河田公平による「ある冬の休日5」
鳥居をくぐり、腕時計を見る。今から徒歩で帰っても、夕飯には間に合いそうだ。
歩いただけで運動不足解消になるかは知らないが、バス代の節約も考えて歩いて帰ることにした。この辺りはほとんど来ることもないので、全く土地勘はない。まあ適当に歩いていても道に迷うなんてことはないだろう。とりあえず神社からまっすぐ家の方面へと歩いていく。
大通りから住宅街に入り、そしてアーケード商店街を抜けて、駅前を歩いていく。公園を横切り、また住宅街に入る。
水路の横を歩いていると、猛スピードで走る自転車とすれ違った。
と思ったらその自転車は耳障りなブレーキ音をたてて止まった。
「おい、おまえ河田か!」
声をかけられ振り返ると、自転車に乗っていたのは大学の友人である沢口だった。
沢口とは同じ学部であり同じバスケサークルといった仲で、ほぼ毎日顔をあわせるのだが、べつに仲がいいわけではない。
バスケサークルに入っていると言っても、俺も沢口も新歓コンパにしか行っていない。つまり飲み会にしか参加しておらず、入会したもののメインであるバスケットボールは一度もしていない。同じサークル仲間として俺たちを認識しているやつはおそらく誰一人いないだろう。
俺に負けず劣らずのクズ野郎である沢口は興奮した面持ちで自転車を電柱にもたれさせ、こちらに駆け寄ってきた。
「よう、暇そうだな」
馬鹿にしたような顔で沢口は俺に喋りかけてきた。こいつにとっては普通に話しているつもりなのだろうが、こいつの表情にはいつも腹が立つ。
「そう言うお前は忙しそうだな」
「まぁな」
と何故かドヤ顔で返事をする沢口。
「もしかして今からデートか?」
絶対にありえないと思いながらも、適当に言ってみた。
すると沢口はびっくりした間抜けズラで「どうしてそれを」と声には出さずに口だけを動かした。
「おまえ、誰から聞いた」
なぜか顔を寄せヒソヒソ声の沢口。
「いや、勘で言っただけだ」
「そうか、図星だ」
「よかったな、恋人できたのか」
「まあな」
顔を紅潮させ気持ち悪いにやけズラを浮かべる沢口。
「まあ、いろいろ聞きたいことはあるだろうが、デート、のため大変急いでいるのでな。詳しくはまた今度だ」
デート、の部分を強調する沢口。
別に興味はないのだが、こいつはこいつでとても楽しそうなので、水を差すようなことは言わないでおこう。それに余計なことを言って後からメールやら電話やらでグダグダ言われるのもウザい。
「あ、そうだ」
と言って沢口はショルダーバッグからごそごそと何やら取り出し俺に差し出した。
「これ、借りてた本な。昨日読み終わった。なかなかよかった」
とは言われても、俺は沢口に本を貸した覚えはない。そもそも、俺には人に貸すような本は持っていない。部屋には漫画数冊と雑誌、それからエロ本くらいしかない。
しかし、返そうとする前に沢口は自転車に乗っていってしまった。
渡された本は太宰治の『斜陽』。俺もこの小説は高校のころ読んだことがある。たしか、没落貴族の話だったか。世間知らずのお嬢様を滑稽に思った記憶がある。
それにしても、あいつが文学に興味があったとは。読むとしても漫画雑誌くらいと思っていたが。
ペラペラとページをめくってみる。一度読んだことがあるとはいえ、もう二、三年前のことなので結構忘れてしまっている。
少し読んでみようか、と辺りを見渡す。水路沿いにベンチがあり、そこに座って本を開いた。が、その瞬間冷たい風を吹き、やはりどこか店にでも入ろうと考え直した。
すると、看板がかかった喫茶店らしき建物が目に入った。チラと窓から中を覗くとコーヒーを飲んでいる客が見える。
財布の中身は大学生とは思えないほどスカスカだが、まあ、コーヒー一杯くらいなら大丈夫だ。重厚感のある木目のドアを押し開き、俺は薄暗い店内へと入った。