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ゲーム脳盗賊、闇を狩る。  作者: 土の味舐め五郎
第一章 ~カマルナム王国脱出~
17/93

メインクエスト:小目標『村で一夜を過ごす』


   ◇


 仮初の故郷の話をしながら、疲労回復に良いとされる薬草を炒って煮だした茶を飲んでいると、ムッタ婆さんが何かに気づいたようだ。


「帰ってきたようだね」


 言われて家の外に意識を向けると、かすかに男たちの声が聞こえる。ボレックを助けに行った村人達が帰って来たのだろう。内容はよく聞き取れないが、どうやらボレックは無事であるようだ。


 俺は急いで外に出て声の聞こえる方へ目をやる。

 村の男たちはちょうど分かれてそれぞれの家に戻るところのようだ。本来の仕事に戻るのだろう。だが肝心のボレックの姿が見当たらない。

 ちょうど前を通ろうとしていた若者の一人に声をかけてみる。


「あの、ボレックさんは」


「ああ大丈夫だよ。馬の世話をして荷物を下ろしたらこっちの方に来るはずさ」


 よかった。これでやっと安心できる。最初の小目標の時点で失敗する事も頭が痛いことだが、城を出てから一番最初に関わった人が酷い目に遭うというのも居たたまれない。

 救助に向かってくれたことも含めて若者に礼を言うと、若者は軽く手を振って気分良さそうに歩いて行った。

 

 ちょうど軒先に無造作に置かれた木の椅子があったので腰を掛けて待つことにする。

 座ったところでムッタ婆さんも外に出てきた。どうしたのか聞くと家の裏にいる家畜に餌をやりにいくのだそうだ。


「手伝おうか」

 

 勢いよく立ち上がったせいか少しふらつく。


「いいからあんたは座ってな。まだ本調子じゃないんだから。それにそんなに手間のかかる仕事じゃないから手伝いはいらないさ」


「……わかったよ」


 しぶしぶ座りなおす。


 しばらくしてボレックがやって来た。

  

「よう!ボレーの家にいたのか、いろいろ話したいことはあるがひとまず村長のとこに顔を出さなきゃならんからその家で待っててくれ!」


 こっちが何か話しかけようとするのも気にせずスタスタと村長の家の方へと歩いて行った。


 三十分ほど待っただろうか。

 その間に、家畜に餌をやり終わったムッタ婆さんは「ちょっと畑の様子を見てくるから待っててくれ」と言っていなくなってしまった。去り際に手渡されたヨアの実を、少し堅い皮を剥くのに苦戦しつつ齧って食べていた。


 ボレックが戻ってきたのは、残った芯の部分をしゃぶりつづけてそろそろ味もしなくなってきた頃だ。

 

「お前さんのおかげで助かった。待ってる間は山賊が来ないかヒヤヒヤしたぞ」

 

 そう言って笑うボレックに俺も言い返す。


「俺は落馬して死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ」


「あっはっは!すまんすまん!馬に乗ったことがない奴には厳しかったかもしれんな!だが、スプライタスはお前をわざと振り落とすような事はしなかっただろう?お前さんが本当に落ちそうな時はうまく加減したはずだ」

 

「スプライタス?」


「あの馬の名前だよ」


 必死だったからそんなのは全然わからなかった。

 確かにスプライタスは時々スピードを緩めたり、呼吸を整えるために少し歩いたりはしたが、あれがそうだったのか?違う気がする。


「そうそう、名前と言えばお前さんの名前を聞いてなかったな」


「カゲミチです」


 今度はすらっと名乗る。


「珍しい名前だな?何はともあれお互い無事だったんだ。それで良しとしようじゃないか!」


「そうですね。本当に良かった……」


 ボレックが少し不思議そうな顔をする。


「なんかお前さん、さっきと比べて喋り方が丁寧になったな」


「さ、さっきは山から下りたばかりで盗賊の追跡に慌ててたから!こっちの方がいつも通りなんですよ」


「……ああ、なるほどな。で、お前さんこれからどうするんだ?攫われて逃げてきたんだろ?」


「そのことなんですが、実は頼みたいことがあって」


 俺はさっきムッタ婆さんと喋った事をかいつまんで説明した。遠い東の故郷の事について触れた時は少し驚いたような素振りを見せたが、納得はしてくれたようだった。


「そうかい。そういうことなら構わんよ。お前さんには助けてもらったわけだしな。明日の朝荷物を積んだらコサの町に向かう。コサでもまた一晩泊まって、次の日にパストールへ向けて出発することになるな」


「ありがとうございます。ボレックさんが気前のいい人でよかった」


 ボレックがちょっとだけ照れくさそうにして顎を掻いた。


「ま、商人だからな。投資するのは当然だ」


「投資?」


「いや、ほら……あれだ。年長者が若者に投資することで世の中は良くなっていくものだ。って親父からの受け売りなんだ。若いやつが困ってたら助けてやれってよ」


「素晴らしい教えですね」


 わざとらしく咳払いするボレック。


「そんで今晩の事だが。俺はいつも村長の家に泊まってるんだがお前さんはどうする?村長に頼めばあと一人くらいなら大丈夫だと思う」


 その時、例の効果音と共に小目標が更新された。


『村で一夜を過ごす』


 これならほとんどクリアしたも同然だ。


「泊めてもらえるならとてもありがたいです。是非」


 と言い終わらない内に「それはちょいと待ちな」割り込む声がする。畑から戻って来たムッタ婆さんだ。


「カゲミチは家に泊まらせるよ」


「え?」


「よおムッタおばちゃんひさしぶりだな。そういことなら無理にとはいわないよ。そんじゃあ俺は村長んとこにいるから、なんかあったらそっちに来てくれ。それから、これが頼まれてた手紙」


 ボレックは懐から粗雑な紙でできた大き目の封筒のようなものを出し、そこから整った羊皮紙を取り出してムッタに手渡した。


「ありがとうよ。ほら、これが代金だよ」


 ムッタはどこからか小さな布袋を出して、何枚かの銅貨をボレックに渡そうとする。俺は銅貨を注意深く見た。


「だから金なんかとらないよ。いつも言ってるだろう?貰ったって俺が家で怒られるんだから」


「黙っときゃいいのさ」


「そういうことじゃないんだって。いらないいらない、じゃあな。また帰りも寄るから」


 ボレックは逃げるようにその場を去り、途中振り返って「なにか用があったら村長の所に来いよ」とだけ言った。


「いつもああやって遠慮してるのさ。何かにつけて頼みを聞いてもらってるから、銅貨を少しづつ貯めてボレックに渡すつもりでいるんだけどね。おかげで私の隠し金が増えるばかりさ」


 やれやれという感じで俺の顔を見る。なにかいいことを思いついたように顔を明るくした。


「そうだ。代わりにあんたにややればいいんだ」


「いろいろ世話になってばかりなのにもらえないよ」


「ん~そうかい。困ったねえ」


 とっさに断ってしまったが、貰えるなら貰っておいたほうがよかったかもしれないと少し後悔した。顔には出てないよな?


「いざというときにお金が無いことの方が困るだろ?それまでいくらでも貯めておけばいいって」


 ムッタ婆さんを諭すと「それもそうだねぇ」としぶしぶ納得してもらえた。


 ちなみに後から聞いた話だが、ムッタはボレックの伯母なのだそうだ。


   △


 なにはともあれムッタ婆さんの好意によってボレー家に泊まることになったヤギリ。

 ボレー家は、最年長ムッタ、家長である息子のボレーとその妻リーベ、孫でボレーの長男ルバロで構成されている。ボレーには長女と次女もいるが既に嫁いでおり、村からは大分離れた土地で生活しているという。その嫁ぎ先を紹介したのはボレックで、手紙などがあれば預かって娘たちとのやり取りを手伝っているというわけだ。

 

「そもそも、この村の娘の嫁ぎ先のほとんどはボレックが紹介しているんだよ」

 

 畑の仕事を終えて戻ってきたボレー一家の紹介をムッタがし終えると自然とボレックの話になった。

 話をしている間もムッタやリーベは夕食の準備をしており、男三人は一足先に果実酒を呑みかわしながら料理を待っている。空はようやく赤くなり始めた頃だ。 

 

 ボレックはモーガットからパストールをよく行き来する商人で、村での売買はもちろん、立ち寄った際には村人達に知恵を貸したり、小さな子供たちに無償で玩具を譲ってくれたりと、何かと手助けをしてくれて尊敬をされているという。さらに、村娘の嫁ぎ先の紹介だけでなく、村の次男や三男が村の外で働く支援なんかもしていて、それが特に喜ばれている。


 ヤギリがボレー家で手厚く歓迎をされているのは、ボレックを助けたことが一番の理由だ。

 最も、今年は豊作の年で村に余裕があるという事や、ここ十数年間国の治安や税制が良くなっているおかげで民衆の心も潤っているという部分もあるのだが、現在の会話では村に余裕があるという部分しか触れられていない。

 そうこうしているうちに料理が運ばれてきて、ボレーは母と妻を待たずに食べ始める。

 ヤギリは遠慮してしばらく酒ばかりを口に運んでいたが「気にしないでたべな!うちではいつもの事だから」とルバロに言われてやっと料理に手を付けた。

 骨付きの肉、おそらくパン、野菜のスープ、蒸した芋のようなもの、塩辛い魚卵だと思いたい、そして果物。ヤギリが名前のわかる食べ物はヨアの実だけだろう。かろうじて肉が鹿っぽいと予想はしたかもしれない。

 城で食べたものとはまったく違うが、ヤギリにとってはこれが異世界での初めての食事のように思えた。

 

 ムッタが語るボレックの活躍や失敗の話が終わると、今度は『アキツシマ』の話へと変わった。

 ヤギリはムッタに聞かせた江戸の話をところどころ確認しなおすように喋り、ボレー一家に故郷の話をし始めた。が、振る舞われた果実酒を調子よく飲みすぎたこともあって、彼の口から紡がれる物語の中の江戸の町は、暴れん坊将軍と盗賊改と老剣客によってなかなかハチャメチャな事になっていき、最後の方はわけがわからなくなっていた。


   ◇


「そうそう長いと言えば、滝沢馬琴って人が書いた『八犬伝』っていう本があるんだが、これがまた長くて長くて……小牧長久手……」


「ハッケンデン?どんな話なんだぁ?」


「八匹の犬が出てくる……。ああいや、ちがう。犬は一匹だけど八人の剣士が出てくるんだよ」


「へぇ~それで?」


 続きを言おうとしたところで奥さんに止められる。


「そろそろ明日に備えて寝たほうがいいんじゃないかい?ボレックさんと一緒に行くんだろ」


「そうでしたぁ~」


 随分酔ってしまっていると自分でもわかるが、とても良い気分だ。でも寝なくては。


「え~っとどこで寝たらよろしいです~?」


「すぐそこに用意してあるよ」 


 指で示された方を見ると、食事をしていた部屋の脇の方にいつのまにかそれらしいスペースが作られていた。木製の薄い板を何枚か並べてそこに藁と布を重ねただけのものだが、横になってみるとそれほど悪くない。ポーチを枕代わりにすれば問題なさそうだ。上にかける物はなにかの獣の毛皮のようだ。少々サイズが小さいが、部屋の中央で焚いてる火もあるから問題ないだろう。それに、外の風もほとんど寒くはない。


「もうしわけないね。ベッドが無いから床になっちゃって」


「だーいじょうぶですよこれくらい!俺の故郷ではベッドというものはないですから!いつもこういう感じに床に専用の敷物をして寝てるんで調度よいですよぉ」


「そうなのかい?それならよかったよ」


 リーベさんは安心して自分の寝床へと姿を消した。ムッタはずっと前に眠りについたのだろう。俺以外の男二人はいつのまにかどこかでいびきを立てている。

 

 俺は普段寝付きが良くない方だ。その上いびきの音が響くとなれば気になって仕方なくなるはずなのに、今日ばかりはあっという間に睡魔に襲われ、暗い眠りの中へと引きずり込まれた。


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