった。それに加えて「いい歳した大人がこんなんで大丈夫なのかよ」という失望もある。
「まあそう言うなよ。こうやって大森林に近い町まで問題なく来れただろ?」
「問題は、あった」
「命の危機でなきゃ問題のうちには入らない」
実際の所、ヤギリ達はムロノスを出てから一度も刺客に襲われる事は無かった。アルミナが竜気を解放して10人の刺客を蹴散らした事が魔帝国にとって痛手となったのだろうとヤギリは予想していた。
「俺の精神の危機」
「……そんなにか?」
「当たり前だろ!アジトで聞いてはいたけど、野宿の時に飯の準備手伝っただけで壊滅的な事になるし、着替えさせたらとんでもない事になるし、買い物しようとしたら金を無くして、危うく普通に捕まりかけるし!まだ魔族のアルミナの方がちょっとマシなくらいだ!あんた俺の倍くらいの歳だろう!」
「年齢の話はよせ。……お前に負担かけてるのは悪いと思ってる。でもどうしようもないもんはどうしようもないんだ!護衛以外でお前に助けてもらった分はしっかり報酬に上乗せするから許してくれ!」
「頼む!」と手を合わせ頭を下げるヤギリ。それを見てヤレヤレとため息をつきつつも「わかったよ」と言うキリバ。
今ヤギリが言ったように、キリバはヤギリの護衛として旅に同行している。傭兵ギルドの見習い卒業試験として実際に傭兵の依頼を受けて完了の報告までをする必要があり、その為にちょうどよい案件だとムヅラを通して頼まれたのだ。その話をした時「なんでキリバはいいのにアタシはだめなんだぁ!」とニビがまた駄々をこねだして大変だった。
ちなみに、キリバの不満を聞くかぎりだと相当ヤギリに問題があるような口ぶりだが、傭兵修行一辺倒だった十代半ば男子の主観としてはそのように映るのであって、一般的な成人からの視点ならば「ああ、ちょっとポンコツな人なんだなあ」くらいではある。おそらく。
ただ、これもキリバにとってはどうでもよい違いではあるが「買い物しようとしたら金を無くした」というのは『生活無能力者』とは別の要因で、『盗んだ金銭でなければ商取引に使用できない』というガメスから与えられた縛りによるもの。
盗んだジグス金貨から換金されたマクス金貨200枚は旅の途中果物を買おうとした途端に一時的に消失し、ヤギリを焦らせた。最初はキリバの手持ちでなんとかなり、本当になにかの間違いかと思ってそれほど気にしなかったが、宿の支払いの時に問題が起き、ステータスをよく調べた時に金銭の縛りを発見。どう切り抜けようか悩んだ末「あ、じゃああげればいいんだ」と閃き、キリバに自分の所持金全てを譲渡したのだ。ヤギリがこの時アルミナに金銭を預けなかったのは本能的なものである。
「それで、これからどうするんだ?」
キリバを悩ませている要因の一つでもあるに関わらず「なにも問題はない」と言わんばかりにあっけらかんとしているアルミナが腕を組みながら聞いた。
キリバは少し顔をあげアルミナの方を見てまた溜息をついた。
窓の外はまだ明るい。ようやく昼を過ぎたあたりだ。
「……とりあえず、飯でも食いに行こう」
キリバは気持ちを切り替える努力をする事にした。
きっと、これも修行なんだ。




