新人盗賊の城内訓練
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景通は周囲に兵士がいないかを確認しながら、覗き込んでいた窓の所から左へ十歩ほど行き、開けっ放しの扉から城へ侵入した。先に拘束された侵入者二人を連行していったからか、幸いにも手薄なようだ。
それでも油断はできない。見つかれば自分も連れて行かれる。夢とはいえ、せっかくのゲームで早々に悪い状況にはしたくない。そんな風に景通は考えていた。
頭に響くチュートリアルの説明に従い、なるべく見つからないように警戒しつつ、足音や物音を立てないよう慎重に進む。特に、廊下の辻や曲がり角には神経を尖らせた。
そんなふうに、若干見張りの兵士が少なすぎる事を気にしながらも、順調に連行された者達の追跡を続けていた。
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なんとなく、ここは嫌な感じがする。
隣の棟まではそれほど長い距離ではないが、橋のような一本道で、通路の幅はそこまで広くなく、天井も若干低い。前後から兵士に挟まれたら詰みだ。一応、風通しのために広く開けられた窓から外へ逃げられそうだが、結構高い位置にあるから、飛び降りたら無事では済まない。最悪死ぬだろう。
この逃げ場のない通路から向こうの建物へ繋がった所は少し広いフロアになっているみたいだけど、その周囲がどうなってるのかはここからじゃわからない。足音に耳をすましてすぐに動けるようにしないと……。
こんなふうに暢気に考えてたらそれこそ見つかるな。
どうにでもなれと、勢いにまかせて通路を突っ切る。
フロアに出る直前。しゃがみながら壁に張り付き物音がしないか確認する。少しだけ顔を出し左右を見ると城壁沿いの廊下が続いているようだった。前を見るとフロア正面の階段を挟むように左右に扉がある。
「うーん……。一応、盗賊プレイなわけだから、どっちかに忍び込んで金品があるか物色したいところだな」
思案していると、電子音が響いた。
〈左の扉へと入ってみてください。そして部屋の中から武器となるものや必要な物を盗んでみてください〉
「こういう時に助かるなこの声は」
しかし、チュートリアルに設定されていることとは言え油断はできない。極力足音を立てないよう急いでフロアを横切り、階段の左の扉を開いて中に入った。
そこはあまり広い部屋ではなく、少し散らかっていた。男の汗と酒の匂いが混ざったような臭いが漂っていて、とても長居したいとは思えない場所だったが、誰もいなかったのは幸運だった。
「入れと言われたから仕方ないけど、なかなか臭いがキツイ」
さっさと用事をすませなければと急いで辺りを見回すと視界に違和感を感じる。
なんだこれは?
〈盗賊のスキル『目星』による補正です〉
「目星……!」
〈何か価値のあるアイテムや特定の物を探そうとした時に生じる視界の変化です。試しに、違和感のある場所を調べてみてください〉
なんて便利なスキルだ!
チュートリアルにしてもやけに説明が丁寧だな。そしてタイミングがいい。チュートリアルなんだから当然か?まぁいい。とりあえず言われたとおりにやってみよう。というか、夢なんだもんな。細かいことは置いといて目が覚める前に十分堪能しなくちゃな!
そうして部屋の隅の方、酒瓶が置いてある棚の前まで行く。よく見ると棚の下の引き出しから、薄くほんのりした白いオーラが漏れているようだ。
開けると、フォークなどの食器以外特に何もない。
「んん?これが価値のあるアイテムか?」
納得がいかず、引き出しをギリギリまで引っ張り出し、中身を全部出そうと手を入れて、あることに気づく。
引き出しの底の部分だけ手触りが変だ。少し押してみると、微かにガタついた。ハッとして隣の引き出しと見比べてみると、底が浅い。きっと、間の部分に何か隠されてるはずだ。
底の部分の板は意外にもあっさりとこじ開ける事ができた。布を取り払うと、そこには金貨が丁寧に敷き詰められてある。
「なーるほど……。実際にこういう上げ底の細工みたいなのあるんだな。でもなんか、詰めが甘いというか。スキルのおかげとはいえ、この程度の隠蔽じゃ誰でもわかる気がするんだけど。……それはともかく、これはラッキーだ!」
金貨を数えてみると二十枚。わずかな隙間に隠したものだからそこまで多くないが、こういう綺麗な円形で偉人らしき人物の描かれている硬貨ならかなりの価値があるはず。アイテム欄を見ると『ジグス金貨(20)』と書いてある。ゴールドという単位で一括りではなく、硬貨の種類ごとにアイテムとして所持するのか。あとで金銭の扱いについても説明をしてもらいたい。
それにしても、この金貨は兵士が城の財産を横領したものなんだろうか?まあいい。ありがたくもらっておこう。
その辺に置いてあった布袋に金貨を詰め込んで、ベルトのポーチにしまい込む。音がどれほど鳴るか試しに動いてみると、ジャラジャラという音がほとんどしない。これも盗賊のスキルか?なんて便利なんだ!
こうなったら隣の部屋にもお邪魔していろいろ探してみるかな。
引き出しに入っていたナイフも一本いただいてから、フロアの右にあった部屋へと向かう。 幸いにも人の気配はない。階段の前を通ろうとした時、自分が尾行の最中だった事を思い出したが、チュートリアルの声が何も注意しなかったので後回しにした。
階段右の扉を開けて部屋に入る。さっきの部屋とは左右対称でほとんど同じだ。人がいる事を除いては。
部屋の中には二人ほど人がいる。比較的若い男の衛兵が二人。少し奥まったところで談笑している。扉を開けた音が聞こえたはずだが、特に反応はない。
音を抑制するスキルがここでも発動のだろうか?
危険を承知で腰をかがめて忍び足で近づくか、それとも会話を聞き取るか?
とある有名なゲームのように、隠密度が高ければ目の前まで接近しても気づかれないのでは?
ええい。考えていてもらちが明かない。駄目元やってみるしかない!
意を決して衛兵に近づくが、二人はまるで気づいていない。
(やったぞ!)
声を出さないよう気をつけながら、自分の隠密能力の高さを実感する。
(もっとも、チュートリアルでステータスMAXだから当然か……!しかし、それはそれとして不安と緊張は当然ある!)
心臓をバクバクさせながら、屈んだ姿勢で近づく。
――なんとかして持ち物を盗めないか?――
そう思ったところで、チュートリアルの音声が響いた。
あいかわらずの丁寧な説明に従い、衛兵の身体に手を近づける。すると、所持品リストが視界に表示され、アイテム名や簡易な説明文も分かる状態になった。
とくに金品を持ってはいなかったが、使い勝手の良さそうな小ぶりのダガーを持っていたので鞘ごといただくことにする。リストのアイテム名にカーソルを合わせる要領で手づかみしてもぎ取る。
すると俺の手には一振りのダガーが握られていた。
こういう感覚か!わかったぞ!
チュートリアル中は盗みの成功率が100%らしく、他に所持していた回復薬を二つと地下牢の鍵をいただいておいた。
盗みが成功したとはいえ兵士の近くに長居するのは怖いので直ぐに部屋を出る。そして盗んだ物を改めて確認した。
回復薬は手に収まる大きさの小瓶に入っており、濃い緑色をしている。味に関しては期待しない方が良さそうだ。それから、ダガーを手に入れたことでさっき手に入れたナイフがいらなくなってしまったが、まあとっておいても問題ないだろう。
それにしても、こんな近距離で、堂々と物を盗む事ができるなんて、すごい。バレるんじゃないかっていう焦りでずっと心臓鳴りっぱなしだし。盗賊プレイって結構キツイかも。
さて、もっといろいろと試したいけど、そろそろ先へ進んだ方がいい。……完全に見失ってる気がするけど。いっそ、衛兵に見つかってしまえば同じ場所に連れて行かれるんじゃないか?
どうしようか迷っていると再び声がする。
〈先ほどの階段を登ってください〉
やはり階段を登ればいいのか。
チュートリアルに従っているとはいえ不安を感じつつある。
なんとなくそろそろ急いだほうがいいと思い、部屋を出てすぐに階段を上る。比較的長い階段を登った先も一本道だったが、かなり広い。両側には幾つも扉がある。そこから誰かがいきなり出てきたら見つかってしまうと思い。そそくさと広い廊下を走り抜ける。
廊下の奥まできたところで、運悪く正面の扉が開き壮年の兵士が現れた。簡素な装飾の施された鎧をまとっている。くせっ毛の黒髪で、色黒で筋骨隆々、眉根を寄せて鋭い視線を放っているが、瞳の奥に穏やかな光を感じる。背丈もそこまで大きくない。俺の勝手な予想だが、一兵卒から叩き上げで昇進した厳格な指揮官で、実は穏やかな気質の人物……といったところではないだろうか。
余裕ぶっこいて目の前の人物の観察をしていたが、どういうわけか、向こうも微動だにしない。
しまった!
咄嗟のことで突っ立ったままなのに気づいて、慌ててしゃがみ通路の隅に引っ込む。
「それで隠れたつもりか?」
うわあ。やっぱりバレてるな。
諦めて色黒の兵士の前に姿を晒し、平伏す。
「失礼しました!敵意はありませんので、何卒ご容赦ください!何故ここに来たのかと言いますと、信じていただけないかもしれませんが、気が付くと中庭のようなところで目が覚めて、それから」
「待て待て。それ以上は言わなくても大丈夫だ。異界からの訪問者」
「はい?」
「私も多くは知らないんだが、この城では今、お前のような人間を呼び寄せる儀式を行っていてな。呼ばれた内の何人かが、想定外の場所に飛んでしてしまったらしい。…とは言っても、そっちは何がなんだかわからないだろうな。とりあえず、その奥の部屋に入って詳しいことを聞きなさい」
「は、はい。ありがとうございます!」
ぎこちなく返事をして、兵士がたった今出てきた部屋へと進む。
中は円形の大きな広間になっていて、複雑な紋様の描かれた壁、等間隔に配置された窓や特殊な鉱石の柱、床に刻まれた魔法陣が、いかにも儀式をするための場所という印象を与えた。
そして、ちょうど魔法陣のある部屋の中央あたりには、10人の男女が疎らに立っている。服装はみんなバラバラだが、おそらく同じか、あるいは近似の文明を持つ世界の人達だろう。さっき城の中庭から見た二人もいる。
広間の奥、円形のフロアのさらに外側に少し突出した領域には、神聖な感じのローブを纏った人間が何人も並んでいて、さらに何段か高くなった場所には、あきらかに身分が高いとわかる人物が3人。そのうち二人は椅子に座っている。
「なんだもう一人いたのか?おいダルコン、これはやはり”大成功”とみていいのか」
左の椅子に座っている男性――初老になるかならないかの年齢と思われる――がこちらに気づいたようだ。少し白髪の混じった色あせた茶褐色の髪とその上に置かれたサークレットのようなものが目に入る。
間違いなく、この人物は国王だ。
「そうとも言い切れません。減ることはあっても多くなることは無いはずです。もし召喚が不安定ゆえに巻き込まれたのだとしたら、『守護者』としての素質が低いことも考えられます。なにより我々にとって『11』という数は……」
「わかっている。だが、"調べてみる"まではわからないだろう?そこの者よ、突っ立っていないでこちらまで来なさい」
手招きされたので他の10人がいる広間の中央と進んだ。
その時の俺はまだ、好奇心や期待感といったものが強かった。ただ、もしかしたらこれは夢じゃないかもしれないと、薄々とだが、感じ始めてもいたのであった。