闇夜を切り開いて3『初期設定』
◇
《基本的なことを説明する前に、やっておかなければならないことがある。ヤギリ、ステータス画面を開いてみたまえ》
「わかりました」
ガメスの指示に従い、ステータス画面を開く。
《今の君ができる範囲でいいから、パラメータや所持品、スキルなどの画面を同時に開けるだけ開いてくれないか》
深呼吸して意識を集中させる。吸った息をゆっくりと吐きだしながら画面を操作した。
「すぅーー……」
ステータス画面以外にも会話のログやらミニマップまで表示できるだけ表示していく。そして限界まで表示したところで視界に固定した。
《ふむ。それでは手始めにパラメータをのところを見てくれ》
「はい」
全ての数値が最大に設定されたとんでもないパラメータ。
《君もわかっていると思うけど、これはあの城から出るまでに万が一が無いように僕の裁量で施した措置っだ。この数値を今から本来のものに戻す》
ガメスがそう言うと瞬く間に数値が下がっていく。
当然の調整だとわかっているけど、やっぱり少し残念だな。
視界の画面に表示された数値が適正なものに変動していく最中、なぜかパラメータの画面が少しづつ霞んでいき、最終的に画面が消失した。
「ん?」
《次はスキルの方を調整しよう》
質問する暇もなく、ガメスは調整を続けている。
「ちょっと待ってください!」
会話や戦闘のログだけでなくパラメータの表示すら消えたことに驚き、つい大きな声を出してしまった。
「ステータス画面とかログの表示が消えていってるんですけど!マップも消えてる!」
《ああすまない、言っておくべきだったな。それは一時的なもので見えなくなっているが、無くなっているわけではない。……そうだな、こちらの方から説明すべきか》
消失してしまったわけではないことにひとまずホッとしたが、ガメスが説明しようとしている内容が俺にとって素晴らしいものでは無いことも、なんとなく予想できた。
《まず、君の視界に表示される様々な情報。メニュー画面や会話のログ、それらの操作の方法や見やすさ扱いやすさ、などのあらゆる『UI』の部分についても、一度初期化させてもらう》
「『UI』の初期化……!それは」
かなり、困ったことになるんじゃないか?
俺の苦い表情を見て何か思うところがあったのか、ガメスは直ぐに「と、思ったんだが一つ提案がある」と言ってきた。
「提案?どんな?」
《君がこの世界に来て城を出るまでに取得したGNPを全て消費してUIの大部分を維持させるというものだ》
「本当ですか!?それはとても助かります!……ところでGNPとは?」
初めて聞く単語に戸惑う。
《『GNP』とは……。『GNポイント』だ》
うん。なるほどそうだろう。でも違う。そういう事じゃない。
「Pがポイントを意味しているのはなんとなく想像してましたが、重要な『GN』の部分が知りたいです」
《フフフ……わかっているとも。だが、あえてそこは教えない》
「なん……ですと?」
《まあ聞きたまえヤギリ。そこは重要な所なのだが、だからこそ直ぐに教えては面白くない。ただ、GNPを獲得することで何ができるかは教えよう》
ガメスが言うには、
1:『スキル開拓』
2:『便利機能の追加』
3:『固有スキル取得』※これとは別に特殊な条件有り
4:『特殊デバフの解除』
などがあるという。
「など、ということは他にもあるという事ですね?」
《さて、どうだろうね?これ以上のことは特定のイベント進めて知るといい。今言った四つの恩恵が具体的にどういうものかの説明もその時に行う。GNPがどのようなポイントを意味しているのかも、取得したタイミングから考えてごらん》
「はい。なんとかやってみます」
つまり、これからは取得したタイミングがわかるようになにかしら表示されるってことだよな?
固有スキルの取得ってのは面白そうだ。でも、便利機能の追加っていうのが最優先かもしれない。『スキル開拓』ってのがよくわからないけど、なるべく早くGNPの入手条件を解明したいな。
一番重要なUIに関する問題が片付き、ガメスによる調整は淀みなく進んでいく。
俺の持ち物は配られた衣服以外だと全部城で盗んだ物で、ガメスが言うにはそれらも一度全て没収するはずだったが、本来守護英雄に下賜されるはずの資金や装備が貰えない事と、盗んだ物が少ない上に価値もそれほど高くないからそのままでいいと言う。ジグス金貨はあまり高価ではないのかと問うと「いずれわかる」とのこと。服装についても、城で用意された上等なものだったが既にボロボロでその面影はなく、上流階級の人間と思われることはまずないだろうという事で全てそのままの状態が許された。
《さて、これで『初期設定』は完了した。この山を下りて街道が見える所にまで出れば、そこから『メインクエスト』は始まる。その時に表示される小目標をまずは達成するといいだろう。》
「わかりました。ありがとうございますガメス様」
《……そうだ、今のうちに言っておこう。これから私の事を『ガメス様』と呼ぶのは控えた方が良い。万が一この国の人間に聞かれたら厄介なことになるだろうからね》
「確かに」
《そこでだ。私の事は今後『マスター』と呼びなさい》
「マスター」
少しだけ間の抜けた声が出た。
《マスターは嫌かな?であれば他の候補もあるのだが》
「いやいやマスターで問題ないです!ちょっと意外だったので戸惑っただけです。むしろ呼びやすくて俺も助かります」
《それはよかった》
ガメスはすごく嬉しそうだ。マスターと呼ばれるのが余程好きなのだろうか。
《ではヤギリ。幸先の良い始まりではなかったし、この世界での立ち回り方に慣れるまでまだまだ困難なことがあるだろうが、君の旅路に多くの幸運があることを祈る。いずれまた会おう》
「はい。また会いましょう」
そして青白い光を放ちながらガメスは消え、目の前には大きな野生の鹿だけが取り残された。
ああ。依り代ってそのまま鹿の身体を使ってたのか。
ピィ――!
今まで意識がなかったであろう鹿は、突然目の前に現れた人間に驚いて威嚇の鳴き声を発した。
「そりゃそうなるよな!」
俺は慌てて鹿から逃げた。ちらっと振り返って見ても鹿が追いかけてくるような様子はなかったが、そのままの勢いで山を駆け下りる。勢いづきすぎた時は木の枝や背の高い草を掴んで速さを抑えながらほとんど止まらずに走り、あっという間に平らな地面へと辿り着いた。
息は切れ、汗が噴き出る。尻もちをつくように地面に倒れ込むと心臓の鼓動が煩い。目を閉じて、異世界で自分が確かに生きている事を実感する。
ふと、子供の頃実家の裏山の斜面を転がるように下りた時のことを思い出した。確か、親父が蜂に刺されて慌てて助けを呼びに戻ったんだっけ。
その後親父は普通に自力で下りてきたんだけどな。
鼓動が落ち着き息も整ったところで起き上がり辺りを見回す。山を下りたといっても木々は茂っていて、ガメスの言っていた街道とやら見えるまではもう少し歩かなければならないようだ。
五分ほど歩いたところで開けた場所に出た。ここからはまだ少し遠いが街道らしきものも見え、ホッとする。
タタタン! という小気味良い太鼓のような効果音が聞こえ、視界に大き目の文字が表示される。
『国境を越えアシバ皇国へと入国する』
直後にトトン!というさっきより少し小さめの効果音がなり『街道の荷馬車へ近づく』という表示も浮かび上がった。
さしずめ最初のが大目標で、次のが小目標という事だろう。ガメスもまずは小目標と言っていたし。……それにしても『アシバ皇国』か、ここからあまり遠くなければいんだが。国境を越えるのも簡単じゃないよな。カマルナムの奴らが俺を待ち構えているかもしれない。仮に、戦う状況になったらどうするか。あるいは気づかれる前に、俺が、あいつらを。
「……ここであれこれ考えても仕方がない」
今はまず、目の前の目標だ。
△
ヤギリの目には小目標のマーカーが付与された荷馬車が映っている。
「さあて、行きますか!」
大げさに明るく言い放った言葉とは裏腹に、彼の心は冷たく沈んでいた。
ヤギリは歩き出した。カマルナムと魔帝国の影が覆う地を踏みしめ。




