暗夜への岐路4 「死と殺人と」
◇
右手に握り締めたダガーから、左手で指を一つ一つ離していく。
どうにかダガーを懐にしまったものの、身体はまだ震えている気がする。人を殺めたという事実がまるで毒のように巡って身体を竦ませた。なんとかして自分を奮い立たせなければ。
床に転がる二つの死体をできるだけ意識したくないと思った俺は視線をはずし、加藤の方を見る。無残に服を切り裂かれたその姿は背徳的な色気を感じさせ、多少なりとも気が紛れた。しかし、それをじっくり見ている余裕は無い。
「加藤大丈夫か?怪我はないか?」
俯いた加藤は小さく頷く。怪我が無いことはわかっていたが、こういう時に自分を気遣う言葉をかけられたほうが少しは安心するだろう。
「とんでもないことになったな…。今はまだバレてないだろうけど、早くここから逃げないとヤバい。辛いかもしれんが、気をしっかり持てよ!」
加藤は再び小さく頷く。声を発しないのは少し不安だが、反応はしっかりしてるから大丈夫だろう。
それより、逃げるのはいいが、どうやって?
外へ出る道は覚えてるから大丈夫だが、兵士に見つからずに行けるだろうか、他の兵士達は状況をわかっていないかもしれない。堂々としていれば……、いやダメだ。加藤がこんな有様だし怪しまれる。それに、神官長や事情を知っている奴らに遭遇したらそこで詰みだ。俺だけなら逃げられるかもしれないが、加藤は捕まってしまう……!
というか、最初っから罠に嵌められてるんだから、城の人間全員がミツルギさんと加藤の事をわかっているって思うべきだろう!?誰にも気づかれないように脱出しなきゃダメだ……!
早くしないとミツルギの遺体を運んで行った二人の衛兵もここに来る。殺した衛兵もどうにかしないと…。
「……あまり気は進まないが、これしか無いか。加藤!嫌かもしれないけど、衛兵の死体から服を剥いで、それを着てくれ」
俺は偽装の効果で巧妙に衛兵に変装できてるが、加藤のほうまではカバーできない。兵帽と包帯で頭を誤魔化すのはいいとして、どうしても胸の部分が強調される。胸部の軽装甲もつけられない。仕方ないから、怪我をしたフリをしてもらって肩を貸して歩くしかない。
左側に感じる加藤の豊満な胸も、今は鬱陶しく感じる。
懲罰房を出て細い廊下に出る。一方は今来た道、もう一方はどこに続いているかわからない。来た道を戻れるのはいいいが地下から出たら衛兵に囲まれる可能性もある、かと言ってこの先の通路がどうなってるかわからないのに進むのも危険。
どうすればいい……!
「……どうしてですか?」
「…なんだ?」
加藤の唐突な質問の意味がわからない。何に対する「どうして」だろう?
「質問はひとまず後にしてくれ。早くここを脱出しないとまずい」そう言って奥の通路へと歩き出す。
「そっちじゃありません。こっちです」
「え?」
確信をもっているような口ぶりの加藤。貸していた方から離れ、来た道を戻り始めたので驚いた。
「道がわかるのか加藤?」
「はい。私の、『スキル』……です」
その言葉に希望を抱いた俺は、加藤へと続いた。
しばらくして遺体安置所へとやってくる。
「どうしてここへ?」当然の疑問を投げかける。
「ここには抜け道があります」
加藤はそう言って安置所の奥へと行こうとしてあることに気づく。
そこには無残な姿となったミツルギの遺体と、遺体が置かれた台の周りに倒れる二人の兵士の死体がある。
俺が、殺した。
加藤は俺へと向き直ってもう一度さっきの問いを投げかけた。
「どうしてですか?なぜ私を助けてくれたのです?」
「なぜだって!?」
思わず大きな声を出してしまった。咄嗟に口を押さえる。そして一呼吸おいて口を開く。
「なんで助けたって……。お前、あのまま放っておいたら酷い目にあってたんだぞ!?見捨てた方がよかったっていうのか?」
「そうすれば、あなたは酷い目に遭わずにすみました」
「酷い目に…俺が…?」
「ずっと震えてるじゃありませんか。それに、酷い顔ですよ」
ダガーを握りっぱなしの右手を見る。震えが止まらない。同じように震える左手で顔に触れる。さすがに自分がどんな顔をしてるかはわからなかったが、手が震えているのはよくわかった。
加藤の言葉に混乱する。助けたはずの人間から「なんで助けた」なんて言われるとは思っていなかった。
「そんなこと言われても……。見捨てるなんて嫌だったし、そんなつまらない男にはなりたくなかったし」
自分でもなんだかよくわからないことを言っている気がする。
「だって、助けるか助けないかだったら、『助ける』方が絶対にいいだろう…?少なくともあの時、どっちかが死ななくちゃならなかった。加藤が死ぬか、衛兵を殺すか。俺は加藤に死んでほしくなかった。あいつらは生贄はすぐには死なないって言ってたけど、同じことだろ?」
なんで俺がこんな必死に言い訳しなきゃいけないんだろう。
「とにかくいいんだよ!俺は自分がいいと思った方を選んだんだ!助けなかったら、震えるよりももっと後悔したはずだ。だから、これでいいんだ……!」
「……そうですか」
本当に納得してくれたんだろうか。
「それに……、ゲーム的にもその方がいいに決まってるし……。いやいやこんな時に何を言ってるんだ俺は、馬鹿か?」
人を殺してしまったという強烈な罪悪感と、あんなクソ野郎は殺すしかなかったという怒り、そして『これはゲームの中の世界なんだ』という現実逃避がせめぎ合って、もう頭の中はわけがわからないことになってたが、手の震えは少し治まっていた。
加藤としゃべったことで心がほんの僅かだけ楽になったのかもしれない。
「……質問には答えたぞ!はやくしろ!」
すでに追っ手が掛かっているのではないかという不安が加藤への語気を強めてしまう。
「わかりました。こっちです」
安置所の奥の方、いくつかの物置棚があるスペースがある。
設置された棚の内、一つだけ他の物より小さめな棚があり、それは簡単に動かすことができた。
棚の後ろには観音開きの扉があって、ずっと奥の方まで続いているようだ。
「この先が出口か」
「はい。城の裏手に出るはずです。そこから逃げましょう」
加藤が自信を持って言う。
「ああ、行こう」
覚悟を決めなくては。
ここから先へ行けば、守護英雄には戻れない。
構わない。
この城の連中は信用できない……!
「やってやる……。盗賊として!」
もっとも、すでに殺しに手を染めてしまった俺は、憧れた時代小説の大泥棒のような純粋な盗賊にはもうなれないかもしれない。
それでも、いい。俺を、俺達を騙した奴らに報いを与えるためなら……!




