北見真司による「サボり魔たち」
「なあ、この後どうする」
階段に腰を下ろし、さっき買っていた缶コーヒーを飲みながら、東山が言った。
「どうするも何も、ふつうに部活行くだろ」
俺は指で弾いていた百円玉を自販機に入れ、一番安い謎のドリンクのボタンを押す。
「今日寒いし、サボってゲーセンでも行かへん?」
もう帰る気満々の西浦はカバンを背負って、校門へとダッシュする仕草をした。
「さっき運動場見たけど、積もってた雪が溶けてぐしょぐしょだった」
スマホをいじる南は「絶対今日帰る」と言わんばかりのオーラを放っている。
ぐいっとコーヒーを飲み干して、東山が立ち上がる。空き缶をバスケのシュートのようにして投げ、円を描くようにしてそれはゴミ箱へと吸い込まれていく。
「よし、じゃ、帰るか」
「イェーイ」
「ちょっと待て、本当に帰る気か?」
なんの抵抗もなく帰ろうとする三人を引きとめる。彼らは三者三様で「?」を頭の上に浮かべた。南はなぜか苛立ちの表情さえ浮かべている。
「部室でミーティングあるだろ」
「今日は部活の気分じゃない」と東山。
「ゲーセン行きたい」と西浦。
「帰りたい」と南。
……こいつら、自分の心に正直か。
「サボったりしたら、部長に何言われるかわかったもんじゃないぞ」
「まあまあ落ち着けってキタミッチ。怒られるとしても明日やろ?別に今日怒られるわけやない。今からそんな先のこと考えてもしゃあないって」
西浦が俺の肩に手をおき、諭すようにして言った。
そうか、そうだよな、ってそんなわけあるか。
「何言ってんだ、っていうか先のことってなんだよ、寝て起きたらもう明日なんだぞ」
そう言うと西浦はやれやれといった表情を浮かべ、東山とハイタッチをして後ろへ一歩下がった。
「例えば、今日何かあって死んじまうかもしれないとする。だとすると、明日なんて存在しないんだぞ?明日が一生来ないのに、明日の心配をしてどうする?」
東山が拳を握りしめて力説する。
「一秒先どうなるかなんて俺たちには分からない。なら、できるうちにやりたいことをやっとくべきだ。なのにお前は部長に怒られることばかり考える。まったくちっちぇ男だよ!そんなことで人生楽しいか⁉︎馬鹿野郎め!」
「馬鹿はお前らだ。言ってることが極端なんだよ。そんな簡単に人が死ぬかよ。高確率で明日は来る。部長には怒られる。どうやって俺たちが死ぬんだ?言ってみ?」
「転んで頭ぶつけるかもしれへんやろ。あとは事故とか通り魔、流れ弾なんてのもあるかもしらんで」
「流れ弾って……この日本でそうそうあるわけないだろ」
「可能性としてはゼロやないやろ」
「はぁ、北見はマジメすぎるって」
「あれ、そういえば南は?」
馬鹿二人と話しているうちに、気づけば南がいなくなっていた。
「みなみんが先に一人で部室行くとは思えへんし、帰ったんやない?」
「あいつ……」
「じゃ、俺らもゲーセン行くわ」
「さらば、キタミッチ」
「もう勝手にしろよ、明日部長の折檻を受けるがいい」
「ああ、俺らはゾンビから人類を救うべく旅に出たとでも言っといてくれ」
と東山は銃を撃つマネをする。西浦はその銃に撃たれ「ギャオース」と叫び声をあげた。
「明日になって後悔しても知らないからな!」
離れていく二人の背中に声をかける。
「北見こそ、俺たちと遊ばなかったことを後悔すんなよ」
「くっ……。してたまるか……」
彼らの姿が見えなくなる。吹奏楽部の練習する音が聞こえる。体育館からボールが跳ねる音と竹刀でしばきあっている音が聞こえる。ケータイの時計を見ると、ミーティングが始まる時間になっていた。俺は一人、急いで部室へと走っていった。