闇夜を切り開いて2『ガメスの神託』
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私は遊戯が大好きだ。
あらゆる世界の、さまざまな遊びを司っている私だが、ある時、どこかの世界にあるコンピューターゲームについて知り、体験し、やがて夢中になったんだ。それは『今』からはすごい昔の事なんだけど、私たちにとって時間とか空間とかそういう概念はあまり関係がないから気にしないでもらえると助かる。
で、私も管理と調整を任されてるこの世界で何度か問題が起こってね。
そのイベントの円滑な進行と、致命的な世界への損害を予防する措置として、異世界から2~3人守護者を呼び出して、私の代わりに世界の安定に尽力してもらおうとしたのが、異界人召喚の起源ってわけなんだ。
どうしてわざわざ他所の世界から人を呼ぶのかって言うとね。……実はこの世界の魔力ってのは限られていて、特定の種族が独占したりすると大変なことになるんだ。
ちょっと話がズレるけど、大昔の話をしよう。
今『世界の魔力が限られている』と言ったけど、つまりは上限があって、一定の量から増えることは無いんだ。その代わり、魔力の絶対量が減ることもない。……別の世界に持ち逃げでもされなければの話だがね。ふっふっふ。
超古代の頃、とでも言っておこうか。世界には強大な三つの存在が君臨していて、彼らが完全に魔力を独占していたんだ。
そのうちの一柱『翠玉の竜魔王』と呼ばれる存在が、人と魔獣の争いに嫌気がさして別の世界へと旅立ってしまい、世界の総魔力の3分の1が失われた。実際はもう少し割合が少なかったなんていう話もあるけどね。
残った『魔獣の神』と『大魔導士』はどうしたかというと。何もしなかった。というよりできなかったんだね。竜魔王が「次にお前たちが直接戦うようなことがあれば、破滅の碧き炎を降らせる」なんて脅されたもんだから。ちなみに、実際にその炎が降ったとしたら確かに世界はめちゃくちゃになるけど、それでも二柱が死ぬことは無かっただろうって言われてるよ。
その後長い年月が経って『喰らう魔神』が現れた。そして、紆余曲折あって魔力を独占していた二柱を食べてしまったんだ。
魔神は当初、魔獣からも人からも非難の声を浴びせられ憎まれたけど、食らった魔力を世界へ返還することで名誉を回復したんだとさ……。
これが大昔の、超古代の伝説さ。
以来、この世界で魔力を独占する存在は現れなかった。もっとも、魔力を独占する方法もわからなかったから当然なんだけど……。
ところが、だよ。つい最近になって魔帝国が怪しい動きを見せ始めた。
他の連中が言うには魔力の独占を画策しているらしい。
私はなるべく世界に直接手を加えない方針だったので、しばらく様子を見ていた。
だが、そうも言ってられなくなったんだ。
何者かがかつて私が行った異界人召喚を模倣し悪用して、とんでもない方法で魔力を独占しようとしていることに気づいたんだ。しかも、魔帝国にまんまと出し抜かれたカマルナムは私の信仰を異端として長年弾圧しまくった挙句、ジュミラの力も利用して徹底的に私が干渉できないようにしたんだよ!
そこで私は他国の信者達にも協力をしてもらい、カマルナムの儀式に本物の守護英雄をなんとかして紛れ込ませて、サフレナル家の下衆な連中諸共に懲らしめてやろうと思ったわけなのだよ。ちなみに、今こうして君と会話できているのも協力者のおかげなんだ。
ここまで言ったらわかるだろうけど、そう。君は本物の守護英雄なんだ。そして他にあと二人、私が呼んだ人たちがいるんだけど、今は内緒にしておこう。
無論、私はカマルナムと魔帝国の企みについてある程度全貌がわかっている。
だがこれも、今の君には教えない。
まあ聞いてくれたまえ。
さっき「この世界にそのままの姿で顕現できない」と言っただろう?それに関することなんだが、大前提として私達のような高位の力を持った存在がこの世界に直接介入することは禁じられているんだ。加えて、私自身の考えやプライド、遊戯の神としての権能の限界なんかもあるから。
ヤギリ。君にはこの世界を、ゲームのシステムや特性をうまく利用して、成長し、冒険してほしい。そして最終的にカマルナムの陰謀を阻止し、デオラゴーネ魔帝国の野望を打ち砕いてほしいんだ。
◇
「そういうことでしたら、断る理由はありません。俺としても、カマルナムの城の連中には意趣返しをしてやりたい気持ちでいっぱいですから」
《……君には申し訳ないことをした》
ガメスは急に詫びの言葉を発した。心から後悔している様子が伝わってくるが、何のことだかピンとこない。
「なんの、ことでしょう?」
《城の地下で起こったことについてだよ。正確に言えば、あのまま君を地下に行かせてしまったこと、と言うべきかな》
小屋で目を覚ましてから考えないようにしていた出来事が再び脳裏に浮かび上がる。しかしなぜだろう。意識を失っていたことが良かったのか、どこか「あれは夢だったのかもしれない」という感覚になっている。
思い出そうとしてざわつき始めた心に気づき、強く首を振る。
「とんでもない!ガメス様が仕組んだことではないのでしょう。自分の好奇心が招いた結果です。……仕方のなかったことですよ」
《好奇心というなら私もそうだ。君があのまま行けばあの光景を目の当たりにするのはわかっていた。ただ、君がどういう行動をするのか。どういう展開になるのかが気になった。本当に危機的な状況の時には何とかなるよう仕組んでいたけどね。結果、君は無事だったが、人を殺めさせることになってしまった。……君の精神に大きな負担をかけてしまったのは私の過ちだ》
「確かに……できることならあんな経験はしたくなかったです。人の肉を裂いた時の感覚が今でも手に残ってる感じがします、人殺しになったっていう自覚と、仕方がなかったんだっていう言い訳で頭ん中がずっとグルグルしてる感じです。だけど引き換えに人を助けることができ……」
そこで思い出してハッとした。
「加藤はあの後どうなりましたか!?それから、一体だれが俺を山小屋まで運んだんですか!?」
《ヤギリ。気持ちはわかるが、それを私の口からいうことはできないよ。ルールを逸脱してしまうからね》
「そ、そうですか……」
俺は露骨にうなだれた。
《それについては教えらえないが、これからの君が目指すべき所と、生きていくために必要な能力については説明しよう。重要なことだから、心して聞いてくれ》
「……はい!」
これから、険しい道を行くことになるのだろう。ガメスの言葉をしっかり脳裏に刻まなければ!
△
ガメスからの神託を受け、ヤギリは真の守護英雄として異世界を渡り歩くことになる。
使命感と雪辱と冒険への期待感とに体を震わせるヤギリ。
だが『盗賊』であるということが、自身の冒険の初動を鈍らせ焦らせることになるとは、この時のヤギリにはわかるはずもなかった。




