6話
「クソッ、面白くねぇな!」
――陰。
未だ二十歳にとどかぬであろう青年だ。
彼はこの休息地では最年少――各店舗の『二代目』はふくめない、『元勇者パーティー』の中では最年少という意味だ――で、唯一、ロリサキュバス受け入れに声をあげて反対した青年であった。
「なんだよクソ……! みんな、騙されてる! あのロリサキュバスはなあ……魔族なんだぞ! 俺たちは、魔族と戦って、人族のためにこの星を……クソ! クソ!」
道ばたの小石を蹴飛ばしながら、暗い夜道を歩く。
その足取りがふらついているのは、アルコールのせいだろう。
「クソ……クソっ……俺は、俺はなあ! お前のことなんか嫌いなんだよ! 嫌いだし、倒すべき魔族だし……だっていうのに、なんで、お前は俺の名前覚えてんだ……」
ガールズ喫茶帰りであった。
もちろんアルコールは出ない店なので、彼が酒をたしなんだのは別な店舗でのことではあるが……
飲み慣れない酒を飲んだ理由は、自己嫌悪だ。
なんていうか、そう……
偵察のためにガールズ喫茶伝説の盾に行ったのだ。
あくまでそれは偵察のためであって、加えて言うなら友達が『行こう』としつこいから付き合いで仕方なく行ったのでついでに偵察をしておこうという消極的理由であって、決して『行ってみたかった』とかではないのだけれど……
行った。
そうしたら彼と友人数名のテーブルには年若い――というか幼い――女の子がついて、それはまあそういう店なんだから当たり前なんだけれど、なんというか……
その中にいたのだ。
今や『ママ』と呼ばれる立場となったロリサキュバスが。
そいつは彼の隣に座ると、膝に手を置き、胸チラしそうな角度から上目遣いで見上げて、名前を呼んで、飲み物を注いで、名前を呼んで、膝に手を這わせて、名前を呼んで、オムライスに彼の名前を描いて、名前を呼んでくれたのだ。
もう大変だった。
すべての食べ物が初恋の味しかしない。
そう、恋に落ちたのだ。
あの褐色肌で角の生えた露出度の高いロリサキュバスに、名前を呼ばれたり膝に手を置かれたりちょっと体を密着させられたりしただけで恋に落ちたのだ。
倒すべき魔族に、恋した!
しかも、こうしたことは初めてではないのだ!(初恋は何度でもできる)
自己嫌悪に陥らざるを得ない。
甘酸っぱいオムライスを急いでかきこんで、甘酸っぱい飲み物を一気に飲み干して、甘酸っぱい空気を肺いっぱいに吸い込んで、『帰る!』と甘酸っぱくない声で叫んで出てきた。
そして苦い酒を飲み続け、今にいたる。
「……クソ、俺は騙されないぞ……きっと魅了かなにか使ったに決まってるんだ」
ところがこの村(人口百万人)にはSSSランクの元勇者しかいない。
かく言う彼もつい最近まで現役だった元勇者パーティーであり、並の魅了は効かないのだった。
そしてロリサキュバスはステータスを見るに、スキル的な『魅了』は並以下である。
当たり前だ。まだあのサキュバスは、サキュバスとしてさえ一人前ではない――ロリなのだから。
「クソ、騙されない……騙されないからな……なにかトリックが……」
人通りのない夜道を、歩きながら考えこんでいた。
いつしか彼は見たことのない場所にいる。
左右に広がる田園風景。
耳に届くのは蛙と虫の声。
さわがしい喧噪は遠く、街(村)の煌々とした灯りはもはやはるか後ろに消えていた。
SSSランクでなければ視界の確保さえ困難な畦道で――
彼は、殺気を感じた。
「……誰だ。舐めるなよ、俺は元勇者パーティーのSSSランク戦士だぞ」
剣はないが、戦士としてのカンはにぶっていない。
ここにいるのは強くてもせいぜい『元勇者パーティー』程度。
そんな連中が何人かかってこようが相手にもならなと、自分は元勇者パーティーの中でも認められなかっただけで陰の実力者なのだという認識のある彼は考えていた。
なので殺気を向けられても『逃走』という選択肢はなく。
「……お、お前は、まさか……やめろ……やめろ、やめてくれ、やめッ……アアー!」
のどかな温泉街(村)に悲鳴が響き渡り……
一つの死体が、置き去りにされた。