出来事
リスペクト
死のうと思って山の中を彷徨っていたら山小屋を見付けました。
この数年、何人ものストーカー達に生活をメチャメチャにされ続け、なのに自分から好意を持って付き合い始めた男性とは、それが原因で別れてしまい、もう生きているのが嫌になりました。
ロープを見付け、山小屋の中で首を吊ろうとしていたとき、床の上に指輪が落ちているのに気が付きました。
ふと拾って見てみました。
恐らく本物のダイヤです。落とした人は、きっと悲しんでいるでしょう。
このまま死ぬわけにはいかない──。
生真面目なわたしは山から下りて交番に届けることにしました。
その後、仕方なく独り暮らしをしているマンションに戻りました。
指輪を拾った翌日。
どうやって死のうかと考えていたとき、テーブルの上に昨日の指輪があることに気が付きました。
ああ又かと思いました。
指輪を届けたとき書類に住所を書かされました。
多分、あのときの警官です。あの男が新たなストーカーになってしまったのです。恐らく指輪はその意思表示なのでしょう。
二年前、人気アイドルだったわたしが芸能界を去ったのも、その原因はストーカーでした。でもその後もストーカー達はわたしを苦しめ続けています。
指輪を持って近くの海岸に行きました。わたしは海に向かって思い切り指輪を投げ捨てました。
本当に、こんなことなら山小屋でそのままにしておけばよかった……。
指輪を海に投げ捨てた翌日、又もテーブルの上に指輪が……。
昨日のこともあって、いつもより戸締まりを念入りにしたはずなのに……。でも、海に捨てた指輪をどうやって……?
よく似た指輪をどこかで買ったのでしょうか……?
ひょっとして、わたしの行動を全部見ている……?
ああもう、そんなことどうでもいい。だって、わたしは死ぬのだから。
指輪はトイレに流しました。
指輪をトイレに流した翌日。
今日こそ死んでしまおうと決めていた朝、又してもテーブルの上に指輪が……。
それでも一つだけ、わたしには分かったことが。
恐らく、わたしの前に現れたそのどれもが、山小屋で見付けた、あの指輪なのです。
何故なら……今、テーブルの上にある指輪は、う○こまみれに……
人を殺したことがあります。
その死体を埋めて隠そうと、夜を待ってある山に入ったのですが、いざ掘り始めたら、地面から二十センチくらいのところで一枚の免許証を見付けました。
男性のものでした。
どうしてこんなところにと、不思議には思いながらも、そのまま掘り進めることにしました。
すると、一メートルくらい掘り下げたところから死体が出てきました。
白骨化していました。そして、スカートをはいているのが分かりました。
何か光るものが目に入りました。見ると手に指輪が──かなり特徴的なデザインをしていました。
きっと犯人は免許証の男です。
このまま一緒に埋めてしまおうかとも考えましたが、直に犯人に繋がるような証拠を残して行くような男です。一緒に埋めるのは危険だと思い直しました。
おかげで最初からやり直しです。
私の死体は、その翌日に埋めることが出来ました。
その後、あのとき見付けた免許証の男に会いに行きました。
喫茶店に入った男の隣のテーブルに偶然を装って座りました。そして、持ち帰った指輪を出してテーブルの上に置きました。
指輪に気付いたときの男の様子は、本当に傑作でした。
「死んだ女のものです」私は彼に向かって言いました。「ああ。ご心配なく。警察に知らせたり金をせびったりするつもりなぞありませんから」
私は死体を埋めるのに二度手間を取らされたことへの文句を言ってやりたかっただけなのです。
「そうだ。先ずはこいつを」
拾った免許証を手渡して、私は死体の発見に至るまでの顛末を話しました。
私自身の殺人も含めてです。と言っても、殺した相手に関する情報などは、さすがに伏せました。
この、余りに非常識な私の話を、不思議なことに彼は素直に信じました。
それは意外でした。もっと手間のかかる作業だと私は考えていました。
私は彼が殺したと思われる女性の死体のありかを知っています。しかし、彼にあるのは私の言葉だけです。彼の立場からすれば、私のおかしな話など信用出来るものではありません。
──なのに、どうして簡単に信じたのでしょう?
私はその疑問を口にしました。すると彼は驚くべきことを語りました。
「山に死体を埋めようとしていたとき、私も同じように別の死体を発見したのです……。しかも別々の二ヶ所で……」
続けて彼は、
「彼女のことを心から愛していたから、殺害したにしろ、ちゃんと一人きりで埋めてやりたかった……。そのために私は三つも穴を掘ったのです……」
この一連の出来事によって私には分かったことがあります。
つまり、我々が思っている以上に沢山の死体が隠されているから、むやみに山を訪れたりしてはならないのです。
山に用事があったとしても、決して地面を掘ったりしてはいけません。
そして何より真夜中の入山だけは絶対に避けるべきでしょう。
私や彼みたいな人間と遭遇してしまうかもしれませんから……。