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河田公平による「ある冬の休日3」

 横断歩道で信号待ちしていると、となりに小学生くらいの女の子が立ち止まった。たぶんうちの妹とおんなじくらいの年だろうか。四、五年生といったところだ。長めの髪は後ろで一つにまとめられ、凛々しく引き締まった横顔がよく見えた。頭のよさそうな子だ。顔立ちも整っていて、妹とは違うタイプの可愛いらしさがある。

 この子も渡るのかなと思いながら横目で見ていると、女の子は突然ストレッチを始めた。腕を回したり屈伸したり体を反ったり手足首を回したりと。そして、信号が青になった瞬間にダッシュで道路を横断していった。

 乗るバスでも来たのか?と思いながら見ていたが、彼女はバス停で立ち止まることはなくそのまま走り続け、やがて見えなくなった。

 ランニングでもしていたのだろうと勝手に結論つけ、俺はのんびり歩いてバス停に到着する。するとちょうどバスがやってきた。外から見た感じ、立っている乗客はおらず、空いている座席はありそうだ。

 バスに乗り込み車内を見渡すと、予想は的中、奥の席があいていた。

 俺は奥まで歩いていくわけだが、その時、ある女性に目を奪われた。彼女は、俺が座ろうとしている一つ前の席に座って本を読んでいた。

 黒く長い髪はサラサラツヤツヤ、肌は白く、まつ毛は長い。本に目を落としていて顔はよく見えないが、間違いなく美人。

 バスが発車してからもなお、固まって見惚れていたのだが、彼女が気配を察して顔を上げそうになったので、慌てて急いで後ろの席に座った。

 前もって言っておくが、この美女と今後、なにか素敵な物語が始まるということは決してない。


 目的地までは五つ先だ。それまでの間、いじるスマホもないので、流れてゆく外の景色を眺めるか、前の席から自然と漂ってくるいい匂いを嗅ぎながら時間を潰した。

 前の席に座る美女の年の頃は俺と同じくらいか少し上、大学生と思われる。雰囲気はとても知的で、読んでいる本もきっと何か素敵な小説、あるいは哲学書などに違いない。俺自身普段は本を読んだりすることはないが、こういう女性とお近づきになれるというのなら、どんな本でも読むことだろう。純文学であろうと、専門書であろうと、はたまた洋書であろうとも辞書を引っ張り出して読むだろう。なんて、そんな不純な理由で、無理矢理に飲み込む読書に意味はあるのだろうか。

 バカなことを考えてるな、と自分を笑う。そしてまた、バカなことを考え始める。ああ、この女性には眼鏡が似合うだろうな。こんな女性(ひと)が彼女ならばデートはどこに行くのがいいだろうか、やはり図書館か。そしてそのあとは落ち着いた雰囲気の喫茶でコーヒーを飲む。いや、紅茶のほうがいいか。まあ、どちらでもいいか。映画館に行くのはどうだろうか。彼女のような人はどんな映画を観るのだろう。俺はいつもアクションものやホラーものを観るが、彼女はそういうのは観ないだろう。じゃあなんだ。いつも決まったジャンルしか観ないためか、ほかにどんな映画があるのかわからないな……。食事はなんかおしゃれなレストランで、なんかおしゃれなパスタを食べ、食後にコーヒーとなんかおしゃれなデザートを食べ、なんかおしゃれな会話を楽しむ。なんとも具体性に欠けるが、俺には想像力と知識が足りないのでこれが限界だ。おしゃれなことなど知ったことではない。


 そんなことを考えながらバスでの時間は過ぎていき、降りるバス停まであと一つとなった。そしてそこで、急にくしゃみがしたくなった。我慢をしようとするのだが、これはなんとかなりそうにない。

 自分では見ることもできなかったが、くしゃみをこらえている顔はきっとブサイクそのものだったろう。顔をぐにゃぐにゃ歪めたり鼻に指を突っ込んだり時々真顔になったり、必死に抵抗するもののそれらはまったく意味をなさない。

 結局、我慢できずに盛大なくしゃみをしてしまった。両手で口を押さえたものの、くしゃみの音は車内に響き渡った。

 乗客全員が、何事かとこちらを見る。今年に入って最初の恥ずかしい出来事だ。鼻水がデロンと出なかっただけマシではあったが。今日はポケットティッシュもハンカチも持ち忘れていた。ここで鼻水が出られてはコートの裾で拭うしかなかった。

 前の席に座る例の美女も、肩をビクッとさせ、相当驚いた様子だった。

 すると、くるっと振り向いたと思えば、ものすごい形相で睨まれた。顔を真っ赤にさせ、目の縁には少しの涙が見える。

 怒った顔でも可愛いな、と思ったのもつかの間、気づけば蔑むような目で見られていたので、「すみません……」と小声で謝った。

 目的のバス停に着き、くしゃみを詫びるため乗客一人一人にペコペコ頭を下げながら降り口へと向かう。運転手もくしゃみの音は聞こえていたようで、君がしたのか、と呆れたような同情するような顔で俺を見送っていた。

 バスから降りる直前、振り向いて彼女の方を見たが、彼女はもうこちらを見ておらず、また本へと目を落としていた。

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