暗夜への岐路5 「脱出と不意打ち」
◇
小さな洞窟のようになっている通路を駆け足で進む。
走りながら、地下へと忍び込んでから起きた事に思いを馳せた。
◇◇
地下通路の入り口を目指し隠密状態を維持しながら移動していると、神官長とミツルギと加藤がいた。
神官長は付き従っていた神官達数名に何かを伝えている。
神官達はどこかへ行ってしまい、入れ替わるようにして4人の衛兵が現れた。
そして、儀式の間へ向かうかと思いきや、一行はなぜか地下のほうへと姿を消した。
(元の世界へ戻す儀式は地下でするんだろうか?)そんなことを考えながら後ろをついて行った。
神官長達に近づきすぎないように気を付け、午前に来た訓練場へと入り奥の扉へと向かう。目的の物が何処にしまわれているかは臭いですぐに分かった。迅速に箱の中から『盗む』と、臭いが治まった。
こういったゲームのシステムによる仕様は本当に便利で助かる。
訓練場を出て、地下の奥へと進む。ミツルギたちが何処に向かうのか気になったのだ。
隠密状態を維持しつつも、足早に地下の通路を進んでいくと、なにか口論をしている。
ミツルギと神官長の声だ。
「おとなしくしていたら無事に帰してくれるっていうのか!」
ミツルギの怒気を含んだ声が響く。
何か、よくないことが起きている。ミツルギさんと加藤が危ない。
どうしようかと思案していると通路の奥から一瞬の激しい音と閃光、そして誰かが倒れる音と呻き声。
まずい!ミツルギさんが……!
助けに行きたいが、神官長はかなり脅威的な力を持っていそうだ……。俺でなんとかできるのか!?
そうこうしているうちに眩い光が通路に満ちて、こちらの姿までも照らし出されそうになり、咄嗟に近くの柱に隠れた。
隠密状態のはずだが、不安だ。この状況では自分のスキルが通用するか自信が無い!
ステータス画面を開くが、チュートリアルのナビゲーターはまったく反応しない。
くそ! なんでこういう時に限ってだんまりなんだよ!
焦りが募る中、発射音のようなものが聞こえ、通路を照らす光は無くなっていた。
……まさか!!
神官長と加藤が何かをしゃべっている。 そして話が終わって、衛兵二人が『何か』を引きずってこちらにやってくる。
「さっさと安置所にこいつを持ってかねえとな!せっかく若い女をヤれるチャンスを逃す手はないぜ」
気配を消している俺の脇を衛兵が通り過ぎる。そして、地面を引きずられていく無残な姿のミツルギが目に入り、その瞬間、俺の頭は燃え上がるような熱に支配された。
安置所に入った衛兵達がミツルギの遺体を台の上に置くのを確認し、背後から忍び寄る。
首から上の熱量とは反対に、心臓は冷たく、しかし鼓動は速く。
呼吸を止め、右に力強く握りしめたダガーで、衛兵の首を裂く。
台を挟んで向かい合っていた衛兵は何が起こったかわかっていなかった。
すぐに隠密状態に戻った俺は、慌てて部屋を出ていこうとする衛兵を後ろから掴み、首にダガーを突き立てた。
人の肉を裂いて貫く感触を早く振り払いたかった俺は、急いで加藤のいる部屋へと向かった。
今になって思えば、途中で神官長に出くわさなかったのは奇跡だった。完全に頭に血が上っていた……。本当に危なかった。
◇
意識を現実に戻すしたところで、追っ手が気になって振り返った。
特に気配は感じない。
加藤は意外にもしっかりついてきている。それなりの距離を走り続けているが、疲れ果てて座り込むような様子は無い。おかげで、思ったよりも早く外へと出ることができた。
そこは廃墟のようだった。もともとは広い物置かなにかだったのだろうか。
いくつかの荷車と、結構な量の布や紐、大きな壺が置いてあり、それらはわりと状態が良い。
正面の丘に向かって真っすぐ道が続いている。その先がどのようになっているかわからない。が、右手には山がある。
そもそも、ここは遺体安置所を抜けた先にあったのだ。道の向こうは墓か火葬場のようなものがあるのではないだろうか……?
「外には出たが、もたもたはしてられない。この道は墓とか火葬場に続いているんじゃないかと思うが、加藤はどう思う?それか、スキルで逃げるのに良さそうな場所とかわからないか?」
加藤に助言を求めた次の瞬間、ドツっ、と左の肩に衝撃が走った。
「ぐっ……!」
滲むような痛みに顔を曇らせながら肩を見ると、槍の穂先のような刃物が刺さっている。まるでクナイのような、あるいは棒手裏剣のような武器だ。
反射的に直ぐに凶器を抜き、それが飛んできた方向を睨む。
「お前たちは逃げられない。おとなしく、戻ってもらうぞ」
誰かが居る。一人だけではない。
声は近い、なのに姿が良く見えない。
目を凝らすとスキルのおかげで辛うじて人の姿が判別できた。6人いる。
石造りの城と草木に溶け込むような装束に身を包んだ集団に俺達は囲まれていた。
彼らはおそらく城の密偵、忍者のような役割の者たちだろう。全く気づかなかった。
やはり、俺達が逃げてることはバレていたか。
短時間に様々な出来事が起こって頭がいっぱいになっていたこともあって、俺は自分の能力を活用することを怠っていたせいもあるが、この密偵集団自体がおそろしく手練の者たちであることも原因だろう。
彼らがガメスの恩恵を受けているかどうかはわからないが、少なくともレベルで考えたら向こうが圧倒的に有利なのは間違いない。
肩の傷が気になる。ガメスの能力が働いているからか、痛みはそれほどでもない。俺の隠密能力でなんとか切り抜けられないか?だが加藤はどうする?
「……加藤、一度通路に戻れ。こいつらは俺がなんとかする」
正直に言えばなんとかできる気は全くしていないが、加藤を庇いながら多人数を相手にするよりは戦いやすい。
「はやく行け!」
加藤は素直に来た道を戻っていった。
密偵たちは少しだけ加藤のほうに視線を向けたが、それほど気にした様子は無い。一か八か、俺は即座に隠密状態になる。
流石に、この状況じゃまるわかりか……!?
「ほう……。おどろいたな、これは本当にわからない」
「我らでも看破できないほどの隠密能力の高さか。これは危なかったな」
俺の姿が見えていない?よし!これなら不意打ちでやつらを!
「しかし、もうそろそろ効いてくるだろう」
なんの話だ……?
「な、ん?」
目が霞みはじめる。意識が朦朧とし、身体に力が入らなくなってきた。
「さっきの…!毒か何かか…」
とっさにダガーを左手の甲に突き立てる。激痛でなんとか意識を繋ぎとめ、一番近くの男に向かって走り、喉元目掛けてダガーを突き出す!
しかし、あっさりと受け止められ。何かで胸元を斬りつけられる。
「ふん。他所の世界から来た軟弱なやつだと思っていたが、痛みで意識を保とうとするのは見直したぞ。だが、もう終わりだ」
「おい、殺すなよ。そいつは生かして連れ戻せと」
「わかっている」
斬られたところが痛い。しかし、耐えられないほどではない。それがガメスの能力故なのか、薬のせいで意識が途切れかけているからなのかはよくわからなかった。
膝をついて目の前の男の腰を血が滴る左手で掴む、なんとかして手傷を負わせてやりたい。もう感覚が無い。
顔に衝撃がある。
膝で蹴られた?
身体が、地面に、落ちて。
瞼が、開かない。
俺は暗闇に閉じ込められた。
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「意外にしぶとい奴だったな」
「ああ。あの強力な昏睡毒を受けてから随分と粘っているものだから驚いた」
「毒や薬に対する耐性が高かったのかもしれん。いずれにしても、神官長の元へ連れ戻せば、徹底的に調べ上げられるはずだ。急げよ、通路に戻った女も手早く捕らえるぞ」
カマルナム王直属の密偵『烏泥衆』の隊長格らしき男がヤギリの体を背負い、加藤の後を追い通路へと向かう。
「逃げおおせることは万に一つも無理だが、月白どもに感づかれては厄介だからな」」
そう言って隊長格の男は通路への扉を開けた。
隊長は中へ一歩足を踏み入れる前に地面に叩きつけられた。
頭部に一撃。地面に飛び散る血と肉と骨。
当然、背負われていたヤギリも投げ出された。幸いにも致命的な状態にはならなかったが腕や足を打ったり変に捻ったりしていた。
「なっ…!?」
「お前は…なんだ……!?」
謎の襲撃者は答えず、右手に握る凶器を振るった。
そして烏泥衆は状況を理解することなく、死んだ。
城の裏口である遺体運搬用広場には新しい死体が六つ、捨て置かれた。そのどれもが、頭部に凶悪な一撃を受けて絶命していた。
意識を失ったヤギリの姿はそこには無かった。




