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河田公平による「ある冬の休日4」

 鳥居の前で立ち止まり、その紅く、堂々とそびえる門を見上げる。

 ふうっと息を吐きだすと、白い息で目の前の風景が曇る。鳥居の向こう、長い参道の先に本殿の屋根が見えた。

 この神社へ来るのは、中三の時に家族と来た初詣以来、五年ぶりだ。妹が迷子になり、神社のスタッフの拡声器によって、俺の名前が境内に鳴り響いたのが懐かしい。まだ幼かった妹の手をしっかり握っていなかった俺は、怒髪天(どはつてん)をつく母からこっぴどく叱られた。       

 いや待て、小さい子供の面倒は母親がちゃんと見ておくべきだろう。と、そう言う意見もあるかもしれない。一応母のために弁明しておくが、我が尊敬する母は、自分の子供の世話に手を抜くような人ではない。ましてや、母は今も昔も一人娘を溺愛(できあい)している。

 だが、あの頃はまだ妹も俺に懐いていた。兄と手を繋いで一緒に行くのだ、と譲らない妹の主張に、母はしぶしぶながらも折れ、「絶対手を離すなよ」と俺に何度も何度も念を押して妹を託した。そして、あの時の俺はたしかに承諾したのだ。なんなら「任せろ」と言ってサムズアップまでしてみせた。

 しかし俺は、人混みに揉まれるうちに、気づけば妹から手を離してしまっていた。高校受験で頭がいっぱいだったとか、ふと着物姿の美女に気を取られたなど理由はいくつも挙げることができるが、どれも言い訳にしかならない。

 だから、あの時は俺が悪かったと自覚しているし反省もしている。母と妹に土下座で謝り続け、一時間弱の正座にも耐えた。

 ブチぎれる母にもなんとか許してもらえ、一安心したものだが、その時からだろうか、妹とは徐々に距離が開きはじめた。

 ちなみに去年の初詣は、高校の頃の先輩である霧島(きりしま)さんの車で京都の伏見稲荷まで行った。京都までの道すがら車内での時間は楽しかったのだが、現地に着いてからあまりの人の多さに驚愕し、もうここへは来るまいと心に決めた。


 正月にはたくさんの参拝客が押し寄せるこの神社も、今ではガラガラとは言えないまでも人は少ない。空いていて歩きやすいという利点もあるが、人が少ないとなんだか寂しいという気もする。

 やっぱり誰か誘えばよかったか、と言ってももう遅い。今から呼び出したとして、それまでこの寒空の下で待つ気にもならない。

 賽銭箱へ十円玉を放り投げ、二礼二拍手一礼。一応来る途中のバスの中で、願い事を考えてみたのだが、面白いことは何も浮かばなかったので、世界平和とか、家族の平穏などを願っておいた。

 後ろでおばさんが待っていたので場所を譲り、拝殿から社務所の方へと歩いていく。

 実を言うと、俺は日頃占いごとなど信じておらず、どちらかといえばその手のものには唾を吐くような人間なのだが、せっかくの初詣なのでおみくじも引いておくことにした。

 受付の巫女さんに百円を渡し、こんなもの当てになんぞならんとブツブツ言いながら筒を振る。

 出た。三番。

 数字を伝え、「どうぞ」とおみくじを渡される。さて、この偶然という運命で引き当てた紙っきれに、どれほどの予知能力があるのか、お手並み拝見といこうか。


「末吉」


 これは、いいのか悪いのか。末吉は吉よりも良かったのだろうか、小吉より上なのか下なのか。

 ネットで調べようとポケットに手を入れるが、どのポケットに手を突っ込んでも、あるのはぺらぺらの財布のみ。そして、スマホは家に置いてきたのだと思い出す。

 巫女さんに訊けばいいのかもしれないが、俺の無知を披露するようで恥ずかしい気がした。

 まあ、帰ってから調べればいいか。

 あとは、下に書かれた文面を読む。


〈忘れごとにより、失敗ごとが増えるでしょう。休息も大事ですが、やるべき事はきちんとこなすこと。

一期一会、偶然の出会いはとても大切なものです。たとえ一度きりの出会いだとしても後悔のないように。〉


 忘れごとか。すでに今、何か忘れていることがある気がするのだが思い出せない。

 一期一会か。さっきバスの中で注目を浴び、恥ずかしい目にあったばかりだ。後悔?すでにした。

 あとは願望(ねがいごと)待人(まちびと)、学問などの各項目を読んでみるが、どれもこれもパッとしない。ただその中で一つ気になったのは、


〈恋愛  前途多難〉


 ……何が起こるんだろう。

 末吉とは多分、微妙なやつなんだな。

 悪い運勢だろうと、努力次第で良くなるという話も聞いたことはあるが、そんなこと知らない。やっぱり引くなら大吉がよかった。

 さて、おみくじ結んで帰るか、と歩き出すと、ふと社務所のとなりのスペースに目が止まる。

 五年前の正月、ここにはテントが立てられ、下にはいくつもベンチが並べられていた。妹はそのベンチに座って甘酒を飲みながら、付き添ってくれている巫女さんと楽しげに話していたのだった。大慌てで迎えに来た俺と母は、一瞬呆気にとられたものだ。

 初めは大泣きしていたらしいが、配られている甘酒を目にした途端泣き止んだという話だった。

 昔も今と変わらず食いしん坊だったな、とふいに笑みが浮かぶ。


 出口へと参道を歩いていると、やたらテンションの高いカップルが前から歩いてきた。今から参拝しにいくのか、賽銭の金額について話し合っている。彼氏は十円が妥当だと言い、彼女は五百円だと言い張っている。

 自然と顔が歪んでいるのが自分でもわかる。好きなだけ入れりゃいいだろうるせぇなと舌打ちしそうになる。だが、おみくじに書かれていた内容を思い出す。

〈一期一会。たった一度の出会いも大事。後悔、するなよ〉

 昔のことを思い出してせっかく温かい気持ちになっていたんだ。くだらないことで気を悪くしたくない。それに、ここで睨みつけたりして、モテない男の(ひが)みだと思われるのも癪だ。

 ひきつった顔をなんとか微笑みにまでもっていき、悪印象を与えないようにして彼らを見送る。

 そのどうでもいい話題が原因で喧嘩になり、結果別れるがいい、そう、ここの神様に願っておいた。

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