サイドストーリー:『加藤美奈?』
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『加藤美奈』は意識を失っているヤギリを山小屋の中に下ろし仰向けに寝かせた。城を離れる際にヤギリの傷や毒は治癒したのだが、山を駆けている間は物として抱えていたため衣服がはボロボロ、たくさんの裂傷があり出血している。どう見ても烏泥衆に与えられた傷より深刻なダメージを受けており、ヤギリの顔は青くなっている。
「人の身体は脆いな」
そう言うと『加藤美奈』はヤギリに触れ、緑色の光を放ったかと思うと瞬時に傷を治した。
「ジュミラの石祠があるのは向こうか」
『加藤美奈』はすぐに立ち上がり小屋の外に出る。そこで、彼女は異変を感じる。体が焼けるように熱くなり一瞬意識が朦朧とする。ヤギリを治癒した時と同じような鮮やかな翡翠の光が一瞬身体を包み、弾けた。
『加藤美奈』の姿は変貌していた。
肌はやや黒に近い鮮やかな褐色。
頭髪は地肌に近い所が薄い琥珀色で、毛先に行くほど透き通るような神々しい白さをしている。肩の辺りにかかる部分がやや癖毛なのか跳ねている。
その輝くような白髪からわずかに二本の黒い角が顔を出していいるのだが、短いためあまり目立たない。
なぜか胸は少し萎んだ。しかし、程よく実った乳房は瑞々しく溌剌とした存在感があり、腹筋は引き締まっている。
芸術的とも言えるくらい逞しく柔らかな胴体からすらっと伸びる四肢はしなやか。
その手足の造形はともすれば非力な印象を与えるかもしれないが、彼女が手に握る得物とその扱い方を観れば誰もが考えを改めるであろう。廃墟に打ち捨てられていた無骨な戦棍を、ハエ叩きを扱うかのように振るう姿は強靭であり驚異である。
小屋の周囲を見渡し、近くに危険な魔物や魔獣がいないことを確認する『加藤美奈』。彼女が走り出そうとしたその時、頭の中に声が響いた。
〈おいアルミナ。不用心だぞ。人間はお前と違って簡単に死ぬんだから小屋に加護でもかけておけよ〉
「そういうものか」
〈そういうものだ〉
声に従い、アルミナと呼ばれた『加藤美奈』は小屋に破壊神の護印を刻んだ。
〈いや、お前そっちじゃなくて……。あ、そうかそれしか教えてなかったか〉
「なんだ。問題あるのか?」
〈まあいい。どうせ小屋だし〉
「では行くぞ」
アルミナはジュミラの石祠に向かって一直線に駆けだした。
さして険しくもない山の木々を薙ぎ倒しながら、アルミナは途中目に入った中型から大型の魔獣を叩き殺しつつ走る。東の山の奥に追いやられた魔獣達にとってとんでもない災難であった。そんな風に荒々しくずっと走っていた為に、身に纏っている布はもはや服の役割を成していない。ただでさえヤギリとは比べ物にならないくらい殆どがボロボロだったのに、気休め程度の範囲しか隠せていなかった上半身はたった今完全に裸になった。しかし、本人は全く気にしていない。
異変に気付いた山奥の魔獣達はすっかりどこかへと姿を消してしまった。
「なんだ。つまらん」
アルミナが退屈そうに呟いたところで、山の木々が少なくなり開けた場所へと出た。ところどころが石畳のようになっていて、ジュミラの石祠が近いのがわかる。近づくにつれて四角く成形された白い石を高く積んだ灯篭のような物体も多くなる。
石祠を中心に円形で囲んでいる一番外側の石畳をアルミナが通り過ぎた時、石の灯篭達は一斉に動き出した。
「やはり石人形か」
薄々感づいていたアルミナは持っていたメイスをポンポンと左手に打ちながら余裕をもって構える。
真っ先に近づいて来たゴーレム2体を瞬時に破壊し、灯篭の明かりを灯す部分に備え付けられた根源石を抜き取る。すぐさま近くにいた次の1体の足を粉砕したところで得物のメイスが壊れてしまった。それでも難なく処理できると踏んでいたアルミナだが、素手での格闘を試みた所いまいち破壊力にかけ、吹き飛ばしたり打ち倒すことは出来ても『壊す』ことができない。直接根源石をとろうともしたが、全く破壊されていないゴーレムの根源石は結びつきが強くてなかなかとれない。
アルミナは面倒臭くなってゴーレムたちから大きく距離をとった。
「忌々しいな。まだ身体が馴染んでいないせいか?」
〈そうらしいな。俺様がちょいと手を貸してやろうか〉
「いらない」
〈竜気の解放をできるようにしてやる〉
「さっきからやろうとしているぞ」
〈竜言語で俺が今から教える解放の真言を唱えろ〉
「わかった」
アルミナは謎の声に耳打ちされているのように薄っすらと左の方に視線をやる。真言とやらは短かったらしく、近くまで迫っているゴーレムに直ぐに視線を戻す。
『ドルグ・プル・アルマーナ』
明らかに人のものではない静かで猛々しい言霊が大気を揺らし、アルミナの身体から翠玉のように煌めく光気が立ち上る。
光は瞬時にアルミナの身体を覆って鱗のような鎧と化した。兜の部分からは大きく禍々しい角が伸びており、腰のあたりからは太く逞しい尻尾が生えている。
真言によって解放した竜気を纏ったアルミナは、たちまちに素手でゴーレムの群れを粉砕し無力化していく。動力である根源石も即座にもぎ取り、あっという間に全ての邪魔者たちを排除した。そして余韻に浸る事も無くすたすたと石祠の前まで歩いていき、小さな祠に安置されたさらに小さな魔鏡を祠ごと粉々に叩き潰した。
地面にまで達した拳を引き抜き軽く汚れを払う動作をすると、アルミナは山小屋へ向かって走り出した。
そこで謎の声から静止がかかる。
〈纏った竜気を解除しろアルミナ。もう120秒を越えている〉
言われた通り竜気を解放するアルミナ。直後、恐ろしいほどの脱力感に襲われその場に座り込んでしまった。身体の異変に驚き「なんだこれは」と数回まばたきする。最後のまばたきの後には身体がすっかり加藤美奈の見た目に戻ってしまっていた。
〈言っただろ。竜気の解放は180秒間。なるべく60秒以内にケリをつけて解除しないと反動が大きくなるって。暴れるのが楽しくって少し時間かけたな?強制解除じゃなかっただけまだマシみたいだがな〉
「面倒な事を」
〈俺様がそういう風に決めたわけじゃない。面倒が嫌なら60秒前に解除しろ。なんなら10秒前にお知らせしてやってもいい。あと、解放は一日一回!竜気の回復に最低で一日!120秒超えたからお前は三日はその姿のままだ!〉
「うるさいな。大体それっぽっちの時間しか解放できないうえ反動もあるという割に、大して力も戻らなかった」
〈お前なぁ……。俺様がせっかくかわいい信徒の為に有益な情報をくれてやってるのに全くこの我儘娘は〉
「感謝はしている」
不愛想なもの言いだがアルミナの本心であった。
〈チッ……。それはそうと小屋の野郎が気になるなら急いだほうがいいんじゃないか?その身体じゃあまり速くは走れんだろう?ま、俺様には見た目以外どこまで弱体化したのかはよくわからないけどな〉
謎の声に指摘されアルミナは走り出す。
城を出てからは特に問題なかったはずの肉体は明らかに衰えていた。竜気解放の反動ゆえか、あまり速く走れない。それでも、体力的な部分にはあまり影響していないらしくある程度長い時間走り続けることができた。もっとも肉体の外側の柔らかさが問題で些細な樹木の枝ですら避けて通らなくてはならないために、小屋に辿り着くのには結構な時間が掛かった。
「いない」
まだ明るい時間ではあるが、じきにシャクラビの眼が閉じ始めるだろう。
<目を覚ましてからどんくらい経つかは知らんが、山を下りただろうな>
アルミナは小屋の外に出て地面に痕跡が無いかを確かめ、僅かに人が歩いたようなところを見つける。
「こっちの方だな」
<おい。どうせここに戻らないだろ。今のうちにやっておけよ>
「……そうだな」
アルミナは小屋に刻んでいた護印に触れ、魔力を込め終わるか終わらないかの所ですぐにヤギリを追って走り出した。
<そんなにアイツが気になるもんかね?ま、せいぜい頑張りな>
アルミナが小屋を離れて数歩後、小屋は自ら壊れ数瞬の内に崩れ去った。




