地下訓練場
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神官長に促され11人の異界人達は地下訓練場へと向かう。神官長には数名の神官が付き従い、その後ろを異界人達を挟んで神官警護兵たちが歩く。景通は罪人を連行しているようにも見えるんじゃないかと思った。
(いきなり牢獄にぶち込まれて皆怪物の餌にされる……なんていう、最初から『どうあがいても絶望』なイベントだったりしないよな)
そんなことを考えていた時、景通の頭の中に『パァ~~!』という明るい効果音が響いた。何の音だろうと不思議に思いあたりを見回すが、他の人間は特に変わった様子もない。どうやら自分にしか聞こえていないらしい。
(これもチュートリアルの何かか?でも反応がないし、視界の表示に変わったところはないし……。まさか、さっきの俺の予想が当たってるっていう意味か?いや、それだったら広場の時と同じように警告されるはずだよな)
結局わからないまま、景通は地下訓練場へと到着した。
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儀式の間を出てから10分以上は経ったろうか。同じ棟の1階にある地下の入り口をさらに歩き、やがて広い空間に出る。今まで歩いていた通路が狭かった分、余計に広く感じる。天井を支えるための柱がいくつか配置されているものの、それによって狭隘さを感じることはない。むしろ地下であれば天井を支える為にもっとたくさんあってもよさそうだが、少ないくらいではないだろうか。崩れてこないか心配だ。それとも、なにか不思議な力で空間を支えているのか」
入り口から入って左側の壁際には、木と藁と布袋で作られた人型の的がいくつか並んでいて、殴打されたものや矢が数本刺さったままのものなどが見受けられる。
「よくぞおいでくださいました」
入り口付近にある椅子に座って雑談をしていた何人かの兵士がこちらに気づくとすぐに起立して姿勢を正す。
「待たせてしまったね」
「お気になさらず神官長様。さっそく、未来の英雄たちの訓練にとりかかりましょう。さて、異界人諸君。まずはそこに横一列に並んでくれ。」
座っていた兵士達のリーダーと思われる中年の男が、人形がある辺りを指し示す。
兵士の言葉は命令口調ではなかったが、人を指揮する者の雰囲気があるからか、なんとなくキビキビと行動しなくてはいけない気がしてくる。他の10人も同じ気持ちらしく思ったよりも素早く整然と並んだ。
「訓練を始める前に聞いておきたいことがある。この中に武術の心得や、なにか闘いに役立つ技能を持っている者がいれば知っておきたいのだが」
「その前によろしいですか?」
神官長が兵士の言葉を遮る。なにか言っておかなければならない大事なことを思い出しでもしたのだろうか。
「かまいませんよ。どうぞ」
「大事なことをすっかり忘れていました。我々は守護英雄となられる方々のお名前は儀式によって把握しておりますが、皆さんはそうではないでしょう?せっかくですので、ここで自己紹介をしていたほうがいいと思いまして」
確かにそれは大事なことだ。というか、俺は特に気にしていなかったし、他の連中も名乗る機会がなかったから仕方ないかもしれないが、国の為に戦う仲間の名前を知らないでいるのはおかしいもんな。
あれ?でも名前ってゲームで設定している名前でいいんだよな?さすがに本名を名乗るやつはいないと思うけど。
俺があれこれ考えている間に神官長は端から順番に名前を聞いていってる。聞いているとどうやら本名であるかどうかは特に重要ではないらしい。ほとんどが露骨にゲームの自キャラにつけるような名前を言っている。順番が最後の俺も、あらかじめ盗賊キャラにつけようと思っていた『ヤギリ』を名乗ろうと思っていたから好都合だ。
「笹川兵蔵です」
「マジかよ」
俺は二つ隣の男が口にした名前に驚きつい声をだしてしまった。
本名っぽい上にフルネームだからという事ではなく、その名がとある時代小説の主人公と全く同じ名前だったからだ。
その名前に俺が反応したことは皆わかったはずだが、なにか言われることは無かった。本名を名乗ったと思って意外そうにしている者もいたから、それと同じに思われた可能性が高い。
全員が名乗ったところで、再びさきほどの兵士が話し始めた。
(しまった。笹川の名前以外ほとんど聞いてなかった)
「さっきの続きだが、武術や特技があるものは挙手をしてくれ」
4人が手を挙げる。俺と笹川と活発そうな女。そして帰る予定の男性。女の名前はよく聞いてなかったが、男性は『ミツルギ』とか言ってたっけ?間違いなく剣士キャラが好きなんだろう。剣道有段者とかかもしれないな。
「そうか4人か。それが実際の戦いでどれほど通用するかはこれから見てみないとわからんが……」
「小隊長さん。個別の能力を測るのは野外訓練の時でいいと思います」神官長が助言する。
「了解しました。よし、まず最初は全員に同じことを試してもらう。各自今から配る棒を持って人形の前に立て」
一人一人に棒が渡される。棍棒とも呼べないただの木の棒だ。十分な太さがあるから簡単に折れたりはしなそうだ。
「人形に向かって好きなように攻撃してみろ。やめろというまで自由にやっていい」
そうか。じゃあ遠慮なく…!
俺は薪割りのイメージで思いっきりぶっ叩いた。すると、藁と木材を叩いた鈍い音がするのと同時に「ピロ」という少し低い電子音のようなものが聞こえた。音だけでなく、殴打した部分から『10』という数値が浮かび上がる。数値はすぐに消えたが、視界の左下に透過性のあるグレーの画面が浮かび上がり、そこに「的人形に10ダメージ」と表示される。
これは戦闘ログか!
そして人形の頭上には名前と体力バーが出現している。こういう標的の体力の減りっていうのは殆ど無いか、一定値まで減ると瞬時に完全回復するタイプがあると思うのだが、こいつは少しずつ減っていってる。
その後も、胸のあたりを突いたり、人形の足元を叩いてみたりと一通り試してみる。なるべく同じ力で別々の所を叩いてみたところ、頭と胸のあたりは他と比べてダメージが大きく、なおかつ殴打時のダメージ表示が大きめでオレンジ色になり、音も「ピロロ」と変化した。
これはつまり急所を攻撃しているってことになるのか。なるほど、おもしろい!もしかしたら、急所にクリティカルヒットしたら真っ赤な表示で音もズガガッ!って感じになるのかもしれないな。
『パァ~~』という音が再び聞こえる。
またか。いったいこれはなんだ?どうやら俺にしか聞こえていないみたいだけど……ん?
気づかれないように他の人10人の方を横目で見ると、その中に二人ほど不思議そうに周りの様子を気にしている者がいる。メガネをかけたツインテールの女と『笹川』だ。
俺と同じようにあの音が聞こえたんだろうか?後で時間があれば聞いてみるか。
「皆さんある程度打ち込んでみたようですね。いかがでしたか?」
神官長がニコニコしながら問いかけてくる。
「これは本当にゲームですね!」
列の一番奥から感動したような声が聞こえる。そっちを見ると長身の青年が屈託のない笑顔を見せている。色白で金に近い茶髪で、鼻が少し高く浅い彫りの顔。おそらく外国人とのハーフだろう。
「いかにも。先ほども言いましたように、それらは全てガメスの力によるものです。『ステータス画面』も今皆さんが体験していることもガメスの加護によるものです。『守護英雄』の証といっても過言ではないでしょうね」
このガメスっていう神は相当ゲームが好きなんだな。
「これって他の人にも見えてるんですかぁ?」メガネの女が間延びした声で尋ねる。
「いいえ。普段あなた方の視界に浮かび上がっているものは我々には見えません。ただし『ステータス画面』は、それぞれの設定で可視化させることもできるはずです。そうそう、我々はあくまでもガメスの力を借りているだけで、皆さんの知っている『ゲーム』なるものについてはほとんど無知です。ですので、扱い方は皆さんのほうがよくわかると思います」
「へぇ~そうなんですか~」
女の喋り方が気になるけど…それはさておき、つまり俺達は神様の用意してくれたゲームのようなシステムを駆使してこの世界のモンスターを倒しながら能力を上げ、やがては魔帝国の軍と戦うっていうことか。これはおもしろそうだ。……でも俺盗賊だぞ?悪事を働いて力をつけることになるなら魔帝国側についた方が良かったりするんじゃないか?その場合、皆とは別ルートで悪党っぽいメインクエストが始まったりするかもしれないな。
〈パァ~~!〉
何度目かの音を聞いてとっさに、さっきも反応していた二人を見てみる。
今度は俺にしか聞こえていないようで真剣に神官長の話を聞いている。いったい何なんだろうなこの音は。
「それでは、実際に魔物と戦い倒したらどのようになるのか体験して頂きましょうか。万が一に備えて戦闘補助の兵士をつけますので安心してください」
「ダルコン様」
「どうしました?」
「外での訓練の前に、あの腐った『グミ』を試してもらうのはどうでしょう」
おやおや…と神官長があまり気分の良くなさそうな顔をする。この世界に呼ばれてから初めて笑顔以外の表情を見た気がする。
「まだあんなものを捕らえたままにしていたのですか……。とっくに処分したものと思っていましたが」
『腐ったグミ』とは何のことだろう。名前こそグミと言っているが、この世界でも俺の知っている食べ物とは限らない。というか、話から察するに絶対に食い物ではない。
(腐ってるって言ってるし、嫌な予感がするな)
そう思っている間にも、小隊長は訓練場の奥にある扉へ向かって走っていったのであった。
『グミ』:魔力や不純物などが特定の条件で水と合わさることによって発生するスライムのような魔物。(異界人は大抵『スライム』と呼ぶ)知能はほとんど皆無で危険度は低く、人を襲うことも滅多にないが、踏んづけたりすると悲惨なことになる。急に飛び跳ねてぶつかってくることもある。町中でも時々出現し、人々に迷惑がられている。
人にとって身近な魔物ではあるがどういう理屈で動いているのかわからなかったりと謎も多い。稀に大きくて攻撃的な個体が現れることもある。場所によって色や匂いや触感は違う。