メインクエスト:小目標『コサの町へ向かう』
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陽神の玉眼が瞼を開き大地に光が差し始めた頃、ボレックの荷馬車はフドの村を出発した。コサの町まではどれだけ道草をしても夕方ごろには到着するだろう。
ヤギリとしては暗くなってから町に入る方が都合が良かったものの、ボレックには今日中に済ませておきたい用事もあったため比較的速足での移動となった。
村を出る直前、ヤギリは「スプライタスの背中と比べれば荷台の乗り心地など気にならない」というような事を言った上に「朝は苦手なんで少し横になってもいいかな」などと言って寝ようとさえしていた。 しかしこの男はもともと乗り物には弱い部類に入る。酔うほど気分を悪くはしなかったが、しばらく横になって揺られたせいでせっかく良かった体調に影響が出ていた。
「やっぱりだめだ」
ヤギリは急に起き上がり諦めの言葉を吐く。それを聞いたボレックが振り返った。
「どうしたカゲミチ?荷台じゃ寝れないか?」
「そもそも俺は乗り物に弱いっていうことを忘れてました」
「おいおい最初は平気そうな事を言っていたじゃないか」
「調子に乗ってつい威勢のいいことを言っちゃいましたね。……気晴らしというわけじゃないですけど、次の町に着くまでにいろいろ聞いておきたいことがあるんですが」
「なんだ?」
ヤギリはコサの町だけでなくカマルナム全体の地理について尋ねた。
「カマルナムの地理か。お安い御用だが、ついでにざっくりカマルナムの周辺国家についても説明するぞ」
「お願いします」
ボレックは言葉通りざっくりと説明し始めた。
東にはネルケセク共和国。魔帝国に匹敵する広大な土地を有し、ボレックの故郷でもある。カマルナムとはあまり友好的ではない。互いに警戒し合っているが領土争いなどに発展するようなことは無く。交易も普通に行われているし、市民間での交流は問題なく続いている。
北にはデオラゴーネ魔帝国。カマルナム、ネルケセク、アシバ、モーガットと対立している。魔族の支配する国で軍事力も抜きん出てる。一番最後に争ったのはカマルナムとで、100年くらいだか前に一応の休戦状態となる。しかし、今でも力を蓄えていていずれは大陸全土を支配するつもりでいると言われている。
北西にはミンフリッサ自治領。自治領とは言うものの実質的に魔帝国の一部。自治領とカマルナムの国境が今のところ大陸で一番危なっかしい所。時々起こる小競り合いは魔帝国がけしかけてると言われている。港を閉ざしているだけでなく昔から他の国との交流が少なかったこともあり、いまいちどういう国なのかわかっていない。
南にはアシバ皇国。南西に緩やかに延びるサヴニュリエ半島の大部分を領土とし、ほかにも幾つかの小さな島を有する海洋国家。独特の文化で民族意識は強いが、寛容な所もあって様々な種族との交流もしている。文化の違いから揉め事が起こることもしばしばだが、商売は特に盛んで、技術力も高い。魔帝国から目をつけられていたが、間にカマルナムがあるため大きな争いには至っていない。
肝心のカマルナムとは友好的だったはずが、いつの間にか疎遠になっている。しかし共和国と同様に交易は変わらず行われている。
そして西のタウーゲン海。ミンフリッサ、カマルナム、アシバがこの海に面している。ミンフリッサとアシバは海の資源争いで昔から揉めていて、船同士での戦闘がよく起こった。ミンフリッサが有利だったが、アシバがカマルナムに船の技術や海上の戦術を教えた為に争いは拮抗するようになった。アシバは他の海にも囲まれているしカマルナムとは協定が結ばれているので問題はあまりない。
「ミンフリッサも他の海に面しているはずなんだが、なぜかタウーゲンに拘るんだよなぁ」
「海の中に貴重な資源が眠ってるんじゃないんですか」
「へえ。例えば?」
ヤギリは『メタンガス』類の事を言おうとして踏みとどまった。
「……海賊の財宝とか?」
「そりゃあいいな!でもなぁ、確かに海賊はいるっちゃいるが、財宝を蓄えてそうな名のある海賊なんて聞いたことないからな」
「そう……ですか。それはそうと話を聞く限り、カマルナムは魔帝国と対峙していて共和国や皇国ともっと協力し合った方がいいのに、だんだん両方から距離を置いているみたいですけど」
「だろう?大丈夫なんだろうなこの王国は。魔帝国がこっそりアシバやネルケセクに嫌がらせしてカマルナムに手を貸さないようにしてる……なんて様子も無い。共和国と皇国はよく行き来してるから、そういう情報を集める努力もしてるんだがな」
「……」
ヤギリには二つの国がカマルナムと距離を置いている理由が大体わかっていた。
「おっと、まだ途中だったな。それでカマルナムの地理だが」
ボレックは再び話し始めた。
自治領との国境にある町がトルバンス。兵士が多く駐屯しており、軍港もある。
北と南のちょうど中間にある大きな港町がサドカイ。カマルナムで最も漁業が盛ん。
サドカイから東にある湖畔の村がニミルで、さらに東の山の麓の小さな村がクゾル。
東の共和国とを繋ぐ街道の途中にあるのがフドの村。
南の国境の都市がパストール。王都に匹敵するほど栄えている。商業的には国境を挟んですぐ隣の都市ムロノスが好敵手。
「そんで王都の『カマル』は、まず建物が綺麗だ。区画が整理されてて、水路も発達してる。安定して綺麗な飲み水を飲めるのはうらやましい限りだ。北の険しい山に蓄えられた水があるおかげだって言われているらしい。東の方に広がる山は緑が生い茂って動物資源も豊富でな。ただ、魔物もちらほら出る。山の奥深くにはかなり危険な部類の奴もいるとさ。魔物は西の平原にもいるが、トルバンスとの間にある森林からたまーに出てくるのばっかりでほとんど害がないってよ。もっとも、俺達にとっちゃカマルナムなんて魔物なんていないのとほとんど変わらんけどな」
「え?どういうことです?」
「そのままの意味さ。他の国に比べてカマルナムは魔物や魔獣が圧倒的に少ねえんだ。兵士達が優秀なのかね?それが一番うらやましい所だよ」
魔物の多い少ないに関する問題はヤギリには今のところよくわからない事だった。漠然と「それも魔帝国が関わっているんだろう」いう感想を抱いたくらいである。
「しかも魔物だけじゃなくて盗賊の類もほとんど現れない。まあ、そのおかげで俺みたいな商人が一人でも荷を運べるんだから、ありがたい話なんだけどな。おっと、話を戻そう。俺達が今向かっているコサの町は、王都とパストールと共和国からの三つの街道が繋がる場所だ。だからパストール程大きくはないが人がよく集まる重要な拠点で、宿が多い。他にも、旅行者や冒険者向けの品を売ってる小規模な店がたくさんある。怪しい店もあるが種類だけで言えばカマルナムで一番だろうな。コサを気に入って住み着く奴も増えていて、昔と比べて外側は雑多な街並みに見えるかもしれんが、町の中心にいくと整った建物がほとんどだ。とにかく、割といろんな奴が居て面白いぞ」
「コサだけアシバと似てるんですか?」
「雰囲気は似てるかもな。だが種族の多さはアシバに及ばないと思うぞ。……こんなもんかなカマルナムについては」
「ありがとうございます。大体は理解できたと思います」
「そいつはよかった。他にはなんかないか?」
「他に、ですか……」
ヤギリはついでにカマルナム王がどんな人物かを聞いた。
「優秀で民からも慕われている。国を良く統治し、魔帝国も寄せ付けない偉大な王」
「……それだけですか?」
ヤギリは唖然とした。まるで人から聞いた言葉をそのまま口にしているようであったから。
「と、この国の連中は言っているよ」
「はあ……」
ボレックはそもそも年に一度ある大きな祭りの時しか王都へ行かず、共和国が王国と距離を置いていることから極力面倒事には首を突っ込まないようにして商売を続けている。王や政治についての評判も、人づてに聞いた以上の事を深く探ろうとはしなかったのだ。
「なにかありそうな気はするんだけどな」
「商人のカンってやつですか」
「ま、そんなところだな」
次にモーガットについても聞こうと思ったヤギリだが、東の国から来たと言ったからにはモーガットについて質問するのはおかしいのではと不安になり黙った。
ヤギリの質問が一段落し、今度はボレックがヤギリの故郷について聞く番になった。
隠居した老剣客が剣の腕を活かして世渡りする話に興味を持ったボレックは「その老人と会ってみたいもんだ」と言い始める。
ヤギリはこの世界に存在しない故郷に加えて小説の登場人物までごちゃ混ぜにしてしまった事を後悔した。
コサの町が見えてきたのは、陽神の玉眼に少し瞼が垂れて来た頃。
まだまだ明るい大地と町の景色に目を細めながら、ヤギリは唾を飲み込んだ。




