メインクエスト:小目標『コサで盗賊の噂を聞く』2
◇
石畳の町を歩き始めてからほとんど時間が経っていないにも関わらず、俺は隠密状態を維持し続ける状況に陥っていた。
(マーカーの位置は気にかけておくとして、とりあえず大きな通りを目指そう)
まず俺はボレックの別宅が面している路地を抜けた先の小さな通りに出た。
人通りはほとんど無いが、ちょうど立ち話中の婦人が三人いる。
婦人たちの会話の内容は離れた所からでもある程度聞こえ、泥棒とは関係のない明るい話題だったのでそのまま通り過ぎようとした。
しかしその場を通り過ぎた直後、三人の会話は急に静かになり、ひそひそ声でのやりとりになった。
まずいと思って帽子を深くかぶりなおす。
(バレたか!?)
焦って走り出そうとした瞬間、三人がクスクスと笑い始めた。
「……あの恰好!ぷ、くくく……!」
それが聞こえた瞬間しゃがみこんだ。
「あら?今の人消えちゃったわ」
「え?本当だわ。道化神の悪戯かしら?」
アハハハと笑う婦人達からそそくさと離れ小さな路地へ待避する。そして俺は決意した。部屋に戻るまでは絶対に隠密状態を解かないと。
「そんなに頓珍漢な見た目だったのかこの服装は……ファッションセンスとか自信はないけど笑われる程とは思わなかった。戻ったらボレックに指導してもらわないとな。あとドウケシンってなんだ?」
気を取り直して大通りを目指す。なるべく日陰となっている所を通っているのは、日の当たっているところは隠密状態の効果が薄そうな気がしたからだ。
しかしずっと隠密状態でいるのも無理がある。完全に視界から消えられるわけでもないのに、もし隠密の効果が発揮されなくてしゃがんだまま歩いている人間が目に入ったら逆に目立ってしまう。
「立ったままで隠密状態になれないかな。帽子を深くかぶる動作とか忍び足とか、あとは両手を体に密着させたまま歩くとかを条件にして。これってGNPを消費して出来るようにならないかな」
なんとなく小さな独り言を呟いた。
直後、〈パァーー〉という効果音と共にGNPが1増加する。
やっぱりなった。だいたいわかってきたぞ。
<立っている時の隠密状態について>
久しぶりの電子音声にビクッとなる。
<メニュー画面から設定のコンソールを開いてください〉
言われた通り設定の画面を開く。すると自動で『操作』『隠密状態の切り替え』というタブが開かれていった。
『低く屈む』という欄の下に『直立姿勢時』という文章があり、自動でチェックが付けられた。
するとその下に様々な隠密状態の条件が表示されていく。
〈呼吸の停止による隠密状態維持を推奨します。具体的には、呼吸を止めている間と止めていた時間の秒数を隠密状態とするもの。解除直前に再び呼吸を止めれば隠密状態は継続します>
呼吸を止めるとい行為には多少の抵抗があるが、それほどリスクは高くないし行動もほとんど制限されないだろう。まずは試してみてないとな。
その場で息を止める。隠密状態のマークが細いジト目の状態で出現し、脇に『注目度0』という表示が現れた。
これが『立ち隠密状態』という事か。実際の効果はどれほどかな?
小さな路地からさっきとは違う通りへと出る。人は殺気よりも多い。だが、こちらを気にして視線を向ける者は皆無だった。
いいじゃないか!
呼吸を止めることによる隠密状態の維持は、実際の所とても便利だった。しかもGNPの消費は必要ない!ただ、呼吸を止めたまま動き回るのはなかなか辛いものがあり、ある程度訓練して慣れておくべきだと実感した。
「これなら大きい通りへ出て情報収集できるな」
△
隠密状態を維持しながらヤギリは大通りへと出た。マーカーの位置からは大分離れているが人通りの多い場所に来たのは正解だったようで、なるべく建物に沿って日陰の場所を意識しながら歩いていた所、耳よりの情報が手に入った。
鉱山労働者のような恰好をした男たち数名が酒を呑みながら話していた内容は、
「最近の冒険者通りは景気が悪いってのは本当かよ?」
「らしいぜ。あそこで店を構えてる連中はちょこちょこやられてるって話だ~」
「俺が仲良くしてるアピリーの店は今のところなんも盗られてないってよ」
「アピは猫獣人だからネズミが近づけないんだろ~!」
「実際耳がいいし鼻も利くからな」
「泥棒もなかなかやるよな?危ない所には手を出さないのは。だがまあ、こっそりちまちま高級でもない品を盗んでくんだから肝っ玉は小ぃせぇけどな!」
「がはははは!!」「食いもんの方が多くやられてるってよ!」「アソコも小さいに違いねえ!!」
「あーはッははははは!!!」
有益な情報だがこれでは小目標の達成にはならないようで、マーカーは依然として別の場所に表示されている。
(冒険者通りに行けってことか)
ヤギリは深呼吸をして肺に空気を溜め、労働者たちの愉快な宴を背にして再び歩き出した。
冒険者通りは、共和国からの街道へと出る町の入り口から一直線に続く商店街だ。先ほどボレックの荷馬車が通ったところでもある。雑多に建物のほとんどが何かしらを売っている店でもある。『冒険者通り』という名が表すように。旅人や冒険者が多く歩いている。
ヤギリが向かった場所はアピリーの店『ケットシー』だった。ここでは旅人の為の衣服や装身具、役に立つ小物などを売っている。
建物の入り口側には、ガラスには及ばないが透明度の高い物質を加工したような大き目の窓が備えつけられていて、ヤギリはその窓や開けっ放しの入り口からこそこそと中を物色していた。
中に客はおらず、猫顔の女店主がなにかの毛皮を吟味しているのを確認したヤギリ。
(これ、情報を聞くには姿を現すしかないな。笑われるのは嫌だが仕方ない)
ヤギリは隠密状態が解除されるタイミングを見計らって店内へと入った。
「ごめんください」
いきなり現れた気配に女主人はそこそこびっくりした。
「は、はい!いらっしゃ!……い?」
驚いた表情をしていた猫顔はヤギリの服装を見たことで一気に絶望の淵に立たされたように変貌した。そしてカタカタと震え出す。
「実は聞きたいことが。あの……ど、どうしました?」
「なん……それ……」
口から泡でも噴き出すんじゃないかと思うくらい真っ青な顔でよろよろと立ち上がりヤギリに近づいていくアピリー。今にも死にそうに震えるその手は力強くヤギリの肩を掴んだ。
「今すぐその服を脱いでちょうだい!!!!」
「おいちょっと!なにを!や、やめろおおお!!」
ヤギリはあっという間に身ぐるみ剝がされてしまうのであった。




