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ゲーム脳盗賊、闇を狩る。  作者: 土の味舐め五郎
第一章 ~カマルナム王国脱出~
16/93

メインクエスト:小目標『荷馬車の主を助けよ』2


   ◇


 生きているという強い実感を一日に二度も味わうことになるとは思わなかった。


 ボレックの馬は確かに賢い。そして速くてスタミナもある。しかし騎乗経験がまったくない素人にとってあの馬上は地獄だった。


 山を全速力で下った直後で疲労の溜まっていた俺の足腰には限界が来ていた。というか疾走している最中に何度も限界は迎えていたが、吹っ飛んだら死んでしまうという恐怖によって肉体が限界を超えて踏ん張ってくれたのだ。


 ガメスの力による補正が掛かっていたりするかもしれないが、悲鳴を上げているこの身体の感覚は自身の火事場の馬鹿力によるものだと思いたい。


「大丈夫かい?」


 村の端にある小屋の脇に倒れ込んでいると、老齢の婦人が声をかけてきた。手には木でできたコップのようなものを持っていて、飲みなさいと言わんばかりにこちらに差し出してくれている。


「いただいても?」


「必死に走ってきて喉が乾いてんだろう?早く飲みなさい。あんたが乗ってきた馬も向こうで水を飲んでるよ」


 離れた場所にある別の小屋のところで桶に入った水を飲んでいる馬が目にはいる。勢い良く水を呑む様子につられてヤギリも老婆から受け取ったコップの中の物を一気に飲み干す。 

 水だと思っていたそれは果物のジュースだった。スッキリした甘さと酸味が身体に染み渡り、口の中には和梨のような風味が残った。うまい。

 

「この飲み物は」


「初めてかい?この村でよく採れるヨアの実の果汁だよ。王都や東の方の町なら苦労せずに綺麗な飲み水が飲めるんだけどねぇ」


 綺麗な水が飲めるという情報に驚く。現実世界の歴史を基準に考えて、飲み水の確保は難しいかもしれないと思っていたのだが。


「ごちそうさま。おかげで落ち着きました。あの、アシバ皇国の水の事情とかはわかりますか?」


「飲み水に関してはアシバの方がよっぽど良いみたいだよ。水路がよく整備されてるんだとかで」


「そうなんですか。それは良かった」


「あんたアシバに行くつもりなのかい?」


「はい。そうなんですが……山賊に荷物をほとんど盗られてしまって」


 盗られたとは言ったものの、ポーチの中を調べられればいろいろとまずい。幸い武器となるダガーもまとめて入れていたので、ポーチさえ調べられなければ大丈夫だが……。


「この辺のことはほとんど何も知らないようなものだし、一人ではまた山賊に襲われるかもしれなくて怖くて」


「ならボレックに頼むといい。あの人はいつも国境のパストールまで行くからね。乗せてもらえばいい」


「よかった!それは助かります」


 そう言ったところでハッとする。


「……ボレックさんが無事だといいんですが」


「大丈夫だと思うけどねえ。道具屋と一緒に若い連中が何人も一緒に向かったみたいだし。荷車の車輪がちょっと変になったぐらいならすぐ直すだろうさ」


「そっちの方は大丈夫でしょうが、山賊に見つかってないか心配で」


「ああ、村長が言ってたね。あんたを追ってるかもしれないって?」


「ええ……。逃げ切ったつもりではいるんですが」


「たしかに心配だねぇ」


 老婆と一緒に村の外へ延びる街道を眺める。

 遠くを見ながら、俺はさっきまでの出来事を思い返した。


 ボレックの元を離れてから村へと辿り着くまで時間にして20分ほどではあったと思う。

 暴れているかと思うほどの馬の背に必死にしがみついて疲弊した俺は、村の入り口が見えた辺りで安心して少しずつ重心を後ろにしてどうにかこうにか馬を停めて降りた。だが、そこで力尽きてバッタリ倒れてしまった。体力的にはまだ若干余裕があったが、足がいうことを聞かなかった。

 そんな俺を尻目に馬はそのまま村の方へと歩いて行った。何度か速度を落として休息を挟んでいたとはいえ、随分と元気だ。よく考えたら、あれだけ全速力で走ったらぶっ倒れてもおかしくないはずだ。この世界の馬のスタミナが桁違いというだけだろうか?

 疑問に思いながら村まであと一歩のところで動けなくなり焦っていた俺だが、近くの畑で農作業をしていた村人の何人かがこちらの様子を見ていたらしく、倒れている俺を心配して駆け寄ってきてくれた。

 俺はとにかく急いで事情を説明し、ボレックを早く助けに行ってくれるように頼んだ。実際にそこまで危機はないものと自分では思っていたから、案外この満身創痍な状況は村人達にただごとではないと思わせるのに好都合だったといえる。

 報せを聞いた村長はすぐに『道具屋』と呼ばれる男と役に立ちそうな若者数名を呼び、村で飼っている馬も用意してボレックの元へ向かわせてくれたのだった。


 その後、村の中に連絡が行って救助の馬が街道へと走っていくまでの間、俺はとりあえずこの小屋まで運ばれて休んでいるように言われたのだった。

 肩を貸してくれた壮年の農夫はすぐに農作業に戻っていったが、時々遠くからこちらを気にかけてくれているのがわかった。

 老婆が現れたのは道具屋達が村を出て数分してからの事だ。


「そういえば」


 老婆がなにか思い出したように口を開いた。


「東の方では『ゴズマシラ一家』とかいう怖い盗賊が幅を利かせてるってていう噂を聞くけど、あんたを攫おうとしたのはもしかしてそいつらかい?」

 

 ゴズマシラ。今初めてきいたが、なんと答えたらいいか。


「ええっと名前はわからなかったな……そんなに恐ろしい連中なんですか?」


「人を平気で殺すような連中だってさ。ああでも、それなら違うか。あんたが逃げられたんなら、もっと別な盗賊かもしれない。なんにしろ物騒だね。この辺で野盗やら山賊なんて、滅多に出て来ないんだけど」


 それは知らなかった。攫われたという嘘がバレるだろうか?何かうまく誤魔化さないと。


「実は俺、遠い東の国から旅をして来たんですけど、途中で旅の仲間とはぐれてしまって、そんな時に盗賊に襲われて、それからしばらく山を連れ回されていたんですが……」


 やばい。


 仕方がないとはいえこの嘘はちょっと無理があるのでは?この世界の地理なんて全くわからないから質問攻めされたらすぐにボロが出るぞ!


「遠いっていうと、隣の共和国のさらに東のモーガットよりも遠く?」


「もっと遠くですね。海を渡った先にある島国で『アキツシマ』と呼ばれています」


 つい言わなくてもいいことまで余計に言ってしまった。


「へえ~。あんたの顔や肌の色があたしらとは随分違うから、この辺の国の出身じゃないとは思ってたけど、そんな遠くから来たんだねぇ」


 納得してもらえたようでよかった。


・言いくるめ成功 話術 1上昇


 ホッとしたのと同時に、〈テロロン〉という効果音と共に視界の下部に文字が表示される。


 こういう会話でもスキルの上昇に繋がるのか。あまり喋るのは得意な方じゃないから、序盤の内にこういうのでポイントを稼げると助かる。


「やっぱり珍しいですか」


「そうだね。ああでも、南の方のアシバ皇国とかではあんたみたいな見た目の人らがちらほらいるってボレックが言ってたよ。ところですっかり聞くのを忘れてけど、あんたの名前は?」


「俺は、えーっと……カゲミチです」


 一瞬馬鹿正直に『ヤギリ』と答えそうになる。さすがにこの国にいる間はその名前も伏せておいた方がいいだろう。最もこっちの方が本名ではあるのだが。


「あたしはムッタだよ」


そう言いながらムッタ婆さんはにっこり笑った。


 ようやく名前がわかったところで、ムッタ婆さんは俺を自分の家に招待してくれた。途中で村長のサウンとも話をして、ひとまず村に滞在することを了承してもらった。

 ボレック達が村にやってくるまでの間、俺はムッタ婆さんに『アキツシマ』の事を話して聞かせた。

 

 八代将軍徳川吉宗が治める江戸の町の話はとても楽しんでもらえた。


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