召喚とゲームの夢
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広い儀式の間に集まった神官たちがざわめいている。
全ての窓を垂れ幕で覆った部屋は暗く、蝋燭の灯りが照らし出す魔導士達の顔は不気味で、恐ろしげな雰囲気と緊張感を醸し出していることも理由の一つだろう。
そしてなにより、一度に10人もの異世界人を呼び寄せる儀式は、今までにない試みなだけあって、この場にいる者達に期待と不安を抱かせているのだ。
― 上手くいけば魔族たちとの取引もしばらくは安泰だ。 ―
― もし失敗したらどうなる? ―
そんな声が聞こえる中、今回の儀式を取り仕切る神官長が手順を確認していると、国王と王の客人が儀式の間へと現れる。
「それでは、手はずどおりにお願いします。くれぐれも、呼び出した者達に気取られることのないように」
二人の高貴な人物が上座に着いたのを確認した神官長の言葉を合図に、一同は部屋の中心にある召喚陣の周りに規則正しく並ぶ。そして、筆頭魔導士が儀式召喚魔法のための言葉を紡ぎはじめた。
暗い部屋に怪しい赤と紫の光がほとばしる。その光に照らされて神官長の不敵な笑みが顕になる。
その陰、段の高くなった場所で国王と謎の客人が儀式の様子を見守り、王は険しい顔を、フードを深くかぶった客人は妖しい笑みを浮かべていたのであった。
◇
予約していた新作のゲームソフトが、配達予定の二日前に届いたことが不思議だった。
変だなと思ったが、住所も間違っていないし、宛名もちゃんと『長雲景通ながくも かげみち』と書かれている。それに、早くプレイできるという喜びと興奮もあって「なんだかわからないがラッキーだ」と都合よく解釈し、瞬く間に違和感を脳の隅に追いやった。
仕事を終えて帰宅し、これから2連休というタイミングも重なり、夕食の為に買ってきておいたスーパーの惣菜のことなども放って、すぐさまディスクを開封しゲームを起動した。
オンラインのMMORPGに慣れ親しんでいたのは随分前のことで、最近はゲーム自体億劫になってたのだが、以前知り合ったFPSクランの仲間から誘われ、久しぶりにこのジャンルに手を出すことになった。
『ファンタジック・オールドシング』
通称『FOT』と呼ばれるこのゲームは、とある有名なオープンワールドのオフラインRPGの世界観とシステムから影響を受けており、また尋常じゃない自由度とキャラクタークリエイトのこだわりに注目が集まった。
最初は自分もそこまで気乗りしていなかったのだが、βテストの時に経験した、キャラクタークリエイトの楽しさ、初期ステータスの割り振りの自由度、驚くほど好みに合ったファンタジーの世界観に、物の見事に魅了されてしまったのである。
それがいけなかったのだろうか。
一度何かに熱中し始めると周りが見えなくなるところは確かにある。ゲームに集中すると、物音が気にならなくなる、周りの景色も、時間の感覚も。
ゲームを起動してからディスクを読み込んだまま、しばらく真っ暗なモニターを眺めているだけだったのもおかしかったが、それ以前に、本来の発売日まではサーバーがメンテナンス中であるはずなのにゲームが始まってしまったことが、極めつけに異常だった。
そして、それに気づいた時には、もう手遅れだった。
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凄まじい光と音、そして空間のうねりが治まる。程なくして陽光を遮っていた幕が取り払われ、部屋が本来の明るさを取り戻した。
「召喚は成功しました。が……」
神官長が召喚陣の辺りを見回し、眉根を寄せる。複雑な紋様が描かれた床の上で、7人の人間が状況を飲み込めず、不安そうにキョロキョロとあたりを見回している。
「申し訳ありません陛下。3人ほど足りないようです」
「今、成功したと聞こえたが?」
陛下と呼ばれた男が意地の悪い笑みを浮かべる。すると、神官長は困った表情でしゃべり始めた。
「お戯れを。必ず10人呼べる保証はないと何度も申し上げました。それに、5人もいれば十分過ぎると陛下も仰ったではありませんか」
「ふっ……そうだったかな?まあ良いだろう。実際の所、5人呼べるかも怪しいと思っていたからな。いけ……異界からの戦士が7人も現れたものだから嬉しくてな。つい意地の悪いことを言ってしまった」
やれやれと肩をすくめて見せ軽く咳払いをする神官長。そして、異世界から呼ばれた7人の人間をそれぞれ見回し、口を開こうとしたところで、部屋の隅にある隠し扉から、王直属の兵が現れる。神官長は何事かと思い、喋るのを一旦やめた。
身軽そうな装備にフードとマスクで顔を隠した、いかにも裏方といった風のその兵士が素早く王の所まで移動すると、耳元でなにかを囁く。
すると王は少し驚いた表情をし、すぐに神官長の顔をみて満足そうに顔をニヤつかせた。
「ダルコンよ少し待て。どうやら本当に『成功』のようだ」
ダルコンと呼ばれた神官長は王の言葉の意味どういうことかわからず、「はぁ」と戸惑いながら返事をするしかなかった。
◇
いけない!眠ってしまったか?
あわてて飛び起きる。
いつもと違って、寝起きなのに随分と清々しく頭がはっきりしている。寝ぼけ眼を擦る必要もない。周囲を見渡すと、少し古びた白い石壁があり、水捌けの良さそうな地面には手入れされた草が生え、所々には小さな花も咲いている。なにやら、城の中庭のような場所に寝ていたようだ。耳を澄ますと建物の中が少し騒がしい。
気になって窓のある壁の方に顔を向けると、視界にゲームのステータス画面が現れる。邪魔だなと思い頭を振ってみるが、どこを向いても完全に固定されたようにつきまとってくる。
あきらめて、自分の状況を整理してみる。たしか、新作ゲームのキャラクタークリエイトの途中だったはず。
「……そうか。仕事終わりだったもんな。疲れからか、不幸にもゲームをプレイ中に深い眠りに落ちてしまったと」
だとするとこれは夢の中だろうか。はっきりそうと認識できるってことは明晰夢ってやつかな。大抵いつも、夢だと気づいたあたりから見ているもの認識が怪しくなって、眠りから覚めてしまうんだけど、今回はまったくその気配がない。
「新作ゲームを楽しみにしすぎてた影響か、ファンタジーに出てきそうな建物の中庭っぽいな。さて、どんな夢になるのかな」
もしも夢じゃなかったら……。なんて、そんなわけはないか。
「ところで、どこへ向かえばいいのかな」
そうつぶやくと、視界がやや暗くなり、目の前にステータス画面のようなものが映し出される。
左上部に『名前:ヤギリ』『職業:盗賊』とわかりやすく表示されている。
これは既に決めていたものだからいいとして……。
「確か、初期クラスを設定したあとに能力値の割り振りをやってる最中だったな」
俺は普通にプレイしてもつまらないだろうと思って『盗賊』を選んだ。能力値も防御系はそこそこに、物理攻撃力はプリセットのキャラクターの平均より少し低くして、魔法系に関しては完全に捨てた。盗賊らしく、俊敏と運に大きく割り振っていたのだ。
そして割り振れるポイントはまだ残っている。
「盗賊クラスとかの特定のクラスを選ぶと、普通のステータスとは別に割り振れる項目が出てくるんだよな。それで、ええっと……ん?」
急ステータスの割り振りの表示がおかしくなった。まるでバグったかのように数値が上下し続けている。
「どうなってんだこれ?」
一瞬慌てたがすぐに冷静になった。そもそも夢なんだから思ったとおりにいくわけがない。
「……かといってどうしたら良いかもわからないな」
困っているとステータスの表示が消えて電子的な声が頭に響く。
〈プレイヤーさんこんにちは。これからチュートリアルを開始します。〉
チュートリアル?まだステータスが、というかバグって……。
〈チュートリアルを開始するにあたり、パラメータはほぼすべてMAXの状態に設定してあります〉
「なん、と?」それは素晴らしい。
〈手始めに、日陰になっている方の壁にある窓を覗いてみてください〉
とりあえずの問題はないようなので、おとなしく音声に従って行動することにしよう。
「あれか」
盗賊っぽいそぶりで腰を低くし、音を立てないように窓の方へ移動する。なるべく向こうから顔が見えないように気をつけながら様子を窺うと、兵士が何人か集まって物々しい雰囲気を醸し出している。どうやら侵入者を捕まえようだ。
一人の兵士が廊下の奥へ歩きはじめると、それに続く兵士の他に、明らかに服装が異なる者が二名、後ろ手に縛られながら連れて行かれた。
〈今、奥へ向かった兵士たちについて行ってください。隠密スキルを利用して気付かれないように注意してください〉
「なるほど、そういうことになるんだろうとは思ったけど」
せっかくだ。夢が覚めるまで、盗賊になりきってみるとしますか。それにしてもいいね。職業に合ったチュートリアルの進行は。
こうして長雲景通は、夢のような、ゲームのような、悪辣な罠が待ち受けている幻想的な異世界へ、足を踏み入れるのであった。