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2話

『レッドドラゴン亭』


 ロリサキュバスを住み込みで働かせることになった宿屋の名前がそれだった。


 この休息地においてはさほど大きい温泉宿とは言えない。

 源泉を確保しているタイプではなく、よそから温泉を引くことで温泉宿を名乗っているだけの宿泊施設だ。


 宿屋の女将さんは隠れた実力者として有名で(休息地にいる者はだいたい隠れた実力者として有名だが)、初代勇者の娘が通っていた幼稚園の先生の子供の友達の近所に住んでいた勇者が使っていた剣を製造した鍛冶屋に薪を届けていた男の娘として、初代勇者との縁も浅くないという話だ。


 この女将さんが錬成する山の幸を利用した魚介鍋は絶品と評判で、近隣の宿屋からも定食屋感覚で客が来るため、宿の収入の九割は近隣宿屋主人などが昼食、夕食で落とす金となっている。



「いいかいロリサキュバス、あたしは元錬金術師だ。錬金術っていうのは材料を細かく計量して、慎重に決められた手順を踏むもんだから、あたしも決まりや手順にうるさい。ここで暮らしていきたかったら、ここの決まりを早く覚えるんだね。わからなかったらしっかりあたしに聞くんだよ。いいね」



 ぶっきらぼうで唇は分厚いが、根は優しいと評判の女将さんだ。

 ロリサキュバスは黒い白目と白い黒目を白黒させていたが、ようやく『自分はここで生きていていいのだ』と認識したようで、尾てい骨から生えた悪魔の尻尾をぶんぶん振って、女将さんの言葉にうなずいた。


 ところが、早速問題が発生する。


 女将さんの経営する店は、一階建てで九割が食事スペース、宿泊に使用できる部屋は一部屋しかないとはいえ、宿屋だ。

 そしてジバニンの宿屋には『制服』がある。


 この制服のデザインでどこの店所属かがわかるのだけれど……

 サキュバスは体の七割以上を露出していないと死んでしまう呪いにかかっているのだ。


『サキュバスを倒したければ露出度の低い服へのコスプレを所望しろ』とは勇者たちのあいだで有名だった言葉である。

 実際に最前線では、多くの露出度の低い服を着たサキュバスの死体が見られたほどだ。

 その死体のおぞましさは『靴下が長すぎる』『冬着かよ』『着ぐるみ着せたやつ誰だ。持っていったのか最前線に』などと語りぐさになっている。


 唇の分厚い女将さんは困り果てた。

 ロリサキュバスが着ているのは、黒いヒモビキニのような服だ。

 しかし、『レッドドラゴン亭』の制服は、顔と手のひら以外を隠すような赤い割烹着なのである。


 制服を着ていなければ店の一員とは認められない。

 女将さんは決まりにうるさいタイプであったから、これはゆずれない。



「……しょうがいないねぇ……アンタはうちじゃあ働かせられないよ」

「そんな……」

「代わりに、その露出度でも働ける場所を紹介してやる。ただちょっとエッチなサービスを提供するお店なんで、おすすめはしないんだけどね」

「得意です!」



 ロリサキュバスは生まれつき男のたぶらかし方を知っているとされていた。

 しかし女将さんは眉間にシワを寄せる。



「……いいかい、サキュバスだからってね、男に媚びを売る必要なんかないんだ。アンタには、アンタの生き方がある……種族、性別を理由に生き方を強制されちゃいけない」

「でも私、男の人を喜ばせるのが好きで……同級生からも『天性のサキュバス』って呼ばれてます」

「女は男の道具じゃないんだよ」

「いえ、望んでやってるんです」



 二人の会話はしばらくお互いに通じなかった。

 魔と人との価値観の違いかもしれない。

 なにぶん女将さんは『女性が男性に過剰なサービスをする仕事』を『強制されてやってる、他にできることがあったらしない職業』とゆるぎなく定めているので、サキュバスの価値観を理解するのはだいぶ難しかったのだ。

 一方でロリサキュバスの方も貞操観念とかがだいぶヒトとは違うものだから、女将さんの言っていることがよくわからない。



「……とにかく、紹介状は書くよ。無理はするんじゃないよ。アンタはまだ幼いんだから」

「はあ……ありがとうございます」



 かくしてロリサキュバスの次の受け入れ先が決まった。

 互いの主張は最後まで互いに通じることがなかった。

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