カマルナム王国:騒然の朝
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朝食もまだだというのに十人の守護英雄達は玉座の間へと集められていた。
ちなみに『プレイヤー』という呼び名はミズチが提案したもので、他の異界から来た者たちにとっても呼びやすかった為に瞬時に定着した。
やがてカマルナム王がやって来て玉座へ腰を下ろす。他には衛兵が数名。神官長はまだ来ていない。
眠そうにしている守護英雄が多い中、澄んだ泉のように冴えた笹川の視線は時々周囲を行ったり来たりしていた。
(ヤギリの奴がいない。寝坊でもしたか?)
「お腹減ったんですけど~!」
大きな声で文句を言っているのはチカだ。王を前にしているというのに自由な振る舞いを見せる彼女の言動は、たびたびプレイヤー達をヒヤッとさせるが、今回の発言には多くの者が共感した。
笹川は「腹が減っているという割には朝からテンション高いな」と眉を寄せた。
直後に神官長ダルコンが現れ、少し困惑した様子で口を開く。
「皆さんにお知らせしなければならないことがあります」
その言葉でほとんどの者が何か良からぬことが起きたのだろうと悟った。
笹川はこの場にいない人物の顔を思い浮かべ「まさか」と深刻な表情になる。
新刊長は言った。
昨夜、何者かによって地下牢の番をしている兵士が襲われ殺害されたこと。そして、守護英雄の一人『ヤギリ』が行方不明になったということを。
プレイヤー達に衝撃が走る。これだけ聞けば、ヤギリが兵士を殺害して逃げたように解釈できる。
「ヤギリがその『何者か』に攫われたという事ですか?」
笹川はあえて別の可能性の方向で質問した。
「そう考えるのが妥当でしょう。外部の人間が侵入して来ることは考えづらいです。と、なりますと内部の人間の仕業ということになりますが……」
困ったものだと頭を抱える司祭長。
「それって僕らが疑われてます?ヤギリ君が兵士を殺して逃げたんとちゃいますの?」
ミズチが少し高い声で不服そうに尋ねる。笹川は思わずミズチを睨んだ。
「いえ。あなた方では無いと断言します。もちろんヤギリさんが兵士を殺したということもありません。はじめは儀式召喚や守護英雄について知っている兵士が良からぬことを企んだ、と考えたのですが……。これは少し変ですね。兵士が死んでいたのは地下ですから、ヤギリさんを攫うだけなら部屋に直接行けばいい。あるいは地下で兵士を殺し逃げようする途中に出くわしてそのまま……」
「ヤギリの奴はまだ……生きていると思いますか?」
笹川が不安そうに言う。
「遺体を抱えて逃げるとは考えられません。ならば隠したはずと思って先ほどまで城の中も外も探したのですよ。しかし遺体は見つからず、地下以外で出血の痕跡もない。もっとも絞殺であった場合は血は出ませんが……。しかし、言いましたように守護英雄の有用性を知っている者の所業の可能性が高いですから、死んではいないと思います。現在、番をしていた衛兵の数も確認中です。行方のわからない者がいればその者が容疑者となります。それから、この可能性は無いと思うのですが……」
ダルコンは渋い顔をして言いづらそうにする。
「使命を放棄して逃げ出したという事も無いとは言えません。彼の授かったスキルはあまり優秀なものでもなかったようですし、やる気をなくしてしまったという事もありえる」
「あいつは酔った時もこれからの事を楽しそうにしてました。嘘をつけるような器用な人間にも見えませんでしたし……」
笹川は反論したものの、意気投合したとはいえ長い時間交流をした仲でもない事に気づき、「絶対に無い」とは言えないじゃないかと目を伏せてしまう。
「あくまでも可能性の話です。いずれにせよ。直ちに捜索隊を編成して迅速にこの問題を解決せねばなりますまい」
「なら捜索隊に俺も加えてください」
「お気持ちは大変嬉しい。ですが、あなた方も狙われる可能性があるのでそれは許可できません。守護英雄とは言っても、今はまだほとんど何も力を持っていない状態という事をお忘れなく」
自分たちも危険かもしれないと言われ多くのプレイヤーが不安を顔に浮かべる中、ミズチはどうってことなさそうに鼻を軽く鳴らし、チカは空腹に悶え、笹川は悔しそうに歯噛みした。
「本日執り行うはずだった出立の儀は延期。トルバンスへは向かわず、城内での訓練ということにしましょう。明日以降の予定については、今夜にでもお伝えします」
「窮屈な思いをさせるが、しばしの間辛抱してくれ英雄達よ」
ずっと重く口を閉ざしていたカマルナム王が静かに語り掛ける。
国王の言葉にプレイヤー達もとりあえず納得をした。危険から遠ざけてようと尽力しているだから従わないわけにもいかない。
「朝早くにお集まりいただき誠にありがとうございました。悪い報せとなりましたが、どうか気を落とさずに。さて、皆様方お腹が空いておいででしょう。朝食を用意しておりますのでどうぞ広間の方へ」
「やったーご飯!!」と一人だけ元気な声。他の者達も衛兵に案内されぞろぞろと歩き始める。
(無事でいろよヤギリ)
笹川は一人心苦しい思いで玉座の間を後にした。
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「やれやれだな。ダルコン」
「ええ全く。このような事態になるとは困ったものです」
召喚の儀を執り行った部屋で向き合う王と神官長。
儀式の時とは打って変わって伽藍とした空間に、陰鬱な雰囲気が漂う。
「困ったことにはなりましたが、修正不可能な状況ではございません。ひとまずここ残っている異界人達に情報が洩れなければ良し。逃げたヤギリと加藤美奈が野垂れ死んでいれば、……まあ惜しいですが良しとしましょう」
「死んでいると思うか?烏泥の下っ端とはいえ、六人の頭をあんな風にできる者が味方しているのだぞ。それに」
「それに、ジュミラの映写鏡を解除できる程の力を持っている……」
「そんな力を持っているのは高位の神々だけだ。その中で我らの邪魔をする理由があるのは一柱のみであろう」
もちろんわかっておりますよという顔をするダルコン。
「だとすれば、ガメスを妨害する結界が弱まっているということになりますが」
「それもあるだろうが。それだけだとは思わない方がいいだろう。ガメスも他国にいる信者を利用し、あらゆる手段での意趣返しを試みてくると考えるべきだ。我らのやっている事に激しく怒りを燃やしていれば、だがな」
「そうですね。逃走した生贄二名の捜索の他に、結界の確認及び補強とガメスに通じている者の排除。捜索に関しては、『国の賓客が行方不明』という事にして一般兵たちに伝えればよろしいでしょう。逃走者たちにとっては敵対するよりも厄介でしょうからね」
「うむ」
「結界の確認に関してはすでに司祭達を向かわせておりますゆえ、対処が終わり次第、ガメス信者の炙り出しに取り掛かろうと思います」
「炙り出しという事であれば烏泥を貸すぞ。使える奴をな」
「ありがたきお言葉。存分に使わせていただきます。……それと、もう一つ」
ダルコンは祭器の置いてある方を見る。
「ほう。呼んでみるか」
ダルコンは台座に置かれた小さな鏡の前に立つと、慣れた動作で供物と祝詞を捧げる。すると天井に向けられた鏡から黄金色の輝きが溢れ、透き通るような人の姿をした霊体が上下逆さまで現れる。
幻像神ジュミラだ。
カマルナム王とダルコンは片膝をつき顔を伏せる。
それを見たジュミラは迷惑そうに言葉を発した。
〈たわけ者共。できるかぎり呼ぶなと言ったのに、もうか。一体何の用だ〉
「ジュミラ様。ご迷惑とは存じますが、少々困ったことになりまして」
〈今お前たちに手を貸せる事柄はかなり限定されるとわかっているな?〉
「この城から逃亡した生贄二人に協力しているのが何者かを知りたいのです」
〈ふん。そんなものガメス以外におらぬとわかっているだろう。そんなことで呼び出したのか〉
「そのガメスが我らに干渉できるように助けている者がいるようです。おそらくは信者。その者の所在を知りたいのです」
〈お前たちはこの私にガメスの敵になれというのか。奴はかろうじて俺のしたことに目をつぶっているが、これ以上は何をしでかすかわからん。今こうしてお前たちを喋っている事も察知されれば不興を買うかもしれぬ。帰るぞ〉
「で、ではそれとは別のことを。今現在、逃亡者二人に協力している現世の者が何者か、何者かを言えぬのであればせめて居場所だけでも知りたいのですが」
〈一つ訂正をしてやろう〉
「訂正?それは一体?」
〈逃亡者は一人であろう?直に見ているわけではないが、逃げたという器の内の一つは既に壊れているようだぞ〉
「名はわかりますか?」
〈ふん。死んだ人間の名前くらいは教えてもいいだろう)
「感謝いたします。我が神よ」
〈台座には『加藤美奈』と記載されている〉
後は自分たちでなんとかしろと言い残し、ジュミラは消えた。
儀式の間に残された二人は対処すべき問題が一つ片付いた事にひとまず安堵する。
「何も語らぬと思っていたが、有益な情報をもらえたな」
「しかし、謎の協力者の存在については明確になりませんでしたね。仕方ありません。衛兵と司祭達からの報告を待ちましょう」
王と神官長は部屋を後にした。




