3話
次にロリサキュバスが世話をされることになったのは、『スナック 伝説の剣』という店だった。
カウンター席ぐらいしかない狭い店で、薄暗い店内には七つの丸いスツールと、たくさんのお酒、それからカラオケマシーンが存在した。
「あらあ、ずいぶん若い新人さんねぇ。ま、アナタの色気なら合格!」
そこの女将さん――『ママ』は、胸元が派手に開いた衣装を着た五十過ぎの人間だ。
触手みたいなパーマのかかった茶髪が特徴的で、一見して頭に触手の生えたスケルトン系モンスターにも見える。
触手スケルトンの他にも『女の子』がいたが、二人いる先輩従業員たちはどちらも四十過ぎの人間で、片方はオークに似ており、もう片方は鳥類を思わせる丸い眼と尖った唇が特徴的なお姉様だった。
たしかに露出度はみな、高い。
ピチピチで胸元の開いた服を着ていて、しゃがめばパンツが見えそうな超ミニのタイトスカートをはいている。
しかし露出度はまだまだ四から五割ほど。
体の七割を露出せねばならないサキュバスからすれば、まだまだ『厚着』に分類される。
「うーん、もうチョッと服を着てほしいんだけれど、サキュバスってアレよねぇ。あんまり服を着ると死んじゃうのよねぇ?」
「は、はい。皮膚呼吸ができなくて……」
「……うーん。ウチは健全なお店だからねぇ。その上からのぞきこんだらイケナイ部分が見えちゃいそうな露出度はちょっと」
「健全なお店なのにですか?」
ここでも価値観の違いが炸裂する。
人類が店の営業方針について『健全』と称する時、そこには『性的サービスをしない、違法、危険薬物を扱わず、料金は看板通りで一ゴールドも足さない、代わりに一ゴールドたりともまけない』という意味になる。
ところがサキュバスにとって『健全』なのは『そこここで男女が性的まじわりをおっぱじめ、快楽を得るためならば危険薬物もむしろ積極的に使っていく、料金については別にとらない。代わりにお前が死ぬまで精を絞る』という意味だ。
ママはしばし、『健全』という言葉の意味の違いをロリサキュバスに教え、カルチャーギャップを埋める苦労をせねばならなかった。
「……まったく、その年齢で……まあ、これが魔族なのかねぇ」
「ごめんなさい、私……同級生のあいだでも優等生で……ずっと真面目にやってきて……」
今のロリサキュバスの発言を人族風に言い換えれば『特別淫乱で特別性的事情に関心があり、絶え間なく実践をこなしてきた』というふうになる。
「……まあ、とにかく、露出度は可能な限り下げてね? その超ローライズのパンツの上に、スカートぐらいはけない?」
「がんばります」
「あと上は……うーん……その小さい三角形に胸を隠すのすべて任せるのは、ちょっと布面積に対して期待度が高すぎると思うんだけどねぇ」
「でもすぐめくれて便利なんです」
「めくらない。……いい? このお店はね、お客さんとあたしらとの信頼で成り立っているんだよ。わかるかしら?」
「信頼? それはつまり、セッ――」
「はい、そこまで。……つまりだね、お客さんが尻をなでたら、蹴っ飛ばして。お客さんが下品なネタを振ってきたら、ちょっと照れてみせる。お客さんの隣に座ったらさりげなく膝に手を置きはするけれど、相手の目がいやらしくなってきたら、すぐに『氷替えてきます』とか言って席を立つ。そういうことなのよ。わかる?」
「そこからどのようにして交わりにつながっていくんですか?」
「つなげないの。……まあ、最初はあたしがサポートするわ。とにかく、『あとで会おう』とか『お店が終わったら時間ある?』とか聞かれたら、笑ってごまかして。いい?」
「……わかりました。がんばってヒトのルール、覚えます」
「そうそう。偉い偉い。じゃあ、今日から早速よろしくねえ。ウチも経営がそんなに楽なわけじゃないから、しっかりお客さんをとってね」
「……交わらずに?」
「交わらずに。人族全体は知らないけど、あたしのお店で、お客さんを食べちゃダメよ」
「どうしてそんなまわりくどい配慮を?」
「ヒトはそういうものよ」
「なるほど」
なにもわからなかったが、ロリサキュバスはうなずいた。
ヒトはそういうものだと言われたならば、それは『わからなくても納得しておけ』という意味であるのだと、真面目な彼女は理解したのだ。
しばらくこの『スナック 伝説の剣』がロリサキュバスの住み処となり――
初日からいきなり売り上げが倍増するのだが、それはまた別なお話。