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幸田露伴「さゝ舟」現代語勝手訳(12)

 其 十二


「聞かれて悪いことではないにしても、新右衛門殿を差し置いて、お静殿と叔母様と小生(わたくし)と三人だけでヒソヒソと内田家の再興の相談をすれば、『自分を信用していないので除け者にしたのか』と、新右衛門殿に嫌な気持ちにさせることになり、小生(わたくし)も義理のある中なので、あまり気持ちの好いものではござりませぬ。と言って、叔母様はお足が悪くて歩くことが叶わず、兎に角、小生(わたくし)が直々にお静殿のお宅に伺って詳細を申し、ご相談した方が良いように思われまする。お静殿のお住まいはどの辺になりまするか、お教え下されば訪ねて分からぬことでもござりますまい」と、胸に幾らか考える所があって、(さい)(しょう)が言い出すのを、それとも気づかずに、

「成程、それも道理。お静殿の住居(すまい)はこの家の前から向こうの細道を辿(たど)って、菜畑の中を真直ぐに通り抜ける。すると桔槹(はねつるべ)…井戸水を汲み上げる装置…がある草葺きの家があるが、その家の茶の樹が植え(めぐ)らされている傍に沿って少し行き、三尺ばかりの幅の道に出会ったら、それを何処までも左の方へと伝って行く。小流れの(あぜ)で出るが、そこから向こうを見渡せば必ずもうお静殿の家の門の柳の樹が眼に入ろう。ただの農家とは様子も違っているので、直ぐにそれと分かるはず。もしも道に迷って分からなくなっても、そこら辺にいる者に訊けば、きっと玄関まで案内してくれるだろうから、一寸(ちょっと)会ってくるのがよかろう。()うたら、ついでに、一昨日、新に持たしていただいたお味噌はどのようにしてお調製(こしらえ)になったものやら、実に()いものをいただきましたと、桜味噌を(もろ)うた礼を言うておいてくれ。また、新がいたなら、賢く大人しくしてお小夜さんと我が儘からの喧嘩などせぬようにと言うてきかして」と、老婆の癖で、細かいことまで言い出すのを、顔を俯せて聞いていた僧は、

「叔母様、それでは、とりあえず行って参ります」と言いながら頭をもたげたが、不思議なことに眼には涙を浮かべている。


 どういう思いがその裏にあるのか、(うる)み声で、

「叔母様、行って参りまする」と再び言って、叔母の顔を小時(しばし)見守った栽松は、しみじみと一礼して、自分の顔を背けつつ立ち上がり、サッと部屋を出て、笠を引っ被って、

「これをお履き下されませ」と、お力が出してくれた下駄を履き、足早に七、八間歩んだが、振り返ってややしばらくは昔とは変わり果てて、衰えて、見るも悲しい青柳の家を眺め、又すたすたと教えられた細道を辿って行った。やがて、菜畑の中に出てくれば、成程、桔槹(はねつるべ)がある農家が見えて、手入れの行き届かない茶の樹が並んでいる間に、四、五羽の鶏が出たり入ったりして遊んでいた。三尺幅の村道の片方は椿や椎の木などがもやもやと茂っており、もう一方は田畑が遙か遠くまで見えて、田境、畑境に立つ雑木林の()()には、今落ちかかる日輪が(あか)く、空の色は麗しい。左へ左へと心して三町ほども歩いていけば、聞いた通り小さい流れがあった。流れの(ほとり)にたたずんで彼方(かなた)を見れば、右手に当たる小柴橋の対岸に皮付きの(しい)の木を柱にした門があって、竹の編戸は静かに垂れる柳の蔭に半ば埋もれ、(まき)生垣(いけがき)はそんなに古くはないが、よく見てみると建物の中の樹木の配置にも(おもむき)があって、清らげな住居(すまい)は、眞理谷のお静が娘と共にただ二人して慎ましやかな生活を送っている家に違いないと思われた。


つづく


次回で「さゝ舟」は終了です。

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